1ー9
鐘の音が夕空に溶ける頃、ルカたちは食堂へと足を運んだ。
食堂はいつもよりも数段騒がしい。
少なくとも、席に子供をおとなしく座らせるなんて、男子学生にはなかなか出来ない。
走り回る子、それを諦めた目で見守る学生。テーブルに上ろうとする子供を必死に押さえる学生。
子育てに悩む男子学生がひしめく中、ノクスは大人しく椅子に座っていた。
「お、偉いじゃん」
向かいの席に座るカイが、ノクスを褒める。
それを聞いて、ルカは鼻高々に「そうでしょう」と言う。
「なんで、ノクスが褒められてるのにルカが嬉しそうなの……」
アルヴェは呆れてため息をついた。
「全員、静かに」
セリウスの言葉にピリッとした空気が流れる。
思わず子供たちも静かになり、食堂は一瞬にして静寂が流れた。
「お前たちも知っての通り、一部の4年生が今、幼くなっている。これは教師であるマルコ・ヴァンデルの失態だ。申し訳ない」
生徒たちの前で、セリウス先生は素直に謝罪する。
そして、さらに説明を続けた。
「現在、こちらで調査をした所、元に戻るのは今夜から明朝にかけて。寝ている間になるだろう。元に戻った際、服に締め付けられ窒息する事例が過去に起きている。今晩は必ず本人の服を着せるように」
セリウス先生は杖でテーブルを叩く。するとテーブルに積んであった紙がパラパラと舞う。
1枚1枚が生徒の元へ行き渡ったのを見て、セリウス先生はその場を後にした。
「なに書いてるんだ?」
カイが紙を摘む。裏表にぎっしりと文字が書かれたそれは、どうやら今回の件に関する謝罪と、今後の対策のようだ。
「今日の消灯時間は早いよ」
アルヴェが指を刺す。
いつもなら21時には部屋から出ることを禁止とされているが、今日は20時……1時間早い。
「そっか、ノクス先輩……今晩には元に戻るんですね」
言葉にした途端、じくりと胸の奥が痛む。
隣に座るノクスに目線を落とす。
子供の世話は面倒だし、ノクスだって困っているはず。早く元に戻るなら、喜ばしい筈なのに。
それでも――、ルカの中で言葉に出来ない思いが生まれた。
「ルカは今のノクスの方がいいんだ?」
意地悪なアルヴェの質問。
ルカはプクッと頬を膨らます。
「そんな事、言ってません」
アルヴェの言葉を流し、横にいるノクスの頭を撫でる。
折角近づけたはずの距離が、また離れると思うと恋しい。
戻らなくて困るのはノクス。戻らなければいいと思ってしまう自分の我儘に嫌悪する。
ルカは唇を噛み締める。
アルヴェは目を伏せて、何も言わずにルカの言葉を流した。
「そう。じゃあ食事にしよう」
「俺とアルヴェで取ってくるから待ってろよ」
カイが気を利かせて、席を立つ。
アルヴェはルカに目配せをし、続くように後を追った。
「…………」
残されたルカは、言葉を失う。
ノクスも喋らない。
――気まずい沈黙が落ちた。
今の会話をどう思われたか不安で、身を捩る。
そこに、ルカの同級生が姿を現した。
「ルカ君……」
エヴァンはメガネを曇らせ、あからさまに落ち込んでいる。
昼間話した話題がリフレインし、ルカは椅子から立ちがった。
「どうしたの、エヴァン」
声をかけると、赤い瞳からポロリと涙が落ちる。
ルカは慌てて駆け寄った。
「ルカ?」
「おい、どうした?」
夕飯の乗ったプレートを抱え、カイとアルヴェが戻る。
静かに泣くエヴァンに、3人は顔を見合わせた。
泣き止んで落ち着いたエヴァンから話を聞く。
結果として、レポートは既に提出されており、奪還は無理だったということらしい。
「めんどくせぇことになってんな」
行儀悪く、カイはフォークの先を噛む。話を聞いているだけでムカついたようだ。
「レポートならマルコ先生の、レポートボックスの中だろう」
「あー、鍵がかかったヤツな。中身が先生以外取り出せないと噂の」
カイとアルヴェは冷静に分析する。
どんよりとした空気の中で、ノクスはマイペースに熱々のシチューと格闘していた。
ルカは、エヴァンのレポートを、なんとかしてやれないかと頭を抱える。
悩み唸るルカを見て、アルヴェは口を開いた。
「レポートやノートの盗難って案外多いんだ」
「ええ……? そうなの?」
「あー、話は聞くな。だからノクス先輩は部屋ではアレだけど、部屋の外ではレポート管理を厳重にしてるぜ。割かし、研究内容によってはそのまま金になるものを扱ってるからな」
成程と納得する。ならば以前、石に触れようとして拒絶されたのも——。
「いや、部屋でもちゃんと管理してくださいよ」
納得はしたが、腑に落ちない。思わずツッコミを入れるルカに、カイは「確かになー」と苦笑する。
「話を聞いてくれて、ありがとうございます」
話すだけ話して落ち着いたのか、エヴァンが席から立ち上がる。咄嗟に引き留めようとしたその腕を、子供の手が掴んできた。
「ノクス……先輩?」
「ルカは隣にいて」
口の端にシチューをつけて、急に独占欲を見せてくる子供。あまりの可愛さに言葉が詰まる。
「ルカ君、いいよ。今はこんな状況だし。他に方法が無いか考えるから」
エヴァンは背中を丸めてトボトボと歩いて行った。
落ち込む背中を見て、カイはアルヴェに目配せをする。
「アルヴェ」
「えー、……いいけど」
短い会話。2人だけのやり取り。ルカは割って入れない。しかし、2人が何かしらしようとしている事は読める。
(問題が起きなきゃいいけど)
この2人ならなんとかしてくれるだろう。そんな信頼があった。




