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第16話 橘尚哉は探している。

 尚哉は眠れなかった。


 正確には、眠った気がしなかった。


 何度も目が覚めては、その度に思い出す。


 黒いノート。


 最後のページ。


 そこに浮かんだ新しい一文。


 【彼は今回も死ぬ。】


 彼…


 誰だ。


 今回も…


 一体どういう意味だ。


 死ぬ。


 誰が。


 なぜ。


 …考えても当然答えは出ない。


 それでも考えずにはいられなかった。


     ◇


 翌朝。


 教室へ向かう尚哉。


 いつもと同じ廊下。


 いつもと同じ朝だ。


 教室のドアを開ける。


 ざわざわとした声。


 笑い声。


 机を動かす音。


 いつもの日常がそこにあった。


 その中で、尚哉は無意識に男子生徒達を見ていた。


 彼。


 …一体誰だ。


 思わず考えてしまう。


 窓際で話している男子。


 部活帰りの男子。


 朝から騒いでいる男子。


 どいつもこいつも全員普通だった。


 到底死にそうには見えない。


「何してんだ?」


 声のほうに振り向く。


 灰原だった。


「…いや」


 尚哉は首を振る。


「別に」


「そうか?」


 灰原は不思議そうな顔をする。


 そして。


 いつものように笑った。


「変な奴だな」


 その笑顔を見て。


 尚哉は少しだけ考える。


 灰原。


 男子。


 …彼。


 いや。


 流石に考えすぎか。


     ◇


 一時間目。


 二時間目。


 三時間目。


 授業は進む。


 だが。


 尚哉は何度も考えてしまう。


 彼って誰だ。


 頭から離れない。


     ◇


 昼休み。


 尚哉は図書室へ向かっていた。


 扉を開く。


 いつもの静かな空間。


 いつもの窓際。


 そこには玲奈がいた。


 その隣には六花もいる。


「あ」


 六花が顔を上げた。


「尚哉」


「よう」


 尚哉は席へ向かう。


 玲奈も小さく頭を下げた。


「こんにちは」


「ども」


 以前なら考えられない。


 玲奈から先に挨拶をしてくる。


 それだけで。


 少し嬉しくなる。


「一色さん、最近元気だよね」


 六花が言う。


「そ、そうですか?」


「うん」


 六花は笑う。


 優しい笑顔。


 いつもの笑顔。


 のはずだった。


 だが。


 尚哉は気付いてしまう。


 目の下。


 薄く隈が出来ている。


 顔色も少し悪い。


「あのさ」


「ん?」


「寝不足か?」


 一瞬。


 六花の表情が止まった。


「え?」


「顔色悪いぞ」


 六花はすぐに笑う。


「気のせいだよ」


「そうか?」


「そうそう」


 軽い口調。


 だけど。


 どこか無理を隠しているようにも見えた。


     ◇


 それから、しばらく三人で話す。


 本の話。


 授業の話。


 文化祭の話。


 他愛もない会話。


 玲奈も笑っていた。


 六花も笑っていた。


 なのに。


 尚哉は落ち着かない。


 誰かが死ぬ。


 その言葉が。


 頭の奥にずっと残っていた。


     ◇


 帰り際。


 図書室を出る時だった。


「橘」


 後ろから呼ばれる。


 灰原だった。


「おう」


「文化祭実行委員の手伝い頼まれてさ」


 面倒そうに頭をかく。


「今日ちょっと帰り遅いわ」


「お疲れ」


「誰かさんと違って忙しいんだよ」


「おまえ喧嘩売ってんのか」


 灰原が笑う。


 尚哉も笑う。


 いつものやり取り。


 いつもの灰原。


 尚哉は少しだけ安心した。


 少なくとも。


 今の灰原は死にそうには思えなかった。


     ◇


 だがその夜。


 黒いノートを開いた瞬間。


 その安心は消えた。


 最後のページ。


 そこにある文字。


 変わらない。


 増えない。


 消えない。


 ただ。


 そこにある。


 【彼は今回も死ぬ。】


 尚哉はページを見つめる。


 ゆっくりと呟いた。


「彼って…誰だよ」


 答える者はいない。


 静かな部屋。


 時計の音だけが響く。


 尚哉は静かにノートを閉じる。


 まだ何も分からない。


 だけど。


 このまま放っておく気はなかった。


 誰かが死ぬ。


 そんな未来を見過ごせるはずがない。


「探すか」


 小さく呟く。


 誰が死ぬのか。


 なぜ死ぬのか。


 どうすれば止められるのか。


 その答えを。


 橘尚哉は探し始める。

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