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1-2

 ルカの朝は忙しい。

 癖っ毛を何とか整えて、着替えを済ませる。

 部屋のカーテンを開けて、陽の光を入れるが、先輩たちの起きる気配はない。


 次は各自のベッドの天蓋から吊るされたカーテンを開ける。

 天蓋からのカーテンは特別製で、閉めてしまえば光を通さず、音も漏れない。魔法学院らしいカーテンだ。

 自分だけのスペースを確保できる優れものだが、今のルカには邪魔でしかない。


 まずはノクス。常にカーテンには少し隙間が空いている。

 一瞬、昨日の出来事が頭をよぎったが、そんなことを気にしていても仕方が無いと、不安を心の隅に追いやった。

 ノクスのカーテンに手をかけ、一気に開ける。

 

「朝ですよー!」

 

 覗き込めば「うっ……」とぐぐもった声が聞こえた。

 ノクスはルカとともに入ってきた朝日に顔を歪める。漆黒の髪は寝癖でボサボサだ。

 ルカの問いかけに少しの反応を見せ、体を起こすと前髪をかき上げる。

 深緑の瞳は定まらず、ぼーっと空を見ていた。

 

「おはようございます」


 鈴のようなルカの声、ノクスの耳がピクリと動いた。


「あぁ」


 ここで、素直に「おはよう」と返事をしないのが彼らしい。

 ノクスはルカを見て、瞬きを数回。大きな欠伸をしながら、ルカの横をすり抜け、窓際のテーブルにどかりと座り、目を閉じた。

 ルカはそれを見て肩を下げる。


「珈琲でも入れましょうか」


 余計なお世話だろうと思いつつ声をかけると、ノクスの口がむぐむぐと動いた。

 喋りたいのに眠気が邪魔をしている。

 目を閉じたままのノクスに苦笑しつつ、ルカはガラス球に水を注いだ。

 気の利く赤く小さな精霊が、アルコールランプに火を付ける。

 ゆっくりとした時間――会話はない。

 丸いガラス球の中でお湯がぶくぶくと踊り、黒い珈琲が細い管を上っていく。

 ルカは、その行程を見るのが好きだった。


「ふああ、おはよ」


 匂いに誘われ、カイがベッドから顔を出す。

 カーテンを自分で開けると、背伸びをし、窓際の二人に声をかける。


「おはようございます、カイ先輩」


 寝起きの良いカイは、大抵自分で起きる。

 カイは、ルカの入れている珈琲を見ると、マグカップを準備し始めた。


「あっ、ありがとうございます」

「俺も飲みたい」

「ふふっ、ちゃんとカイ先輩の分もありますよ」


 ルカは固く閉じられたアルヴェのカーテンをじっと見つめた。

 後はアルヴェが起きればいいのだが、彼はどうにも寝起きが悪い――というか起きない。

 酷いときはカーテンに魔法がかけられ、誰も開けられないようにしている。

 寝坊をしたところは見たことがないが、いつも朝食は抜きで時間ギリギリに起きてくる。

 どうしようかと迷っていると、それを察したのかカイが口を開いた。


「今日はどうせ、授業はないんだしほっとけよ」

「入学式と、寮の歓迎会ですもんね」

「ああ、歓迎会までには起きるだろうよ」


 カイとアルヴェは同じ学年で、付き合いも長い。よく一緒にいるカイが言うのだからと、ルカは納得した。

 出来たての珈琲をマグカップに注ぎ分ける。カイは角砂糖を2つ入れると、カップに口を付けた。

 それを見てから、ルカもカップに口を付ける。


「あちち」

「気をつけろよ」


 カイが笑った。

 ルカは唇を指の腹で押さえる。

 すると、ぱちりとノクスの目が開いて、大きな手がぬっとルカの唇をつまんだ。


「大丈夫か」

「ふぇんふぁい!」


 突然の出来事にルカは目を白黒させ、慌ててカップをテーブルに置いた。


「おいおい、何してんだよ」


 呆れたカイの声。ノクスは指でつまんだルカの唇をじっと見てから、離す。


「ん」

「あのなぁ、ルカが怖がってんだろ」


 カイは頬杖をつきながら、ノクスに説教をたれる。

 それをどう思ったのか、ノクスは口をつぐんだ。


「こーら、黙るなよ」

「火傷してないか、見ただけだ」

「たかが、珈琲くらい。大丈夫だっつーの」


 カイとノクスの遣り取りに挟まれ、ルカは両手で口を押さえる。

 まだ、ノクスに触れられた部分がじんじんと熱い。

