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1-1 僕はこの人に嫌われている

 アストリヴィア学院の空に、複数のカボチャの馬車が舞っている。

 それは新入生が来たと知らせる恒例の景色。新入生は自作のカボチャの馬車で学院までやって来る――魔術の入門課題だ。

 学院に到着した馬車は精霊たちの捧げ物としての役割があり、微精霊たちが分解していく。

 数名の学生たちが、馬車を見守る。

 一人の小柄な少年は亜麻色の髪を風に揺らし、青空を見上げ目を輝かせた。

 秋空はどこまでも高く、眩しさに目を細める。空に手を伸ばし、光を遮った。


「うわぁ、あの馬車……精霊たちが喜びそうだな」


 亜麻色の髪を持つ少年ルカ・フィオルは、自分が初めて学院に来た日を思い出す。


 田舎生まれ田舎育ちのルカは、畑仕事をすれば自然と小さな精霊たちが手伝ってくれる。精霊に好かれやすい、黄金に光る魔眼の持ち主だ。

 その特性から村中の人に「将来は精霊使い様だねぇ」なんて煽てられた結果、この学院に来ることとなったのだ。

 それまで魔術に触れてこなかった為、村長の家にあった本を借りて、なんとか馬車を作り上げる。


「よう勉強してくるんだよぉ」

「ありがとうー! 僕、頑張ってくるね!」


 自分の畑で作った馬車がガタガタと揺れ、空を駆ける。

 見届ける家族や村人から歓声が上がった。

 その歓声がどこか他人事のようで擽ったい。反面、まだ幼さの残るルカは家族のもとを離れる事に少し寂しさを覚えた。

 なぜなら、今から自分が通う学院は、男子校・四年制・全寮制。家に帰る機会も少ないだろうことは予想出来た。

 それでも、村人たちに手を振りながら元気に旅立てたのは良かった。

 期待に胸を躍らせて、到着したその瞬間――丹精込めた渾身の一作は到着と同時に微精霊に群がられ、一瞬で跡形もなく消えてしまった。

 残されたのは、受け身も取れずに転がる自分と、祖父の時代からの使い古されたカバンが1つ。

 入門課題である馬車は本来、生徒の実力や特性を見る目的もある為、学校始まって以来の天才が現れたのではと話題になるのは避けようもなかった。

 好奇の目に晒されて、手で顔を覆うことしかできない。

 あの時ほどはずかしかった思い出もあるまい。

 凡庸な少年は、この出来事のせいで苦労した。

 まあ、それも今ではいい思い出である。


「ルカ、こんな所にいたのか」


 振り向くと同室の先輩カイ・フォスターがこちらに歩いてくる。赤毛が陽の光に当たり、キラキラと輝いていつも以上に赤く鮮やかに見えた。

 ルカは軽く会釈をし、周りを見渡す。


「アルヴェ先輩は?」


 いつも一緒にいるアルヴェ・メルトリアが見当たらない。

 カイは顎をしゃくり、向こうを見るよう促した。


「仕事」


 一言、短く伝える。その言葉の節々に不満が漏れている。

 カイの示した方向を見れば、ひときわ豪華な馬車が空に浮かんでいた。


「わぁ、すごい」


 思わず感嘆の声がルカの口から漏れた。

 外装は白く塗られ、細やかな金の装飾がされている。

 馬車は地面にふわりと舞い降り、扉がゆっくりと開かれる。

 一目で貴族の物だと分かるそれから、白銀の髪の少年が降りてきた。

 アストリヴィア学院ではワイシャツの色でその人の地位がわかるようになっている。

 一般生徒は白、貴族は黒、王族は黒シャツの襟元に小さく金の刺繍が施してある。

 この距離からでは自分たちとは違う黒いシャツを着ていることしか確認が出来ない。


「ほら、来たぞ」


 その少年を、ローブを風になびかせながら三人の男が迎える。

 一人は、この国の第一王子ルシアン・ヴァルグレイド――たった今、馬車から降りた少年と同じ白銀の髪。

 そして、もう一人は薄紫の髪と、闇に沈むような暗紫の髪……ルシアンの従者たちだ。

 深紫の髪の少年は、ルカもよく知る人物――アルヴェ。

 遠目に見ても分かる、シャープな顔立ち――中性的な美貌、と言うべきなのだろう。鋭さよりも儚さが先に立つ。

 普段、ルカたちと一緒に居るときは、年相応の立ち居振る舞いをする彼は、王子の横で凛とした姿で立っている。

 カイが「仕事」と何故言ったのか、新入生の子を迎えに行ったという意味だろう事をルカは漸く理解した。


「そういえば、今年でしたっけ? 第二王子が来るの」

「そうそう」

「わぁ、どこの寮になるんだろ」

「どうせルシアン王子と同じ、ヘリオクロノだろ」


 三寮あるうちの1つ、ルシアンが寮長を務める寮は自分たちとは違う。

 ルカは目を細め、精霊の動きを観察する。

 第二王子の馬車に付く精霊たちを見る限り、確かに自分たちとは違いそうだとルカは感心する。

 まだ幼い王子が、自分の兄を見てはしゃいでいるのが、見えた。

 

