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10/18

1ー10

 窓の外はどっぷりと暗く、遠くで梟の鳴き声が聞こえる。

 柔らかな光が、部屋に灯っている。

 夕食が終わり、シャワーを済ませた後、程よい疲れが瞼の重さを誘った。

 ルカはセリウスの指示書通り、ノクスに服を着せる。

 どう頑張ってもブカブカで、この子供が、あの大男になるのかと思うと、いまだに不思議でたまらない。


「大きい」

「将来の君のサイズだよ」


 頬をぷくっと膨らませ、足先で床を蹴るノクス。

 木の板をさする音が、微かに聞こえる。

 ルカがむくれた顔をわざと突けば、八の字の眉がぴくりと動いた。

 その態度に、ルカは頬を緩ませる。

 ただ一つ、気がかりなのは——。


「先輩たち、帰ってこないね」


 カイとアルヴェの所在がわからない。

 夕食後、二人は早々に消えていったまま、消灯の時間が来てしまったのだ。


「ねむい」


 重たい目蓋を手で擦るノクス。

 ルカは、部屋の明かりを暗くする。窓からの月明かりが、入り込んだ。

 最低限の灯りを残し、ノクスの手を引いてベッドへ向かうと、そっと寝かしつける。


「先に寝てていいよ」


 言いながら、ベッドのカーテンに手をかけた。

 閉めようとした手に、小さな手が絡む。


「まって」

「ん?」

「まっくらは、やだ」


 そういえば、ノクスのカーテンはいつも少しだけ開いていた。なんなら夜遅くまで、灯りが漏れていたことを、ルカは思い出す。

 あの時は、研究に没頭しているのだと思っていたのだが、どうやら違う理由があるらしい。

 ルカは一拍置くと、小さな手を掴む。

 眠たいせいなのか、子供の手は暖かかった。


「光の精霊よ、静かに満ちて」


 淡いオレンジ色の光の玉が、ノクスのベッド内を仄かに照らした。


「これ……? やさしい、ひかり」


 ノクスの手が、光に伸びる。

 しかし実態もないソレは触れる事はできない。

 熱すら感じない光源を、興味深そうに見つめる。


「これがルカのまじゅつ?」

「うん、精霊さんにお願いしたんだ」


 小さな頭が枕に沈む。


「ありがとう」


 ノクスはゆっくりと瞬きをし、まもなくして規則正しい寝息がルカの耳に届いた。

 ルカは静かにカーテンを閉じる。——いつも彼がしているように少し開けて。


「ただいま」


 タイミングを見計らったように、部屋の扉が静かに開く。

 それは「もう、寝ているだろう」という気遣いを感じるほどの、小さな声。

 振り向けば、カイとアルヴェが立っていた。


「先輩たち、遅いです」

「就寝時間が、いつもより早いんだ。俺たちが遅い訳じゃないよ」


 屁理屈を言うアルヴェに、ルカは頬を膨らませた。


「そんなことを言って、どこに行っていたんですか?」

「んー、色々」


 答えたのはカイ。

 二人は部屋に入ると、各々のベッドへ向かった。


「ほら、セドリックは寮長だから一人部屋だろ?」

「そうですね」

「職員室に行ったらイシュレイ先生が面倒見てた」

「少年マルコも居たよ。セリウス先生に見張られてたけど」


 なるほどと納得する。

 この二人は学院の様子を見て回ったらしい。


「ノクスのほうは、どうだったの?」

「寝たところです」


 ルカが閉じられたカーテンに目線を流すと、アルヴェがやって来て、隙間から中を覗いた。

 その目尻が、少し下がるのが見える。


「ルカ、今日はお疲れ様」


 労いの言葉とともに、アルヴェはぽんぽんとルカの頭を撫でる。


「もう少し、先輩方もめんどうをみてくださいよぉ」


 不満を口にした。しかし、二人はどこ吹く風といった感じで、気にするそぶりもない。

 まあ、ルカ自身、本当に不満がある訳ではない。

 なぜなら、あの目がじっと自分を見つめてくれる。

 それだけで、互いの居場所がうまく噛み合ったかのように、居心地が良かったのだ。


「でも、今日一日で、ノクスの事を知れたんじゃない?」

「子供のノクス先輩なんて、参考になりません」

「なんで?」

