1ー7
寮の違うロイルとは別れ、自室に戻る。
途中、足が遅いノクスをアルヴェが抱きかかえ、珍しいものを見たなとルカは内心複雑だった。
あの大柄なノクスにも、こんな小さな頃があったなんて。まして、一番細身のアルヴェに抱えられる姿など、元の姿からは想像も出来ない。
ルカはこっそりとほくそ笑む。
「ほら、これでも着ていて」
アルヴェは自分の服を一枚取り出すと、杖で弧を描く。
シュルシュルと糸が紡ぎ直され、今のノクスより少し大きめの服が出来上がる。
子供はじっとそれを見つめると、困った顔でルカを見上げた。
「一人で着れない? 手伝う?」
子供はふるふると顔を横に振る。
カイはそれを見て、ああ……と口を開いた。
「アルヴェの服は布が上等だから、遠慮してるんだろ」
「なにそれ」
カイの言葉に、アルヴェは呆れる。
アルヴェから見れば古着でも、平民から見れば上等な布だ。
しかし、アルヴェがその服を選んだのにも理由がある。
「元のサイズに戻った時、首が締まらないようにしたの。それを着ていなさい」
「首が締まるんですか?!」
「そりゃあ、元のノクスのサイズだよ?」
元のノクスの大きさを、ルカは思い出す。
この痩せ細った子供が、熊のような男になるなど誰が想像できよう。そう考えれば、確かに必要な行為なのかもしれない。
「この糸は魔術で伸縮性を上乗せしてる。」
杖の先に指をあて、アルヴェは魔術の説明をする。
傍目で見ても、何の変哲もない服。これが何倍にも伸びるとは思えない。
ルカは小さなうなり声を上げた。
「難しそう」
「案外、簡単だよ」
アルヴェは問答無用で、ノクスに服を被せる。すぽりと小さな頭が服から覗き出し、ようやく少年はしぶしぶと袖を通す。
その後ろで、カイは「何が簡単だよ」と、口にした。
「虚相魔術なんて難しいもの、バンバン使いやがって」
呆れた声がカイから漏れる。
アルヴェはカラカラと笑った。
「いいじゃん。それが無ければ、この前のくす玉も出来なかったんだし」
ルカは、子供が元々羽織っていた大きな服をたたむと、しゃがんで目線を合わせる。
「えっと、ノクス先輩?」
自分よりも幼い子供に、先輩というのはどこか、ちぐはぐで、呼ぶたびに胸の奥が小さく引っかかる。
深緑の瞳に映る自分の顔は、眉が下がっていた。
「何か違和感とか……えっと、痛いところとかはないですか?」
難しい言葉を使わないように言葉を正すと、黙ったままの子供が、ちらりと背中を気にした。
その目線を追って服を軽くめくる。
背中を探ってみれば、肩から尻にかけて、大きなケロイドが走っていた。
「えっ、大丈夫?」
傷跡をルカは手のひらでさする。触れた瞬間、子供の肩がわずかに強ばる。
子供は頭をうなだれて、口をきゅっと結ぶ。
「事故の痕だな」
窓際のテーブルで、カイは頬杖をつきながら答えた。
「じこ……?」
カイの言葉に、ルカの耳がピクリと動く。
「お二人は、ご存知だったんですか?」
「本人は隠してないからな」
ルカは知らない。聞いてない。
一人、置いて行かれたかのような感覚に、ルカは胸の奥がざわついた。
「気になるなら、本人に聞けよ」
「それは、ちょっと……」
カイは簡単に言う。
だが、ルカには、人の傷口を好奇心で漁る真似など憚られた。
躊躇するルカに、アルヴェが口を開く。
「ルカ、別に大丈夫だよ。ルカなら、ノクスは怒りはしないって」
「嫌われているのに?」
ルカは、自分の口からこぼれた言葉にギョッとし、慌てて口を塞ぐ。
アルヴェは肩をすくめ、ルカから目線を外す。
「ルカがそう思うのは構わないけど、もう少しノクスの事を知ってもいいんじゃない?」
深くは追求しないアルヴェの態度に、ルカは胸を撫で下ろす。
