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1-4

 すれ違う足音が、石床に乾いた響きを落としていく。

 歓迎会が終わり、談話室から出て行く生徒で人の気配は絶えず、しかし騒がしさは無かった。

 その中を一人、ルカがとぼとぼと歩く。その足取りは重く、肩が落ちているのは疲労のせいだけでは無かった。


(結局一人で歓迎会に参加しちゃった)


 新入生たちは珍しいものを見るように、ルカの金色眼をのぞき込んでくる。

 それもそうだ、一般的には魔眼の類いに入るそれは、人の集まる場では単純に「目立つ」という意味に変わる。

 ルカは必死で笑顔を作り、群がる新入生たちの相手をしていた。

 頼みの綱のカイやアルヴェは見当たらない。

 顔見知りの同級生も、今日は自分の部屋に来た一年生を相手にしており、完全に孤立したルカ。

 途中で何度、抜けだそうと思ったか、数え切れない。


(疲れちゃった)


 気を抜けばそのまま床に倒れそうだ。

 ルカは漸く自室の扉を開け、中を見渡す。

 ノクスが一人……自分のベッドの上で書類を積み上げていた。

 新しい紙とインクの匂いが部屋で混ざり合っている。

 ノクスはルカに目線をよこすこともなく、カリカリとペンの音が部屋に微かに響いていた。


「……はあ」


 その背中を見て、ルカはため息を落とす。

 別にノクスに参加するなど期待していない。けれど、憎らしさににた感情を覚えてしまう。

 気配り屋の自分は、疲弊して今にもベッドに沈みたいというのに。

 ルカはふるふると頭を振って、気持ちを切り替えようとした。

 そのとき、扉が再び開く。


「ただいま」


 軽い声とともに、カイが入ってくる。

 その後ろでアルヴェは、眠たそうに欠伸をかみ殺し、ルカを見ると気の抜けた笑みを浮かべた。


「おかえりなさい……」


 力なく返す。その様子にカイは首をかしげる。

 窓際に準備された椅子に座り、ルカの顔色を伺った。


「疲れました。……精霊の目が珍しいから、じろじろ見られて」


 素直な感想に、アルヴェが笑った。


「魔眼持ち、なんて物珍しいよね」

「魔眼を遮断する眼鏡をかけようかな」

「かけたところで、意味がないよ。むしろルカの魔眼は他人に危害を加えないから、どんどん利用するべきだね」


 アルヴェの言葉に、ルカは目を伏せる。

 分かっているが、納得がいかない。

 その様子を見て、アルヴェが優しく微笑みかける。


「ルカは魔眼持ちっていうのもあるけど、親しみやすい空気だから自然と人が寄ってくるだけだよ」

「そう……かなあ」

「そうそう」


 疑い深く口をへの字に曲げれば、アルヴェは肩をすくめた。

 その軽さに、少しだけ気が抜ける。


「そういえば、カイ先輩とアルヴェ先輩は、先生に怒られてたんですか?」


 ルカの問いに、カイは頬杖をついて、息を吐いた。


「あぁ、セリウス先生に説教を食らった」

「せっかく祝ったのにね」


 アルヴェはセリウスの説教など堪えていないらしい。ヘラヘラと笑い、口元を袖で隠した。


「でも先生も怒るに怒れないみたいで、面白かったよ」

「イシュレイ先生は大絶賛だったもんな」


 アルヴェのくすくすと笑う声が微かに聞こえる。

 確かにルカから見ても、あの魔術は面白かった。

 光、物理法則、音、すべてを1つの球体に小さく詰め込み、相手の意表を付く。

 カイとアルヴェのそれは、悪戯の形をした多重術式制御だった。

 実際のパーティーグッズとしても売れそうだが、コストがかかりそうだなんて頭の隅で思い描く。

 だが、今はそんなことはどうでもよかった。

 ルカは皮肉まじりに、言葉を吐いた。


「でも、おかげで歓迎会に参加出来てないじゃないですか」

「あ~、逃した。セリウス先生の説教、なげぇんだもん」


 カイの態度には、悪びれというものが欠片もない。

 その態度にルカは言葉を飲み込み、黙る。

 黙ったルカを見て、カイは一瞬だけ表情を緩めた。

 ルカの意図を察して、アルヴェは亜麻色の髪をくしゃりと撫でる。


「もしかして、寂しかった?」


 ――図星。ルカは咳払いをし、アルヴェの手から離れる。


「そんなこと、ありません」


 か細い声に、アルヴェの口の橋が意地悪く上がる。


「そ? ならいいけど。でも、ああいう場も社交性を身に付けるひとつの場だからね。ルカもなれていかないと」


 さらっと言われて、ルカは口を尖らせた。

 その時、それまで黙っていたノクスが口を開く。


「最初からわかっていただろう」


 視線はペン先のまま、低い声が部屋に響いた。

 一瞬、部屋の空気が止まる。


「ノクス」


 アルヴェがやんわりと嗜める。

 アルヴェから言わせれば、ルカよりもノクスの対人スキルは壊滅的で、それこそノクスのほうが社交性を身に付けるべきだ。

 ただ、ルカとノクスの大きな違いは、ノクスがそれを必要としていないところにある。

 そこまで割りきれれば、ルカも楽だろうが、世話好きの彼はそれができない。

 ルカは視線を床に落とした。


「……」


 ノクスの言うことは正しい。

 カイやアルヴェがいなければ、楽しめないなど他人に依存しすぎだと、自傷する。

 ノクスの言うことは正論で、だけど胸のどこかが少しだけ痛くなる。

 カイは頭をかきながら、助け船を出す。


「もう少し、言い方があるだろ」

「事実――」


 ノクスの短い返しに、目を細めた。


「そーれーでーも! ルカは楽しみたかったんだろ」


 カイの呆れた笑い声に、ルカはおずおずと顔をあげた。

 ノクスを見れば、ひっきりなしに動いていたペン先が止まっている。

 レポートから目線を外し、ルカの様子を伺う。その顔は少し困ったように眉が下がっていた。

 ――何を言えばいいのか分からない顔。

 結局、言葉にならないまま視線をレポートへと落とす。


(やっぱり、ちょっと苦手だな)


 そう思ったが、ノクスのことを嫌いになれないのも、また事実だった。

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