「全然違うから……」


 カイが首を傾げ、アルヴェに目配せをする。

 アルヴェは、顎に手を当てると、小さく唸った。


「ルカが知らなかっただけだよ」


 優しい声色とは裏腹に、少し冷たさを感じる物言い。

 アルヴェの言葉に、ルカは大きく目を見開き、彼の顔を見る。


「不器用だけど素直だよ」

「子供のノクス先輩の様子を、アルヴェ先輩はほとんど見てないじゃないですか」

「幼いノクスは、ルカを選んだだろう?」


 ルカは、アルヴェから目を逸らす。

 選んだからなんだと言うのだ。

 心のささくれがズキリと痛む。


「ルカの感情的な部分は、優しくてノクスには心地いいんだよ」

「感情的な部分?」

「怒ったり、笑ったり、悩んだり。君のソレは優しさ由来で出来ているから」


 口うるさく世話を焼く自分が、ノクスにとって心地いいなど、想像がつかない。


「彼も、俺も、理論的に物事を処理してしまうからね。ルカみたいな人が、そばにいてくれると助かるんだよ」


 顔を上げれば、アルヴェと目線がぶつかった。

 ルカは照れ隠しに、首をさする。


「お前がいると、空気が和むしな」


 カイの一言に、ルカの頬がゆるゆると震えた。


「褒めても何も出ませんからね」

「おーおー、わかったからサッサと寝るぞ」


 会話を切り上げると、カイは早々に部屋着に着替える。


「カイ、まだ課題が残ってるだろ」

「んなもん、朝早くに終わらせようぜ」


 あっけらかんと答える。

 アルヴェは額に手を当て、小さく息を吐いた。


「俺は、起きれないから、今のうちに終わらせる」


 カイは苦笑する。

 どうにも朝が弱いアルヴェからすると、その選択肢はないらしい。

 ルカはきょとんと瞬きをした。

 二人はあべこべなようで、仲が良い。

 ロイルとルカも、出身の違いはあれど仲が良いが、二人のそれはもう一つ質が違い、友達というより、相方という言い方がよく似合う。


「んじゃ、おやすみ」


 アルヴェに合わせることもなく、カイはカーテンを閉める。

 それを気にすることなく、アルヴェは机に向かった。


「じゃあ、僕も先に寝ますね」


 ルカはアルヴェに声をかける。ひらひらと手を振る姿を確認し、ベッドへ横になった。


(なんか、胸がドキドキするな)


 眠りにつく直前、思い浮かんだのは小さなノクスの顔だった。




 この学院にきてから、何度目の朝だろう。

 いつものゆったりとした目覚めでは無い。

 ハッと気絶から目を覚ますように、ルカは目を開ける。

 閉じられたカーテンの先に、人の気配を感じた。


「ノクス先輩?」


 ルカは慌てて体を起こす。

 すべてが夢だったのではないかと思えるほど、何も残っていない。

 恐る恐るカーテンを開けると、すでに部屋には朝日が差し込んでいた。


「おはよう」


 聞き慣れた低い声。いつもなら自分が一番早起きなのに。

 ノクスがルカに声をかける。逆光で表情は見えない。

 唇が震えた。


「あ……、……」

「ルカ?」

「おはようございます」


 一言だけ、振り絞る。ノクスが元に戻ったらなんて言うか、寝る直前まで考えていた言葉はすべて夢とともに消えた。

 

(元に戻ってよかったですね? でも覚えてなかったら、余計なことを言うことになるし)


 藪をつつくような真似はできない。しかし、内心は問いかけたくてザワザワする。

 覚えているのか、覚えているとしたらどこまで。

 ルカの目線が下がる。

 踏み込むのが怖い。


「ノクス先輩、あの……」


 ルカはグッと唇をかみしめた。


「迷惑をかけたな」

「っ……」


 顔を上げると、無表情のノクスがこちらを見ていた。

 その横から、カイの声がした。


「ルカ、昨日はお疲れ様。一応、ノクス先輩には説明しておいたぜ」

「あっ、ありがとうございます」


 カイの一言に肩から力が抜けた。

 それ以上は言及しない。


(覚えてない……よね)


 一晩限りの出来事は、大きな爪痕を残していた。

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