1-3
大講堂から入学式を終えた生徒たちが、散らばっていく。
アーチ状になっている出口は、我先にと出て行こうとする生徒でごった返していた。
ルカは同級生と肩を並べ、それを遠目で見ていた。
「ふう、疲れた」
長時間、同じ姿勢でいたためか、体の節々が痛い。
ルカは大きく背伸びをし、横にいる同級生――ロイル・テイラーをちらりと見た。
透き通るような青く長い髪を一本にまとめ、背筋をぴしゃりとまっすぐに伸ばしている。
制服のワイシャツは黒――貴族らしい立ち居振る舞いに、ルカは慌てて自分の背筋を正した。
「ロイは、このあとどうするの?」
「うーん、自分の寮に戻る。歓迎会の準備があるからね」
ロイルの返事にルカは肩を下げる。
「ロイの寮に忍び込もうかな。そしたら一緒に歓迎会を楽しめるのに」
「無理だな。うちの寮長はルシアン殿下だぞ」
「ううう」
想像して、諦める。
ルシアンという男は、隙がない、という言葉すら生ぬるい。
抜けの多い自分ではあのルシアンの目を誤魔化せる気がしなかった。
「ちなみに、歓迎会に参加しないという選択肢は?」
「悪いな、今年は一年生が同室に来るんだ」
「いいなぁ」
確かに、自分の部屋に新入生が来るなら、参加しないという選択肢はないだろう。
「ルカも別に自分の寮の歓迎会に参加すればいいじゃないか」
「するよ、する! でも一緒に楽しむ人が欲しかったの」
「同室の先輩たちは?」
「カイ先輩と、アルヴェ先輩はどうだろう。多分参加するけど……」
言い淀む。
「カイ先輩とアルヴェ先輩は仲が良すぎて、間に入りづらいんだよねぇ」
「ああ、ね」
ルカの言葉に納得したロイルは、頬を掻いた。
あの二人は悪友として名高い。
「もう一人、先輩が居ただろう」
「ノクス先輩は、参加しないよ。あと、ちょっと僕は信用されてない気がするんだよね」
「ルカが?」
ロイルからすれば、無害が服を着て歩いているというのがルカに対する評価だ。
大抵面倒見が良く、世話焼きで、裏表のない彼が、何をしたら信用されないのか。
ロイルは興味を示し、ルカの顔をのぞき込んだ。
「何がどうしたら、同室の先輩から信用されてないのか詳しく」
ルカはロイルの顔を押しやる。
「何がどうとか無いよ。僕だけ、たまに冷たいというか距離を置かれるんだよね」
「ルカを嫌うなんて珍しい人だね」
ロイルの言葉にルカはため息をついた。
「ノクス先輩は何考えてるか分からないから、僕が変に緊張しているだけかも」
「それって疲れないか?」
「たまに疲れる……」
ロイルが小さく笑う。
きっとお人好しの彼の事だ。怖いと思いつつ、世話を焼こうとしているのが目に浮かぶ。
「まあ、疲れたら私にまた愚痴ればいいよ」
「ありがと」
短く感謝を述べ、ルカは人気の引いた出口に足を伸ばした。
「そろそろ行こう。寮に戻るんでしょう?」
「ああ、そうだな」
ロイルが足を一歩踏み出したその瞬間、すっと何か頭上に気配を感じた。
その違和感に、ルカとロイルは天井を見上げる。
アストリヴィア学院の建物は、そこそこ歴史のある建造物だ。
高く作られた天井にはめられたステンドグラス。そこには太陽や月、星といった各寮のシンボルが描かれている。
それらが陽光を受け、鮮やかな光彩を床へ落とす様は、見慣れたルカですら息を飲むほどに美しい。
「ロイ、今なにか――?」
違和感の正体がつかめず、ルカはあたりを見渡す。
それはロイルも同じようで、二人はキョロキョロと頭を振った。
「ん? あれッ」
ルカの視界に、キラッと光が刺さる。
白く輝く小さな何かを、ルカは指さした。
「え?」
ロイルはぽかんと口を開け、天井を見上げた。
小さな何かは、まっすぐに一人の人物へと落下していく。
ロイルが声を上げたのと同時に、パンッと小さな何かが破裂した。
「うお?!」
「うわっ」
