第15話 彼は今回も死ぬ。
玲奈の件から数日が経った。
学校はいつも通りだった。
授業を受けて。
昼休みに騒いで。
放課後になれば帰る。
何も変わらない。
少なくとも。
周囲から見ればそうだった。
◇
放課後。
図書室。
「こんにちは」
玲奈が頭を下げる。
「よう」
尚哉も返す。
最近ではそれが当たり前になっていた。
窓際の席。
本を読む玲奈。
隣で別の本を読む六花。
静かな空気。
少し前までは想像もしなかった光景だ。
「そういえば」
六花が顔を上げた。
「一色さん、最近よく笑うようになったよね」
「そ、そうですか?」
玲奈が照れたように俯く。
「うん」
「前より話しやすくなった」
「……ありがとうございます」
玲奈は少し恥ずかしそうだった。
だが。
嬉しそうでもあった。
その様子を見て。
尚哉はふと思う。
本当に。
未来は変わったのだ。
あの日。
屋上へ行かなければ。
どうなっていたのか。
今となっては分からない。
でも。
少なくとも。
今ここにいる玲奈は笑っている。
それだけで十分だった。
◇
帰り道。
六花と並んで歩く。
夕焼けが街を赤く染めていた。
「なあ」
尚哉が言う。
「ん?」
六花が振り向く。
その横顔を見ながら。
尚哉は少し迷った。
聞くべきか。
聞かないべきか。
結局。
「いや」
首を振る。
「なんでもない」
六花は不思議そうな顔をした。
「変なの」
「そうかもな」
尚哉は苦笑した。
本当は聞きたかった。
【白鷺六花は知っている。】
あの言葉の意味を。
だけど。
なぜだろう。
聞いてはいけない気がした。
◇
夜。
自室。
尚哉は机に向かっていた。
引き出しを開く。
黒いノート。
もう何度も開いたページ。
最後のページ。
そこには今までの文章が並んでいる。
【朝比奈小春は財布を忘れる。】
【灰原陸は本当のことを言わない。】
【一色玲奈は泣いている。】
【白鷺六花は大丈夫と言う。】
【一色玲奈は屋上へ行く。】
【一色玲奈は空を見ている。】
【一色玲奈は何も言わない。】
【一色玲奈は落ちる。】
【一色玲奈の未来は変わる。】
【白鷺六花は泣いていない。】
【白鷺六花は知っている。】
尚哉はゆっくりとページをめくる。
白紙。
その次も白紙。
さらにめくる。
何もない。
「……」
玲奈の未来が変わった。
だから終わった。
そう思っていた。
だが。
この黒いノートは終わらない。
そんな気がしていた。
そして。
最後のページ。
そこで尚哉の指が止まった。
新しい文字。
黒々と浮かび上がっている。
たった一文。
それだけだった。
【彼は今回も死ぬ。】
「……は?」
思考が止まる。
彼。
誰だ。
今回も。
どういう意味だ。
死ぬ?
誰が。
どうして。
尚哉は何度も文字を見返した。
だが。
文章は変わらない。
そこにあるのは。
ただ残酷な一文だけだった。
【彼は今回も死ぬ。】
◇
翌朝。
教室のドアを開ける。
いつもの朝。
いつもの教室。
いつもの光景。
のはずだった。
「あ……」
思わず声が漏れる。
六花がいた。
自分の席に座っている。
それは普通だ。
だが。
顔色だけが明らかに違った。
真っ青だった。
まるで。
恐ろしい何かを知ってしまったみたいに。
六花はゆっくりと顔を上げる。
そして。
尚哉を見た。
その瞬間。
六花の表情が強張った。
尚哉の頭に。
昨夜の文字が浮かぶ。
【彼は今回も死ぬ。】
なぜだ?
どうして?
六花は…
何を知っている?
教室の喧騒が遠く聞こえた。
誰も答えない。
ただ。
嫌な予感だけが。
静かに、静かに膨らんでいった。




