第14話 白鷺六花は知っている。
玲奈が屋上から離れて数日が経った。
学校はいつも通りだった。
授業があって。
休み時間があって。
昼休みがあって。
何事もなかったように時間が流れている。
だが。
尚哉の中では何も終わっていなかった。
黒いノート。
変わった未来。
そして。
白鷺六花の違和感。
あの日から。
それが頭の片隅にずっと残り続けていた。
◇
放課後。
図書室。
いつもの窓際には玲奈がいた。
相変わらず本を読んでいる。
だが。
以前とは少しだけ違った。
「あ、橘くん」
先に声をかけてきた。
それだけのこと。
それだけのことなのに。
以前の玲奈なら考えられなかった。
「よう」
尚哉も返す。
「何読んでるんだ」
「これです」
玲奈が本を見せる。
「また難しそうなの読んでるな」
「そうですか?」
「そうだろ」
玲奈は少しだけ笑った。
その時。
「あれー?」
聞き慣れた声。
六花だった。
「また集合してる」
「別に集合してない」
「してるよ」
六花が笑う。
玲奈も少しだけ笑った。
自然な空気だった。
◇
三人で話す。
本の話。
授業の話。
文化祭の話。
他愛もない会話。
玲奈も以前よりよく話していた。
「一色さん、変わったよね」
六花が言う。
「え?」
「前より笑うようになった」
玲奈は少し照れたように俯く。
「そんなこと……」
「あるよ、笑った顔かわいいし」
六花は優しく言った。
玲奈は困ったように笑う。
その様子を見て。
尚哉は少し安心した。
本当に。
未来は変わったのかもしれない。
◇
しばらくして。
玲奈が本を返却しに席を立った。
二人きりになる。
「よかったね」
六花が言う。
「何が」
「一色さん」
窓の外を見ながら続ける。
「元気になって」
「ああ」
「本当によかった」
その言葉には実感があった。
だからこそ。
尚哉は聞いた。
「そんなに心配してたのか?」
六花は少し笑った。
「してたよ」
「数回話しただけだろ」
「そうだけど」
六花は答える。
「放っておけなかったから」
その言葉に。
尚哉は少しだけ苦笑した。
自分と同じだった。
◇
その時だった。
玲奈が戻ってくる。
六花が笑顔で言った。
「もう屋上には行っちゃ駄目だよ?」
玲奈が止まる。
「え?」
尚哉も顔を上げた。
空気が止まる。
「なんで屋上って知ってるんだ?」
六花の笑顔が固まった。
本当に一瞬。
それだけだった。
「あ……」
玲奈も不思議そうにしている。
「わたし……言いましたっけ」
「いや」
尚哉は首を振る。
聞いた覚えはない。
六花は視線を泳がせた。
「えっと……」
珍しく言葉に詰まる。
「なんとなく?」
「なんとなくで屋上って出るか?」
「ほら、一色さん空好きそうだし」
「理由になってないだろ」
六花は困ったように笑った。
「まあまあまあ、気のせい気のせい」
そう言って話を流す。
だが。
尚哉の胸には小さな棘が残った。
◇
帰り道。
六花と二人で歩く。
「さっきの」
尚哉が言う。
「ん?」
「屋上」
六花は一瞬だけ黙った。
「本当に知らなかったのか?」
夕焼けが横顔を照らす。
六花は笑った。
「知らないよ」
即答で迷いのない返事。
だけど。
なぜだろう。
その言葉が妙に軽く聞こえた。
「そうか」
尚哉はそれ以上聞かなかった。
聞けなかった。
六花は何かを隠している。
そんな気がした。
でも。
それが何なのかは分からなかった。
◇
夜。
尚哉は黒いノートを開いた。
最後のページ。
そこに新しい文字が浮かび上がる。
【白鷺六花は知っている。】
尚哉は息を止めた。
知っている。
何を。
どうして。
何一つ分からない。
だが。
今までで初めて。
その言葉だけは。
偶然では済まされない気がした。
「……何を知ってるんだよ」
誰も答えない。
静かな部屋に。
時計の音だけが響いていた。




