2ー12
カイからのメッセージに目を通すアルヴェ。
(8……)
数字が1つ、だがそれで十分だ。
自然と口角が上がる。
カイと同じく装備に選んだエコーネコヘッドフォンから、ミザールの位置を探る。
同じ建物内、入り口の付近に微かに聞こえる足音。
カイのように相手の体力ゲージを確認する術はないが、理論値ならば相手の体力を削りきれる。
(そのためには――)
アルヴェはそっと首の装備を手でさすった。
白い首に、光沢のある黒い首輪がはめられている。
あとは条件を満たす状況を作るだけ。
窓際からゆっくりと離れた。
「プラズマ――ライン!」
放たれた電撃は、レーザーとなり壁に跳弾する。
跳弾の回数制限はあるものの、その特性を生かすなら建物の中で戦う事が必須だった。
視界の外からミザールを襲う。
「……ディスプレイスメント」
レーザーが届くよりも先に、ミザールがスキルを使う声が聞こえた。
ヴヴヴ、とノイズ音が耳に届き、脳天を貫くはずだったレーザーの音が消える。
(――座標ズレ)
アルヴェはあらかじめ、双子の使うスキルについては情報を集めていた。
過去の試合映像を確認、また実際に戦ったプレイヤーの話からも、プレイスタイルを割り出す。
たまに使うスキルを変更することがあるので、出来るだけ最近の話をかき集めたが、だいたいはアルヴェの予想通り。
(相性が悪いな)
ディスプレイスメントは、相手に自分の位置を誤認させるスキルだ。距離があればあるほど、その誤差は大きくなる。
ならばこちらから出向くしか無い。
どのみちレーザーの残光で自分の居場所は、バレている。
物陰から飛び出し、廃墟のような廊下を走った。
「プラズマ……ラインッ!」
足音は自分へと近づいてきている。だが、正確な位置が把握できない。
アルヴェは予測を立てて、攻撃を撃ち込む。
ピタリと足音が止んだ。
(止まった?)
だが、アルヴェの攻撃が当たった音がしない。
アルヴェは走るのを止め、そろりと相手の様子を伺った。
乱れることのない呼吸音。
(あの部屋だ)
建物の中央で一人で立つミザール。不気味なほどの静かさに、アルヴェは息を飲む。
カチカチとネオンが瞬き、幼さの残る輪郭をぼやけさせた。
壁越しに身を潜めたまま、狙いを定める。
ここからなら、2バウンドもあれば当たる――それは誤差が無ければの話。
(効果時間は4分と言ったところか?)
ならば、相手のスキル効果が切れるのを待つか。
だが、ミザールが何も仕掛けてこないのが、怪しい。
アルヴェは覚悟を決め、部屋に乗り込んだ。
「プラズマライン!」
一直線にミザールを狙う。
だが、放たれたレーザーはミザールの脳天を突き抜け、壁に当たる。
「無駄だよ」
ミザールは一歩、アルヴェへと歩み寄る。
跳ね返るレーザーはミザールの肩を、足を突き抜け消滅――。
完全に動きを読まれている。
「面白いね、アルヴェは。座標ズレの範囲を探っているんでしょう?」
眉1つ動かさないミザール。
「でも、だったら、もっとミザールの近くに来なきゃ」
ミザールはパチンと指を鳴らした。
「リーサルスレッショルド」
青白い亡霊のエフェクトとともに、大きな鎌がミザールの手に握られる。
アルヴェはざわりと鳥肌が立つのがわかった。
「いくよ……」
ミザールが駆け出す。
それを見て、瞬時に部屋を飛び出した。
「ッチ」
舌打ちが漏れる。
ミザールの使ったスキル、あれは即効性はないものの、最上級に厄介な攻撃技だ。
あの鎌に当たれば、どんなに体力があろうとも一気に1まで減らす、ミザール専用スキル。
ただしデメリットもある。鎌が消えてから5分間、他のスキルは使用不可。
(今は逃げるしかない——)
逃げ切ってスキル効果が消えれば、こちらから攻撃を仕掛ければ良い。
だが。
「足、遅い」
装備で底上げされたミザールの身体性能は、アルヴェを軽く凌駕する。
空中に飛び出し、脳天へと鎌を振り下ろす。
だが、アルヴェは寸でのところで体を捻り大きく跳ねた。
ミザールの視界に、ゆらりと猫の尻尾のように揺れるコードが目に入る。
「ああ、フェルスピードテイル――、対策済みってこと? でも、まだ遅い!」
「――ッ!」
鎌が空気を切り裂く。
銀色の刃が視界に迫る。
「ユピテルサンダー!」
咄嗟に電撃を撃ち込む。
雷撃がミザールの肩をかすめ、半歩ほど体が下がったが気にとめる様子はない。
アルヴェはガチリと歯を鳴らし、足で大きく床を蹴った。
翻る服の裾――、先ほど自分がいたところに突き刺さる刃が視界の端に映る。
重力設定を無視して、天井を、壁を、蹴って走る。
緊迫した空気に、ピロンと音が鳴り、メッセージのポップアップが表示される。
(2……!)
