第124話 橘尚哉は認められない。
会議室を飛び出したあとも、尚哉は何が起きたのか理解できなかった。
廊下を歩く。
どこへ向かうのかも分からない。
ただ足だけが勝手に動いていた。
嘘だ。
そんなはずない。
六花が死んだ?
何を言っているんだ。
スマホを開く。
六花とのトーク画面。
最後のメッセージ。
『起きた』
『たぶん大丈夫』
既読はついていない。
尚哉は画面を見つめる。
そして文字を打った。
『おい』
送信。
数秒待つ。
既読はつかない。
『六花』
送信。
既読はつかない。
ほら。
見ろ。
ただ返信がないだけじゃないか。
寝ているのかもしれない。
スマホを見ていないだけかもしれない。
病院にいるのかもしれない。
何か事情があるのかもしれない。
そうだ。
そうに決まっている。
◇
教室へ戻る。
扉を開いた瞬間、空気の重さが伝わってきた。
小春は声をあげて泣いている。
他の女子生徒が小春の背中をさすっている。
灰原は俯いている。
「六花は?」
誰も答えない。
「どこにいるんだよ」
沈黙。
「病院か?」
返事はない。
尚哉は苛立った。
「なんとか言えよ」
声が大きくなる。
小春は子供のように泣きじゃくる。
灰原は目を閉じて下唇を噛んでいる。
その反応が意味するものを、尚哉は認めたくなかった。
「やめろよ」
思わず口から出る。
「おまえらそんな顔すんな」
誰も顔を上げない。
「だからさ」
尚哉はもう一度言った。
「六花はどこなんだよ」
小春が泣きながら叫ぶ
「こんなの駄目だよぉ六花ちゃああん!」
その瞬間。
尚哉は教室を飛び出した。
◇
階段を駆け下りる。
昇降口へ向かう。
会わなければならない。
本人に。
本人から聞かなければならない。
そうじゃないと納得できるわけがなかった。
「橘!」
後ろから声が飛ぶ。
担任だった。
「待ちなさい!」
尚哉は振り返る。
息が上がる。
それでも言った。
「会わせてください」
担任は何も言わない。
「六花に」
沈黙。
「本人に聞きます」
尚哉は続ける。
「本人が言うまで信じません」
担任は目を伏せた。
その反応が、尚哉をさらに苛立たせる。
「だから会わせてください」
返事はなかった。
尚哉は拳を握る。
爪が食い込む。
納得できない。
理解できない。
受け入れられない。
六花は確かにいた。
映画にも行った。
笑っていた。
未来の話もした。
また明日と言った。
なのに。
そんな簡単にいなくなるわけがない。
◇
家へ帰っても、尚哉は何度もスマホを見た。
既読はつかない。
電話をかける。
呼び出し音。
一回。
二回。
三回。
出ない。
切れる。
もう一度かける。
出ない。
またかける。
出ない。
尚哉は唇を噛んだ。
そしてメッセージを打つ。
『返事しろ』
送信。
既読はつかない。
画面の中には六花の名前がある。
トークも残っている。
写真も残っている。
思い出も残っている。
だから。
どうしても信じられなかった。
白鷺六花がいなくなったなんて。
橘尚哉は認められない。