大講堂に残ったままの生徒たちの視線。それらが一斉に1つに集中する。
漆を流したような長い黒髪の男が、自分の頭上でなった音に驚いて、無言のまま目を見開いていた。
「せんせっ――」
一人の生徒が声を上げる。先生と呼ばれたセリウス・クロフォードは鋭い眼差しで、瞬時に杖を取り出すとまっすぐに自分の頭上へ向ける。
それは、本当に一瞬の出来事だった。
ビー玉ほどの何かが弾け、防護壁を展開するセリウスに紙吹雪が降り注ぐ。
「は?」
その場にいる誰もが、何一つ理解出来なかった。
それはセリウスも同様で、鋭い眼光がさらに鋭くなっていく。
ラッパのファンファーレ――。
少し間抜けな音が大講堂に響き渡り、大きな垂れ幕がばさり……。
『セリウス・クロフォード 35歳(独身) お誕生日おめでとう』
ぱちくりと、生徒たちは瞬きをした。
ギラギラの銀テープ、色とりどりの原色カラーの紙吹雪、白い垂れ幕の文字。
あほらしいほどの演出が、この学院で一番厳格な先生に降り注ぐ。
横にいた、同じく教師のイシュレイ・グレンは首をかしげ、セリウスの顔をのぞき込んだ。
「セリウス先生?」
「……」
無言。電池が切れかけたような間抜けなラッパ音だけが、無情にも響く。
ぴきっと青筋を浮かべたセリウスは、ゆっくりとイシュレイに顔を向けた。
「生徒に慕われていますね」
空気が読めないのか、読まないのか。イシュレイが微笑む。
のほほんとイシュレイが言えば、その青筋がさらに深くなった。
「慕われている? お前の目は節穴か?」
セリウスは杖を下げ、腕を組む。
新入生を祝った直後、学院のほぼ全員がいるこの場で、自分の誕生日を祝われる。
しかもわざわざ入れられた『独身』の文字。これには悪意を感じざるを得ない。
紙吹雪が、肩や頭に積もっていく。
セリウスは眉間を押さえ、大きく深呼吸をした。
「わぁ、見て。羽根も入っているよ。豪華だねえ」
「他に言うことはないのか!」
イシュレイの馬鹿らしい発言に、セリウスは思わず声を荒げる。
ゆらっと垂れ幕の輪郭がぼやけ、消えていく。
ビー玉ほどの宝石に込められた魔術――音・光・物理法則、高等技術の固まりにイシュレイは素直に感心していた。
音響魔術でファンファーレを先行認識させ、注意を一点に集めた上で、視覚干渉の紙吹雪を展開する。
さらに空間座標に固定された微細な転送式で垂れ幕を展開し、物理法則の再現まで一切破綻がない。
複数の術式が独立しながらも同時に発動し、しかも互いに干渉しないよう緻密に組まれている。
それはつまり、ただの「悪戯」ではなく――
「高等儀式級の多重術式制御だな」
セリウスは眉をひそめたまま呟く。
「こんな高等技術を、セリウスの目をかいくぐって成功させるなんて凄いね」
「ああ、この学院に何人居るか。で、心当たりはあるんだろう」
「ん~? 名前が書いて無かったからなあ。書いてたらボーナス点をあげたいくらいだよ」
妙にかみ合わない会話。
セリウスはズキズキと痛むこめかみに指を当てる。
「……お前のミラルナージュ寮にいる、誰か二人が頭に浮かぶのだが」
「えぇ? そうなの? そうかなあ」
はぐらかすように、イシュレイが笑う。
「まぁ祝われてるなら悪い気はしないでしょう」
「わざわざ年齢と独身という文字が必要だったか、そこに悪意は感じないか?」
「事実だし、ケーキに年齢分のろうそくを刺すようなものでしょう」
「……」
ピキリ。
大講堂の空気が1つ下がる。
セリウスは未だ自分の肩に残ったままの紙吹雪を払う。
「この場に居る者たちは今見た物を忘れるように」
低い声が響く。
「それから、カイ……アルヴェ……。この二人を見かけた者は、即刻通報せよ」
冷たい地を這うようなセリウスの言葉に、生徒全員が息を飲む。
ロイルがそっと目線を横にすると、笑顔のまま青ざめているルカがいた。




