第13話 白鷺六花は泣いていない。
翌日。
尚哉は寝不足気味だった。
流石に昨夜はなかなか眠れず。
黒いノート。
変わった未来。
そして。
一色玲奈の涙。
色々と受けとめることが多すぎた。
◇
昼休み。
尚哉はまた図書室へ向かっていた。
やっぱり気になる。
今の玲奈の様子。
扉を開く。
いつも通りの静かな空間。
窓際。
そこには見慣れた姿があった。
「あ……」
玲奈が顔を上げる。
目が合った。
「よう」
「こんにちは……」
玲奈は少しだけ笑った。
昨日より自然な笑顔だった。
それだけで。
尚哉は少し安心する。
「相変わらず本読んでるな」
「図書室なので……」
「それもそうか」
玲奈が小さく笑った。
その時だった。
「あれ?」
聞き覚えのある声。
六花だった。
「二人ともいたんだ」
そう言って近付いてくる。
いつもの笑顔。
いつもの声。
いつもの白鷺六花。
――のはずだった。
◇
「一色さん」
六花が言う。
「元気そうでよかった」
玲奈が少し驚く。
「え?」
「あ……」
六花は一瞬だけ言葉に詰まった。
「その……最近少し元気なさそうだったから」
慌てて言い直す。
玲奈は気付いていないようだった。
「すみません……」
「謝らなくていいんだよ」
六花は笑う。
本当に優しい笑顔だった。
だが。
尚哉は違和感を覚えていた。
今の間はなんだ。
まるで。
何かを知っていたみたいな…
◇
三人で話す。
本の話。
授業の話。
他愛のない話。
玲奈も少しずつ会話に混ざる。
昨日までより明らかに表情が柔らかい。
六花も嬉しそうだった。
それなのに。
尚哉は何度も六花を見てしまう。
何かがおかしい。
理由は分からない。
でも。
どこか引っかかる。
◇
しばらくして。
玲奈が本棚の方へ向かった。
二人きりになる。
その瞬間。
六花が小さく息を吐いた。
「よかった……」
誰に聞かせるでもない声。
「何が?」
尚哉が聞く。
六花は少し驚いたように振り向いた。
「あ、聞こえてた?」
「そりゃ聞こえるだろ」
六花は困ったように笑う。
「だよね」
それから。
窓の外を見る。
柔らかい光が横顔を照らしていた。
「本当に…よかった」
もう一度言った。
今度はもっと小さな声で。
尚哉は違和感を覚える。
玲奈が元気になった。
それは分かる。
でも。
六花の反応は少し大きすぎる気がした。
まるで。
何か取り返しのつかないものを失わずに済んだみたいな。
◇
「白鷺」
「ん?」
「お前さ」
六花が首を傾げる。
「昨日のこと知ってたのか?」
一瞬。
本当に一瞬だった。
六花の表情が止まる。
だが。
次の瞬間にはいつもの笑顔に戻っていた。
「何それ?」
「いや」
「知らないよ」
自然な返答。
不自然なほど自然な返答。
「そうか」
尚哉はそれ以上聞かなかった。
聞けなかった。
むしろ。
聞いてはいけない気がした。
◇
帰り道。
六花と二人で歩く。
夕焼けが街を染めていた。
「一色さん」
六花が言う。
「少し元気になったよね」
「ああ」
「よかった」
六花は笑った。
本当に嬉しそうだった。
だけど。
その笑顔を見ていて。
尚哉はふと思う。
普通なら。
あんな顔の後は泣くんじゃないだろうか。
安心して。
力が抜けて。
泣いてもおかしくない。
なのに。
六花は泣かない。
ずっと笑っている。
それが妙に気になった。
◇
その夜。
尚哉は黒いノートを開いた。
最後のページ。
そこに新しい文字が浮かび上がる。
【白鷺六花は泣いていない。】
尚哉は眉をひそめた。
泣いていない。
それだけの文章。
それなのに。
なぜだろう。
今までのどの言葉よりも。
不気味に見えた。