「じゃあ、世話役はルカだな」
言い出したのはカイだった。アルヴェも同じ意見らしく、首を縦に振る。
「ええ?」
「俺だと、嫌がるし」
「じゃあ、アルヴェ先輩は?」
チラリと助けを求めてみるが、アルヴェは笑顔を崩さない。
考えるフリをして、アルヴェは口を開いた。
「ノクスに決めてもらおうか」
「うええ? ノクス先輩に?」
こんな小さな子に選べるのか、ルカは目を丸くする。小さなノクスは、ルカの反応を見て、ぱちくりと瞬きをした。
アルヴェはしゃがんで、子供に目線を合わせる。
「ねぇ、この中で誰かが君をお世話しなきゃいけないんだけど、選べる?」
ゆっくりと優しい声色で言うと、ノクスは三人の顔を見やった。
まずはじっと、カイを睨む。
次に、アルヴェを怪しげに伺う。アルヴェがニコリと笑いかけると、少しだけ首を引いた。
最後に、ルカの方を向き、ぴたっと止まる。
深緑の瞳が、ルカを離さない。
見られているだけなのに、こそばゆくて、ルカは小さく体を揺らす。
やけに長い沈黙のあと、子供は口を開いた。
「なら、このひとがいい」
小さな手が、思ったより強くルカの指を掴んだ。と言うより、最初から離す気がないみたいだった。
子供の体温がじわりと伝わって、ルカの心臓はドキリと跳ねた。
しかし、選ばれたからと言って簡単に引き受けられない。ルカは頭を捻る。
その空気を感じ取り、ノクスは言葉を続ける。
「ごはんもひとりで食べれるし、トイレもひとりで行けるから」
そこまで出来るなら、自分は必要ないのでは? 言いかけた言葉を遮るノクス。
「いやならいい……」
言葉尻がだんだん弱くなる。
「ふぅん」
アルヴェは目を細めた。
「一番好み?」
アルヴェの揶揄う声に、ルカはひくりと喉を鳴らす。
なんてことを聞くのかと、ルカが思った。
その言葉が、耳に強く残る。
それを見て、アルヴェの口元が小さく動いた。
「うん」
即答するノクス。
じわっと顔が熱くなるのを感じて、ルカは慌てた。
「アルヴェ先輩、何聞いているんですか!」
「ん? ルカを選んだ理由。俺、顔には自信あったんだけどなあ」
アルヴェは大げさに肩を下げる。それから、ルカを見て満点の笑顔で言う。
「ほら、ルカ。ご指名だよ」
言われて、ノクスを見た。子供は眉を下げ、不安げにルカの手を握る。
納得する。この子には自分が必要なようだ。
心を決め、子供の手を握り返した。
「仕方ないなぁ、僕が面倒を見てあげる」
ルカは人好きのする笑顔を向けてみる。すると、幼いノクスはパッと目を見開いてから破顔の表情をルカに返した。
その顔を見て、軽かった言葉が重みを増す。
アルヴェがニヤニヤと、ルカの顔を見ていた。
「アルヴェ、先輩?」
「ううん、何でも無いよ」
含みのある言い方。
「保護者も決まったし、俺たちは出かけるね」
ノクスに合わせてしゃがんでいたアルヴェは、立ち上がるとスタスタと出口へ向かう。
「えっ? ええ??」
アルヴェを追いかけようとしたが、ぎゅっと足に子供が抱きついた。
その子供を見て、アルヴェは微笑む。
「ルカは、ノクスにもう少し不躾でいいんだよ。先輩からのアドバイス」
「そうそう。顔色を伺いすぎ。ノクス先輩なんて適当でいいからさ」
カイは、椅子から立ち上がり、ぽんっとノクスの頭に手を置く。ノクスはパシリと手を払いのけた。
「ほら」
「何が、ほら……なんですか。ってかどこに行くんですか」
ルカの問いかけに、カイはニッと歯を見せて笑った。
「上級生がいないんだぜ」
「好き勝手し放題だよね」
ルカは思わず、手で顔を覆った。
そうだ、この二人はこういう人だったと、改めて自覚する。
言うが早いか、先輩二人はルカとノクスを残して、出かけて行った。




