第126話 白鷺六花はそこにいる。
4月1日。
朝の教室。
春の日差しが差し込んでいた。
窓の外では桜が揺れている。
新しいクラス。
新しい席。
新しい一年の始まり。
誰もが少しだけ落ち着かない顔をしていた。
教室の扉が開く。
白鷺六花は静かに中へ入った。
教室。
机。
景色。
見慣れているはずなのに。
全部が少しだけ微妙に違って見えた。
六花は席へ向かう。
それだけのことなのに、心臓が痛いほど鳴っていた。
窓の外、桜が咲いている。
六花は目を閉じる。
病院。
白い天井。
冷たい空気。
途切れていく意識。
最後に浮かんだ顔。
橘尚哉。
ゆっくり目を開く。
教室は何も変わらない。
誰も知らない。
誰も覚えていない。
自分だけが知っている。
白鷺六花は一度死んだ。
「おはよー!」
元気な声が響く。
朝比奈小春だった。
変わらない。
本当に変わらない。
小春は何も知らないまま笑っている。
少しして灰原が来る。
みんな普通に話している。
普通に笑っている。
六花はその光景を見つめた。
涙が出そうになる。
でも堪える。
まだ駄目だ。
教室の扉が開く。
六花の呼吸が止まった。
足音。
鞄。
聞き慣れた声。
橘尚哉だった。
生きている。
そこにいる。
六花は思わず立ち上がりそうになる。
でも動けない。
視線だけが追いかける。
尚哉は教室を見渡した。
そして。
六花を見る。
目が合った。
数秒。
何も起きない。
尚哉は少しだけ首を傾げた。
「……?」
知らないクラスメイトを見るみたいに。
ただ、それだけだった。
六花は一瞬で理解する。
尚哉は…覚えていない。
夏祭りも。
映画も。
告白も。
病院も。
最後の言葉も。
何もかも。
全部。
自分だけが覚えているんだ。
胸が痛かった。
苦しかった。
涙がこぼれそうだった。
だけど。
尚哉は生きている。
それは事実だ。
六花は唇を噛む。
そして。
俯きながら、誰にも聞こえない声で呟いた。
「……よかった」
涙が一滴だけ落ちる。
春の風が窓から吹き込む。
桜が揺れる。
新しい朝が始まる。
白鷺六花はそこにいる。