カイからのメッセージ。
アルヴェはドアを蹴り上げ、大きなフロアに躍り出た。
「逃がさないよ」
先ほどまでとは違う、全面ガラス張りの最上階室。
どこよりも高い棟からは、ネオンに輝く街と、模造品の夜空が輝く。
息を整え、口元を拭う。
夢の中といえど、身体能力は元の人間を基準にしている。
これ以上、魔術での身体能力強化なしには逃げ切れない。
目の前に、ミザールが迫る。逃げ場はもうない。
「――捕まえた」
ミザールの鎌が、アルヴェの体を切り裂く。
散っていくのは鮮血ではなく、赤い花弁のエフェクト――。
斬られた胸が、体温を失ったように冷たい。
満タンだった体力ゲージが、一気に赤く染まる。
鎌は霧になり消えていく。
ミザールの歪んだ笑顔、――これから5分以内にミザールの体力を削らなければ、あるいはアルコルがこの場に参戦する前に――。
だが、プラズマラインとユピテルサンダーでは、今のミザールの体力を削りきれない。
――ピロン。アルヴェの耳にだけ届く電子音。
その音を皮切りに、アルヴェは踏み出した。
役目を果たし消えゆく鎌をすり抜け、油断しきったミザールへ、今度はこちらから迫る。
「は――?」
手を伸ばし、無防備な相手の顔を掴む。
ミザールは大きく目を見開く。
触れるほどの近距離でなければ、使えないスキル。確かに威力は高い。
だが、まだ足りない。この体力ゲージを削り切るなど、余程条件が揃わなければ。
大丈夫……と慢心したその時、キラリと光が目を射した。
ミザールの視界の端には微かに光る首輪――、防御力を下げる代わりに体力ゲージ依存で攻撃力が上がる。
背筋がぞくりとした。今、アルヴェの体力は1なのだ。
ひたりと額が合わされた。
「――ボルテッカーバースト」
落雷――。
「あ……ぐ……、は――」
はくはくと声にならない声を出し、ミザールの体が力なく倒れていく。
アルヴェのセットした攻撃スキルは3つ。
防御や回避のスキルを捨てて、ただ一撃、超至近距離からの攻撃に全力を注いでいたのだ。
ボルテッカーバースト以外の攻撃スキルは誘導にすぎない。
アルヴェの体はスキルの反動で大きく跳ね、窓ガラスを割り、外に投げ出されてしまう。
「クソ……」
悪態を漏らしたのはミザール。体力ゲージは0。
アルヴェの体力ゲージは1。どう足掻いても、落下ダメージで死んでしまう。
ミザールは消えゆく直前、画面に手を伸ばしアルコルへ最後のメッセージを送った。
――、カイとアルコルのタイマンは互いに引けを取らないものとなっていた。
速度減少で足止め、確実に炎の槍を撃ち込むカイ。
「キャハハ!」
アルコルの甲高い笑い声が響き渡る。
「るせぇ!」
アルコルの体力ゲージを確認する。
粘り強く齧り付いてくるカイを、アルコルは嘲笑う。
「ほらほら、もっと頑張らないと……、アルヴェに良いとこ見せられないよ?」
使っているスキル性能もさることながら、アルコルのゲームセンスは抜群だった。
指先をカイに向け構える。
「クリムゾンファントムアローぉ!」
真っ赤なハートのエフェクトが弾ける。現れたのはハートとは不釣り合いなほど鋭く大きな矢が閃光を散らし、カイの心臓目掛けて襲ってくる。
一撃、二撃を避けて、三撃目――、大きく仰反るが矢はカイの動きに合わせて自動追跡してきた。
瞬時の判断――、カイはわざと攻撃を受ける。
「?!」
スキルを使えば避けられた筈のそれが、カイの胸で赤く散る。
アルコルの第六感が騒ついた。
「ブレイズ……スピア!」
赤黒い槍が、轟音を立ててアルコルの足に刺さる。
