第118話 橘尚哉は感謝している。
通院自体に慣れてきて、尚哉は複雑な気分になる。
白い廊下。
白い天井。
消毒液の匂い。
何度も来ているはずなのに、やっぱり好きにはなれない。
尚哉は診察室の椅子へ座っていた。
向かいには医師。
隣には両親。
そして少し離れた場所に六花がいる。
医師は資料を開いた。
「検査結果ですが」
尚哉は黙って聞いていた。
病気の説明。
数値の話。
検査結果。
治療方針。
聞きたくないのに聞かなければならない話。
「現段階で、治療の可能性が見えてきています」
その言葉に顔を上げた。
「可能性?」
「はい」
医師は頷く。
「まだ確定ではありませんが、適合の可能性がある協力者が見つかっています」
尚哉は言葉を失った。
助かるかもしれない。
その言葉だけが頭に残った。
◇
病院を出る。
空は高かった。
風は少しだけ涼しい。
「…よかったね」
六花が言う。
「ああ」
尚哉は頷いた。
「まだ決まったわけじゃないけどな」
「それでもだよ」
六花は笑う。
尚哉も少しだけ笑った。
久しぶりだった。
未来の話を聞いて、素直に嬉しいと思えたのは。
しばらく歩いたあと、尚哉はふと思ったことを口にした。
「なあ」
「ん?」
「その人」
「その人?」
「協力者の人」
六花の肩がほんの少しだけ揺れた。
でも尚哉は気付かない。
「どんな人なんだろうな」
「さあ」
「分かんねぇよな」
家族かもしれない。
親戚かもしれない。
知らない誰かかもしれない。
それでも。
自分のために何かをしてくれる人がいる。
それが不思議だった。
「会えたらさ」
尚哉は言う。
「お礼言いたい」
六花は黙っている。
「ありがとうって」
「うん」
少しだけ間を置いて、六花は笑った。
「言った方がいいよ」
◇
夜。
ベッドへ寝転がる。
スマホを開く。
六花とのトーク画面。
少し考えてから文字を打った。
『助かったらさ』
送信。
続けてもう一通。
『やりたいこといっぱいあるんだよな』
送信。
卒業。
映画。
イルミネーション。
来年の夏祭り。
そして六花。
欲しい未来はたくさんあった。
その未来へ手を伸ばせるかもしれない。
まだ何も決まっていない。
それでも。
会ったこともない誰かに、
こんなにも感謝したのは初めてだった。
橘尚哉は感謝している。