 ルカは気まずそうにノクスから目をそらすと、ふぅとため息をついた。


「先輩、ご心配をおかけしました」

「ああ」


 定型文のようなルカの言葉に、ノクスは短く返す。

 カイは目を細め、今度はルカをとがめ始めた。


「あー、もう! ルカもノクスを甘やかすな」

「甘やかすなんて……」

「素直に、びっくりしたからやめろって言えばいいだろ」

「う……」


 それが言えれば苦労はしない。

 ルカは苦し紛れに、自分のカップに手を伸ばす。

 どうにもノクスとの遣り取りは緊張してしまう。

 誤魔化すように、今度はゆっくりと珈琲に口を付ければ、ノクスの目線を感じ、固まってしまった。


「ノクス、じっと見てやるな」


 カイが頭を抱える。

 ここまで来ると珈琲の味など分からない。さっさと流し込みたいが、珈琲の熱さがそれを許さない。


「見られると、飲みにくいです」


 一言、振り絞って言えば、ノクスはゆっくりとルカから目を外し、自分の珈琲を飲み始める。


「そういや、レポートは終わったのか?」


 空気を切り替えるように、カイがノクスに話を振ると、ノクスはむうっと眉を下げた。


「まだだ」

「大変そうだな。四年生の新学期最初のレポート」

「来年はカイとアルヴェが頑張る番だぞ」


 ノクスの言葉にうげっとカイは舌を出す。

 ルカにとってはまだ先の話だが、このレポート提出は進路に関係するらしい。

 ノクスは研究職に就きたいようで、いつも膨大な量の本や紙とにらめっこしている。


「エネルギー学の勉強でしたっけ」

「ん」


 どうにもこの無愛想な男は、専門学者が一目置くほどの秀才で、緻密な計算を必要とする分野においてはこの学院で右に出る者はいない。

 ノクスのベッドの端に積み上げられた紙の束は、人によっては何億の金を出してでも欲しいものが詰まっているとか。

 実験には多額の金が必要な為、通常なら出資者を募るのが定石。

 例えばこれがアルヴェなら笑顔を振りまいて、資金を上限ギリギリまで絞り出させる。

 だが、ノクスにそんな芸当は無理に等しい。なぜならルカでさえ対応に躊躇するほど、社交性が無いのだから。

 研究没頭にリソースを割きすぎてしまった哀れな男と揶揄したのは、アルヴェだったか。

 ルカは思い出して、小さく笑いをかみ殺した。


「提出は明日だったか。今日中には終わらせる」

「歓迎会はどうするんだよ」


 カイがツッコむと、ノクスは悪びれもせず首を横に振った。


「俺たちの部屋に新入生はいない。無駄だ」

「無駄って……」


 カイは呆れて開いた口が塞がらない。


「四年生は、歓迎会の参加率が低い」

「そう言うなら参加率を下げるな。参加しろよ!」

「考えておく」


 これ以上、会話を続けても無駄だと察したのか、カイは口を閉じ珈琲を飲み干す。

 ルカは「ははは」と乾いた笑いをこぼした。


「……るさい」


 ぽつりと声が聞こえ、三人は一斉にアルヴェのベッドを見る。

 隙間から白い手だけが様子をうかがっていた。


「やっと起きたか」

「おはようございます。アルヴェ先輩」


 カイとルカの明るい声に答え、アルヴェは一気にカーテンを開ける。

 目元を手で擦りながら、再度ベッドに沈んだ。

 寝起きというのも相まって、白い肌と繊細な輪郭が、いつもより彼をひどく頼りなく見せる。


「眠い」


 起きる気があるのか、無いのか。


「珈琲飲みますか?」

「んー、いい」


 目を閉じて、夢の中に誘われそうになっていくアルヴェ。

 ルカの誘いは簡単に断られてしまう。

 カイはやれやれと、小さく頭を振った。


「で、アルヴェ。出来たのか?」


 何をとは言わない。その言葉にピンとこないルカとノクスは、首をかしげる。

 だが、アルヴェは起き上がり、にやりと笑った。


「うん、勿論。俺を誰だと思ってんの」

「ジョーデキ」


 カイとアルヴェが互いに顔を見合わせて笑う。これは碌でもないことを考えている時の顔だ。

 願わくば、平和に一日が終わりますように。不安が滲む朝は、ゆっくりと過ぎていった。

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