第17話 白鷺六花は眠れない。
午前一時四十二分。
あと少しで二時になる。
六花は小さく息を吐いた。
目を閉じる。
だが。
数分後にはまた目を開けていた。
眠れない。
最近ずっとそうだった。
ベッドの上で寝返りを打つ。
天井を見上げる。
音の無い部屋。
時計の秒針だけが音源。
それなのに。
頭の中は静かにならない。
「……はぁ」
小さくため息を吐く。
眠らなければ。
そう思えば思うほど眠れない。
結局。
六花が眠りについたのは、空が白み始めた頃だった。
◇
翌朝。
六花はいつも通り登校した。
教室に入ると、友人達が声をかけてくる。
「おはよう、白鷺さん!」
「おはよう」
六花は笑う。
いつも通り。
自然に。
何事もないように。
それは得意だった。
昔から。
そう、ずっと。
◇
「よう」
後ろから声がした。
振り向くと、尚哉だった。
「おはよう」
六花は笑う。
「なんか眠そうだな」
その言葉に。
一瞬だけ心臓が跳ねた。
「そ、そう?」
「そう」
尚哉は即答する。
「なんか顔色悪いし」
「こんな美少女相手に失礼だぞ、橘くん」
「いや本当だって」
六花は笑う。
笑えたと思う。
多分。
「寝不足か?」
昨日も聞かれた質問。
六花は肩を竦めた。
「まあちょっとだけ」
「ちゃんと寝ろよ」
「寝てるってば」
「嘘つけ」
「ひどい」
尚哉は呆れたように笑う。
六花も笑った。
いつも通り。
何も変わらない。
そう見えるように。
◇
昼休み。
図書室。
玲奈は今日も本を読んでいた。
尚哉は向かいの席。
六花も隣に座る。
静かな空間。
本当に、落ち着く場所だ。
「文化祭の準備、進んでる?」
六花が聞く。
「まあぼちぼち」
尚哉が答える。
「灰原君、忙しそうでしたよね」
玲奈が言う。
「あいつ実行委員だしな」
「ふれあい動物って企画があるらしいよ」
六花が言う。
「へえ」
「なんだか大変そう」
他愛もない会話。
玲奈も少しずつ会話に入るようになった。
それが嬉しかった。
だけど。
六花は時々ぼんやりしてしまう。
「白鷺?」
尚哉の声。
「え?」
「聞いてた?」
「あ〜聞いてた聞いてた」
「絶対聞いてないだろ」
「聞いてたってば」
誤魔化すように笑う。
尚哉は少しだけ眉をひそめた。
◇
放課後。
校門へ向かう途中。
偶然二人きりになった。
「白鷺」
「ん?」
「本当に大丈夫か?」
六花は足を止めた。
「何が?」
「いや」
尚哉は少し困ったような顔をする。
「最近ずっと変だろ」
「変って失礼だなぁ」
「いや、そういう意味じゃなくて」
言葉を探すように視線を逸らす。
「なんかさ、無理してないか?」
優しい声だった。
だから。
余計に困る。
「…してないよ」
六花は笑う。
「大丈夫」
自然に出た言葉だった。
いつものように。
だけど。
尚哉は納得していない顔をしていた。
「…ならいいけど」
「うん」
六花は頷く。
尚哉はそれ以上聞かなかった。
聞けなかったのかもしれない。
◇
その夜。
六花はまた眠れなかった。
時計を見る。
午前三時十七分。
窓の外は真っ暗だった。
静かな夜。
六花はベッドから起き上がる。
カーテンを少し開く。
街灯の光が差し込んだ。
ぼんやりと外を見つめる。
眠れない。
眠れるはずがない。
六花は小さく唇を噛んだ。
そして。
誰にも聞こえない声で呟く。
「どうして……」
その続きを言葉にはできなかった。
夜は何も答えない。
ただ静かに更けていく。
白鷺六花は眠れない。