「自分たちの寮、どんな子が来るんだろう」


 ルカはまだ空に浮かぶ無数の馬車を見上げる。

 やっと二年生になり、初めて出来る後輩に胸を躍らせる。


「さあな。少なくとも俺たちの部屋は、もう四人で満杯だ」

「ぶぅ! 分かってますよう」


 カイに水を差され、ルカは口の端をとがらせた。

 それをみてカイが「ククク」と喉の奥をならす。


 ――刹那、黄色の花びらが一斉に空に舞う。


「わぁ?!」


 美しく幻想的な景色に、ルカは目を見開いて驚くと、カイの方を見た。


「これって?」


 カイも驚いた表情をしたものの、それは一瞬だけ――。


「アイツだな」


 カイの口元がニッと弧を描く。

 カイの目線をたどれば、アルヴェが後ろ手に杖を持っているのが見えた。

 その杖の先が、誰にも見えないように緩く動いている。


「アルヴェ先輩が?」


 驚きを隠せない。

 新入生を歓迎するように舞い散る花びらは、キラキラと輝き、消えて行く。

 こんな広域に幻想の魔術を仕掛けるなんて。ルカは感心した。


「戻ろうぜ」


 カイは満足したのか、飽きたのか、ローブを翻し寮へと歩いて行く。

 カイに声をかけられ、ルカは慌ててその後を追った。



 

 部屋に戻ると、待ち構えていたのは――、部屋に散らばる服、書類、インクの空瓶。

 その状況にルカは思わず悲鳴を上げた。


「もう! こんなに散らかして!」


 部屋の入り口で立ったままのルカは拳を振るわせる。

 カイはやれやれと手を上げると、散らかった部屋を気にするそぶりもなく、そそくさと自分のベッドへ腰掛けた。

 朝、部屋を出たときは確実に綺麗だったのに。

 たった数時間でこれなのは、どうなのか。ルカは頭を抱え、一つ一つ拾って見る。

 アルヴェやカイのものにしては大きすぎる服、白いシャツの袖はボロボロでインクが滲んでいる。

 となると、この部屋一番の大男の物となる。


「ノクス先輩! ノクス先輩ッ!」


 ツカツカと詰め寄り、拾った服や紙をずいっと目の前に差し出した。ベッドで寛いでいたノクス・グラベルは差し出された白いワイシャツをチラリと見た。


「シワクチャになっちゃいますよ!」

「ん」


 ぷくりと頬を膨らませ、いかにも怒ってますと態度に出すが、ノクスは小さな返事をしただけ。

 ベッドの下には実験資料が山なりに積まれ、彼の両手にはインクと羊皮紙。目の前のことに没頭していたのは明白だ。

 

「ベッドで書き物をしたらインクが溢れちゃいます」


 慣れた手つきで服を畳む。

 ノクスはチラリとルカの横顔を見た。

 小柄なルカは、その顔に幼さが残っている。

 しかし、行動がどう見ても世話を焼く母親のようで、ルカはよくこの件で弄られていた。


「……」


 ルカの行動に、ノクスは無言で肩を下ろす。誰の耳にも届かないため息――、それからぼそりと口を開いた。


「参ったな」


 ボソリと呟いた。低く小さな声は、誰にも拾われない。

 ノクスは自分の唇を指でなぞる。

 一番近いルカは片付けることに夢中だ。

 ムッと顔を上げ、ノクスを睨んだ。


「何か言いました?」

 

 言いながら、紙の束を拾い上げる。

 ノクスは指で頬をかいた。


「なんでもない。ソレ、捨てておいて」


 ノクスは目線をルカから書類へと戻す。

 ルカは自分の手の中にある書類を、じっと眺めた。

 紙束は文字が書きなぐられ、何と書いているのか分からない。書き損じたのか、メモに使ったのか、ルカには判断がつかないが必要が無いのは確かだった。


「もうっ、じゃあベッドの下の書類は捨てますよ」


 文句を言いつつ世話を焼いてしまう。

 ノクスからの返事はない。既に彼の鋭い目線は紙へと向かっている。大事な資料なのだろう。


「提出が近いんだ。悪いな」


 短く言われ、ルカは肩を落とす。

 いいように使われているのはわかっているが、世話を焼かずにはいられない。


「終わったら、教えてください。珈琲くらい淹れますよ」


 言いながら、落ちていた石を拾おうとした時、ノクスに突然腕を掴まれた。


「駄目」

「え?」


 ――一瞬、固まる。

 ルカの視界に大きな影が落ちる。

 パッと顔を上げれば、ノクスの瞳がすぐ側にある。

 ルカの腕は、ノクスの大きな手に掴まれて、ピクリとも動かない。

 ルカはヒュッと息を止めた。

 

「ルカはそれに触れたら駄目」


 それだけ言うと、ノクスは石を拾い木箱へしまう。


「大事な物なら……」

「違うよ。でもルカは駄目」


 突然の拒絶にルカの肩がびくりと震えた。だが、ノクスは気にするそぶりを見せない。

 ルカはぎゅっと口を結ぶ。無理矢理、ノクスから目線を外した。

 ノクスはルカの腕を解放すると、目線を文字へと戻す。

 ルカの胸の奥がジクリと痛んだ。


(――信用されてないのかな)


 ノクスは何事もなかったかのように、文字を目で追う。

 掴まれていた腕が、遅れて熱を持つ。

 振り払われた訳でもないのに、そこだけ妙に残っている。


(――――僕はきっと)


 詰まっていた息を、ふっと吐き出す。

 吐露しそうな思いを飲み込んで、胸を抑える。


 (この人に嫌われている)

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