アルコルは焼けるような痛みに眉を潜ませ、それでもゲームの興奮から口元は笑っていた。
「うっし! あと一割」
カイが一本の指を立てる。何か、メッセージを送っている動作。
アルコルは、その意味がわからずに首を傾げたが、すぐに自分の体力ゲージのことを指しているのだと気がついた。
「やるじゃん」
赤く染まった体力。ピタリと動きを止めて画面を見るアルコル。
「やだ、ミザールからメッセージだ」
内容を確認。笑みが深まる。
「あっちは相打ちだって」
ならば互いに勝敗の手は委ねられた。
ブレイズスピアに、アルコルの一割を削り切る威力はない。
犬歯が見えるほどの笑みを浮かべ、アルコルはスキルを放った。
「スワンプバインド……」
「なッ……んだ?」
カイの足元から無数の黒い手が這い寄る。
足首を、脛を、膝を掴み、沼へと引きずり込むそれにカイは必死で抵抗した。
「さあ、カイ――、ラストダンスだ」
ネオンの光に照らされ、くるりと回る。
浮かび上がるは無数の弾幕が、美しく華やかに踊り咲く。
「スペクター……ワルツ」
「ッ!」
動けないカイに容赦なく弾幕が降り注ぐ。
「ッ……ポイズンフィールド!」
最後に放ったカイのスキルは、アルコルの足元に毒の沼を作るものの、即死には至らない。
アルコルには避ける意味すらない攻撃。
止まない弾幕に、カイの体力ゲージはあっという間に削られた。
カイとアルコルでは、あと一歩、いや、あと半歩足りない——。
「ふはッ! あはは! すごい、ここまでアルコルを追い詰めるなんて! 君は最高のプレイヤーだよ!」
カイの体が泡になって消えていく。
高揚感からアルコルは頬を染め上げ、天を仰いだ。
うっとりと自分の体力ゲージを見つめる。
赤く染まったそれを見るのは、初めてだ。
最後に仕掛けられた毒のステータス異常がジワジワとゲージを減らす。
「……?」
ステータス異常が止まらない。
いつまで経っても鳴らない勝利のファンファーレに、アルコルは瞬きをした。
「バグ?」
そんな筈はない。自分は確かにカイを倒した。
訝しげに画面を探る。
ミザールからのメッセージは『相打ち、落下死』のみ。
相方がそれを見間違うはずがない。
「何? なんなの? 何で終わんないんだよ!」
毒の効果時間は二十秒――一割の体力ゲージを減らすには十分だ。
ジワジワと減るゲージに焦るアルコル。
「まさか――」
アルコルは一番高い建物を見上げ、怒りから震え上がる。
「ありえない——!」
気がついたが、遅すぎる。ここから、アルヴェの体力を削り切る方法など持ち合わせていない。
それでも駆け出した。というより、考えるより先に、体が動いたのだ。
負ける訳にはいかない。ゲームマスターは最強でなければ。
しかし、無常にも体力は0となり、アルコルの叫び声が木霊した。
『ジャンピング』
『ジャンピング』
『ジャンピング』
『ジャンピング』
『ジャンピング』
空中でエモーションを連打するアルヴェ。
わずかに落下速度が鈍るだけで、浮き上がることはない。
地面についた時点で、落下ダメージは免れないが、時間稼ぎは出来る。
未読のままにしたカイからのメッセージ――、多分書かれているのは1という数字だけ。
スキル画面でひたすらに連打を続けていると、花火が打ち上がり勝利のエフェクトが頭上に広がる。
ネオン煌く街並みに似合わない、なんなら煩い。
「あー、だる……」
そのエフェクトを確認してから、アルヴェは指を止め、間も無く地面に叩きつけられる衝撃が体を貫いた。




