↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
127/133

第127話 白鷺六花は理解できない。

 朝のホームルームが終わっても、六花は落ち着かなかった。


 黒板の文字も。


 先生の話も。


 ほとんど頭に入ってこない。


 何度も視線が向かう。


 教室の斜め前の橘尚哉。


 友達と話している。


 笑っている。


 生きている。


 それは確かだった。


 でも。


 それ以外の全てが分からなかった。


     ◇


 休み時間。


 六花は何度も尚哉を見た。


 話しかけようとしてやめる。


 また話しかけようとして、


 ……やめる。


 病院でのことを覚えているなら。


 きっと何か反応するはずだ。


 でも。


 今朝の反応を見る限り、そんな様子は一切なかった。


 まるで。


 何も起きていないみたいだった。


     ◇


 昼休み。


 意を決して席を立つ。


 尚哉の方へ向かう。


 胸が苦しい。


 緊張なのか。


 恐怖なのか。


 自分でもよく分からなかった。


「橘くん」


 声を掛ける。


 尚哉が顔を上げた。


「あれ、白鷺」


 普通だった。


 あまりにも普通だった。


「どうした?」


「えっと……」


 言葉に詰まる。


 何を聞けばいいのか分からない。


 病院のこと?


 手術のこと?


 昨日のこと?


 全部おかしい。


 そもそも六花を「白鷺」と呼んでいる。


 昨日というより、これまでが存在しなかったような雰囲気。


「何?」


 尚哉が不思議そうに首を傾げる。


「……ううん」


 六花は首を振った。


「なんでもない」


「変なの」


 尚哉はそう言って笑った。


 その笑顔を見て。


 六花は理解した。


 覚えていない。


 尚哉は何も覚えていない。


 夏祭りも。


 映画も。


 付き合ったことも。


 病院も。


 最後の言葉も。


 全部。


 なかったことになっている。


     ◇


 放課後。


 六花は一人で病院へ電話を掛けた。


 どうしても確認したかった。


 もし夢ではないのなら。


 何か痕跡が残っているはずだった。


 受付へ名前を伝える。


 検査のことを聞く。


 ドナー適合のことを聞く。


 しばらくして返ってきた答えは。


『そのような記録はありません』


 だった。


「……え?」


『白鷺さんがドナー検査を受けた記録も確認できません』


 六花は言葉を失う。


『他に何かございますか?』


「……いえ」


 通話が切れる。


 スマホを握る手が震えていた。


     ◇


 記録がない。


 検査もない。


 手術もない。


 病院には何も残っていなかった。


 なのに自分だけは覚えている。


 病院の景色も。


 手術前の恐怖も。


 尚哉を救いたいと思った気持ちも。


 全部覚えている。


     ◇


 帰り道。


 夕日が街を赤く染めていた。


 六花は一人で歩きながら考える。


 結局。


 何が起きたのかは分からない。


 どうして四月一日に戻ったのかも分からない。


 どうして自分だけ覚えているのかも分からない。


 でも。


 ひとつだけ確かなことがあった。


 尚哉が生きている。


 少なくとも今は。


 元気でそこにいる。


 笑っている。


     ◇


 それだけで十分じゃないか。


 ふと、そんな考えが浮かんだ。


 少なくとも昨日までは。


 もう二度と会えないと思っていた。


 悲しくて苦しくて沢山泣いた。


 それなのに。


 今は会える。


 話せる。


 隣にいられる。


 理由なんて分からなくても。


 もし。


 もう一度やり直せるのなら。


 今度こそ。


 もっとたくさん話そう。


 もっと一緒にいよう。


 もっと。


 ちゃんと伝えよう。


     ◇


 六花は空を見上げた。


 春の風が吹いている。


 桜が揺れていた。


 不思議と。


 少しだけ前を向ける気がした。


 白鷺六花は理解できない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。