第20話 白鷺六花は止められない。
校内は日に日に慌ただしくなっていく。
放課後になれば。
教室のあちこちで準備が始まる。
廊下には段ボール。
壁にはポスター。
楽しそうな声が聞こえる。
みんな文化祭を楽しみにしていた。
六花も。
本当ならそうだった。
◇
「白鷺ー」
友人に呼ばれる。
「このポスター手伝ってー」
「はーい」
六花は笑う。
筆を受け取る。
文字を書く。
色を塗る。
みんなと話す。
笑う。
いつも通り。
何も変わらない。
そう見えるように。
◇
昼休み。
図書室。
玲奈は本を読んでいる。
尚哉は向かいの席。
六花はその隣だった。
「なんか最近楽しそうだね」
六花が言う。
「そうか?」
尚哉は顔を上げる。
「そうだよ」
「まあ」
少しだけ笑う。
「悪くない」
その顔を見て。
六花は小さく視線を落とした。
「そっか」
「なんだよ」
「別に」
六花は笑う。
いつものように。
自然に。
だけど。
その笑顔は"いつも通り"すぎる。
◇
放課後。
校庭では文化祭実行委員が準備をしていた。
灰原も、
大きな資材を運びながら、誰かと笑っている。
「灰原君、元気だね」
小春が言った。
「元気だけが取り柄だからな」
尚哉が答える。
「聞こえてるぞーおまえも手伝えー」
遠くから灰原の声が飛んでくる。
周囲が笑う。
灰原も笑う。
楽しそうだった。
本当に。
楽しそうだった。
六花はその様子を見つめる。
何も言わず。
ただ。
見つめていた。
◇
帰り道。
尚哉と二人になった。
「文化祭、楽しみだな」
尚哉が言う。
「そうだね」
「小春も楽しそうだし」
「うん」
「灰原なんか張り切りすぎだろ」
思わず笑う。
六花も笑った。
だけど。
その直後だった。
「どうした?」
尚哉が聞く。
「え?」
「いや」
少し首を傾げる。
「なんか変な顔してたから」
一瞬。
言葉に詰まった。
変な顔。
していたかもしれない。
「…気のせいだよ」
六花は笑う。
「そうか?」
「うん」
尚哉は納得していない顔だった。
それでも。
それ以上は聞かなかった。
◇
今夜も眠れそうにない。
何度目かも分からない夜だった。
時計を見る。
午前二時四十三分。
目を閉じる。
眠れない。
寝返りを打つ。
眠れない。
布団を握る。
眠れない。
「……っ」
思わず、力が入る。
シーツが皺になる。
どうして…
どうして…
どうして!
心の中で繰り返す。
答えはない。
何も変わらない。
何度願っても。
何度祈っても。
何度繰り返しても。
六花は唇を噛んだ。
そして小さく。
本当に小さく呟く。
「……お願い…だから…」
その先は言葉になっていなかった。
誰にも届かない願いだけが。
静かな夜に溶けていく。
白鷺六花は止められない。




