第21話 灰原陸は話を逸らす。
文化祭準備は順調に進んでいた。
少なくとも表面上は。
「疲れた〜」
小春が机に突っ伏す。
「まだ三十分しか経ってないぞ」
尚哉が言う。
「カップ麺10個分だよ〜」
「何だその計算は」
「わたしの体感では三時間は経ってるし〜」
「信用ならねえ体内時計だな」
教室に笑いが起きる。
文化祭らしい空気だった。
◇
「そういえばさ〜」
小春が顔を上げる。
「文化祭終わったら何する?」
「何って?」
六花が首を傾げた。
「燃え尽きてるじゃん」
小春は真顔で答える。
「早いな」
尚哉が呆れる。
「だって疲れるもん〜」
「まだ始まってもないだろ」
「気持ちの問題!」
胸を張る。
何も偉くない。
「小春は?」
六花が聞く。
「寝る!」
「即答だな」
「ごはんいっぱい食べて三日くらい寝る!」
「熊かよ」
灰原が笑う。
周囲も笑った。
◇
放課後。
尚哉はふれあい動物企画の準備を手伝うことになった。
教室の隅にはケージや備品が置かれている。
灰原はリストを見ながら確認していた。
「結構真面目にやってるな」
尚哉が言う。
「任されたからな」
灰原は答える。
以前も聞いた言葉だった。
「またそれか」
「またそれだ」
灰原は笑う。
「便利なんだよ、この言葉」
「便利って言うな」
「事実だぜ」
そう言いながら。
ケージの留め具を一つずつ確認していく。
その手付きは妙に慣れていた。
◇
「灰原くんってさ〜」
小春が言う。
「動物のことになると急に真面目だよね」
「そうか?」
「そうだよ〜」
小春は即答した。
「さっきから顔が違うもん」
「そんなことないだろ」
「あるある」
六花も少し笑う。
「確かに」
「白鷺まで言うのかよ」
灰原は困ったように頭をかいた。
「だって本当だし」
六花が言う。
「まあ結局好きなんだろ」
尚哉も言う。
「好きなだけじゃやれねえよ」
灰原は肩を竦めた。
その言い方が。
少しだけ大人びて聞こえた。
◇
「そういえば」
文化祭実行委員の男子が言った。
「灰原ん家って動物病院だよな?」
「ああ」
「じゃあ将来もそっち?」
一瞬だった。
本当に一瞬。
灰原の表情が止まる。
だが。
次の瞬間には笑っていた。
「どうだろうな」
「決めてないのか?」
「さあな」
「意外」
「そうか?」
「なんかもう決まってそう」
男子生徒が言う。
灰原は苦笑した。
「どうだろな」
また同じ答え。
それ以上は話さなかった。
◇
帰り道。
尚哉と灰原は並んで歩いていた。
「お前さ」
尚哉が言う。
「何だよ」
「本当は決まってるんじゃないのか」
灰原は少しだけ笑う。
「何が?」
「将来」
「さあな〜」
「またそれか」
尚哉は呆れる。
灰原は前を向いたまま言った。
「別に大した話じゃねえよ」
「そうか?」
「ああ」
その口調は軽かった。
だけど。
何故か。
話を終わらせたがっているような。
◇
その夜。
灰原はスマホの画面を見ていた。
三匹の子猫。
文化祭で預かる予定の猫達。
写真の中で無邪気に眠っている。
「……」
灰原は少しだけ目を細める。
だが。
すぐに画面を閉じた。
「ま、いいか」
誰に聞かせるでもなく呟く。
そして。
話題そのものを追い払うように笑った。
灰原陸は話を逸らす。




