1ー10
窓の外はどっぷりと暗く、遠くで梟の鳴き声が聞こえる。
柔らかな光が、部屋に灯っている。
夕食が終わり、シャワーを済ませた後、程よい疲れが瞼の重さを誘った。
ルカはセリウスの指示書通り、ノクスに服を着せる。
どう頑張ってもブカブカで、この子供が、あの大男になるのかと思うと、いまだに不思議でたまらない。
「大きい」
「将来の君のサイズだよ」
頬をぷくっと膨らませ、足先で床を蹴るノクス。
木の板をさする音が、微かに聞こえる。
ルカがむくれた顔をわざと突けば、八の字の眉がぴくりと動いた。
その態度に、ルカは頬を緩ませる。
ただ一つ、気がかりなのは——。
「先輩たち、帰ってこないね」
カイとアルヴェの所在がわからない。
夕食後、二人は早々に消えていったまま、消灯の時間が来てしまったのだ。
「ねむい」
重たい目蓋を手で擦るノクス。
ルカは、部屋の明かりを暗くする。窓からの月明かりが、入り込んだ。
最低限の灯りを残し、ノクスの手を引いてベッドへ向かうと、そっと寝かしつける。
「先に寝てていいよ」
言いながら、ベッドのカーテンに手をかけた。
閉めようとした手に、小さな手が絡む。
「まって」
「ん?」
「まっくらは、やだ」
そういえば、ノクスのカーテンはいつも少しだけ開いていた。なんなら夜遅くまで、灯りが漏れていたことを、ルカは思い出す。
あの時は、研究に没頭しているのだと思っていたのだが、どうやら違う理由があるらしい。
ルカは一拍置くと、小さな手を掴む。
眠たいせいなのか、子供の手は暖かかった。
「光の精霊よ、静かに満ちて」
淡いオレンジ色の光の玉が、ノクスのベッド内を仄かに照らした。
「これ……? やさしい、ひかり」
ノクスの手が、光に伸びる。
しかし実態もないソレは触れる事はできない。
熱すら感じない光源を、興味深そうに見つめる。
「これがルカのまじゅつ?」
「うん、精霊さんにお願いしたんだ」
小さな頭が枕に沈む。
「ありがとう」
ノクスはゆっくりと瞬きをし、まもなくして規則正しい寝息がルカの耳に届いた。
ルカは静かにカーテンを閉じる。——いつも彼がしているように少し開けて。
「ただいま」
タイミングを見計らったように、部屋の扉が静かに開く。
それは「もう、寝ているだろう」という気遣いを感じるほどの、小さな声。
振り向けば、カイとアルヴェが立っていた。
「先輩たち、遅いです」
「就寝時間が、いつもより早いんだ。俺たちが遅い訳じゃないよ」
屁理屈を言うアルヴェに、ルカは頬を膨らませた。
「そんなことを言って、どこに行っていたんですか?」
「んー、色々」
答えたのはカイ。
二人は部屋に入ると、各々のベッドへ向かった。
「ほら、セドリックは寮長だから一人部屋だろ?」
「そうですね」
「職員室に行ったらイシュレイ先生が面倒見てた」
「少年マルコも居たよ。セリウス先生に見張られてたけど」
なるほどと納得する。
この二人は学院の様子を見て回ったらしい。
「ノクスのほうは、どうだったの?」
「寝たところです」
ルカが閉じられたカーテンに目線を流すと、アルヴェがやって来て、隙間から中を覗いた。
その目尻が、少し下がるのが見える。
「ルカ、今日はお疲れ様」
労いの言葉とともに、アルヴェはぽんぽんとルカの頭を撫でる。
「もう少し、先輩方もめんどうをみてくださいよぉ」
不満を口にした。しかし、二人はどこ吹く風といった感じで、気にするそぶりもない。
まあ、ルカ自身、本当に不満がある訳ではない。
なぜなら、あの目がじっと自分を見つめてくれる。
それだけで、互いの居場所がうまく噛み合ったかのように、居心地が良かったのだ。
「でも、今日一日で、ノクスの事を知れたんじゃない?」
「子供のノクス先輩なんて、参考になりません」
「なんで?」
「全然違うから……」
カイが首を傾げ、アルヴェに目配せをする。
アルヴェは、顎に手を当てると、小さく唸った。
「ルカが知らなかっただけだよ」
優しい声色とは裏腹に、少し冷たさを感じる物言い。
アルヴェの言葉に、ルカは大きく目を見開き、彼の顔を見る。
「不器用だけど素直だよ」
「子供のノクス先輩の様子を、アルヴェ先輩はほとんど見てないじゃないですか」
「幼いノクスは、ルカを選んだだろう?」
ルカは、アルヴェから目を逸らす。
選んだからなんだと言うのだ。
心のささくれがズキリと痛む。
「ルカの感情的な部分は、優しくてノクスには心地いいんだよ」
「感情的な部分?」
「怒ったり、笑ったり、悩んだり。君のソレは優しさ由来で出来ているから」
口うるさく世話を焼く自分が、ノクスにとって心地いいなど、想像がつかない。
「彼も、俺も、理論的に物事を処理してしまうからね。ルカみたいな人が、そばにいてくれると助かるんだよ」
顔を上げれば、アルヴェと目線がぶつかった。
ルカは照れ隠しに、首をさする。
「お前がいると、空気が和むしな」
カイの一言に、ルカの頬がゆるゆると震えた。
「褒めても何も出ませんからね」
「おーおー、わかったからサッサと寝るぞ」
会話を切り上げると、カイは早々に部屋着に着替える。
「カイ、まだ課題が残ってるだろ」
「んなもん、朝早くに終わらせようぜ」
あっけらかんと答える。
アルヴェは額に手を当て、小さく息を吐いた。
「俺は、起きれないから、今のうちに終わらせる」
カイは苦笑する。
どうにも朝が弱いアルヴェからすると、その選択肢はないらしい。
ルカはきょとんと瞬きをした。
二人はあべこべなようで、仲が良い。
ロイルとルカも、出身の違いはあれど仲が良いが、二人のそれはもう一つ質が違い、友達というより、相方という言い方がよく似合う。
「んじゃ、おやすみ」
アルヴェに合わせることもなく、カイはカーテンを閉める。
それを気にすることなく、アルヴェは机に向かった。
「じゃあ、僕も先に寝ますね」
ルカはアルヴェに声をかける。ひらひらと手を振る姿を確認し、ベッドへ横になった。
(なんか、胸がドキドキするな)
眠りにつく直前、思い浮かんだのは小さなノクスの顔だった。
この学院にきてから、何度目の朝だろう。
いつものゆったりとした目覚めでは無い。
ハッと気絶から目を覚ますように、ルカは目を開ける。
閉じられたカーテンの先に、人の気配を感じた。
「ノクス先輩?」
ルカは慌てて体を起こす。
すべてが夢だったのではないかと思えるほど、何も残っていない。
恐る恐るカーテンを開けると、すでに部屋には朝日が差し込んでいた。
「おはよう」
聞き慣れた低い声。いつもなら自分が一番早起きなのに。
ノクスがルカに声をかける。逆光で表情は見えない。
唇が震えた。
「あ……、……」
「ルカ?」
「おはようございます」
一言だけ、振り絞る。ノクスが元に戻ったらなんて言うか、寝る直前まで考えていた言葉はすべて夢とともに消えた。
(元に戻ってよかったですね? でも覚えてなかったら、余計なことを言うことになるし)
藪をつつくような真似はできない。しかし、内心は問いかけたくてザワザワする。
覚えているのか、覚えているとしたらどこまで。
ルカの目線が下がる。
踏み込むのが怖い。
「ノクス先輩、あの……」
ルカはグッと唇をかみしめた。
「迷惑をかけたな」
「っ……」
顔を上げると、無表情のノクスがこちらを見ていた。
その横から、カイの声がした。
「ルカ、昨日はお疲れ様。一応、ノクス先輩には説明しておいたぜ」
「あっ、ありがとうございます」
カイの一言に肩から力が抜けた。
それ以上は言及しない。
(覚えてない……よね)
一晩限りの出来事は、大きな爪痕を残していた。




