2ー11
――世界が切り替わる。
二人の意識は低い建物が並ぶ昼間の街並みから切り替わり、高い建物が立ち並ぶ夜の世界が訪れた。
ガラス張りの外壁には、淡い光の文字が浮かんでは消える。
ぽつりとアルヴェは呟いた。
「近未来都市――」
仮想空間の中はミザールとアルコルの考えた世界で構成されている。
現実世界とはかけ離れた設定で組み立てられた世界に、アルヴェは思考を一瞬停止させた。
夢魔たちの作るマップはいくつかの種類に分類される。
しかし、共通するのは建物の背が高く、人工物で囲まれているという点。
「カイ、マップ覚えられそう?」
どの建物も黒く、鏡のように周囲を反射する。
アルヴェの問いかけに、カイは周りを見渡してから、目を細めた。
「大体の自分の位置なら」
「充分……」
自分の立ち位置を見失い、迷子になろうものなら面倒だ。
それは実戦でも同じ。
カイはマップを覚えるというより、感覚でおおよその場所を把握する。それは初めて戦う場所にあたって有利な立ち回りだ。
「はいはぁい、どーもっ」
キランとエフェクトが光った。カラフルに、鮮やかに、ネオンが光り、ミザールとアルコルが現れる。
アルコルは何が楽しいのか、くるくると回転しミザールにぶつかった。
ミザールが眉をひそめ、アルコルの顔を手で押しやる。
「申請、見た」
「ゲームの運営停止、ねっ! 大きく出たね~」
ミザールはアルヴェの出した申請書を、静かに画面越しに確認する。
半透明の画面越しにミザールとアルヴェの目線が絡んだ。
表情の乏しいミザールの口が弧を描く。
――挑発。あからさまにこちらを脅威だと思っていない顔。
ギウロの反応もそうだが、過去に何度か似たような事例があるのだろう。
嫌な顔もせず、事務的に処理を進める。
その横できゃらきゃらと笑うアルコルの声が響いた。
ミザールはピンと指で弾いて画面を閉じると、上空に文字が出現した。
カイはそれを見上げる。
「おっ、派手だな」
通常の対戦エフェクトよりも鮮やかに、何なら流れる曲さえも違う。
その演出に興味津々のカイ。
「アルヴェ、せっかくなら楽しく行きますか!」
ニッと笑うカイ。
アルヴェはキョトンと瞬きをして、釣られて笑った。
「ああ、勿論――」
――カイは改めて、攻略法を思い出す。
アルヴェに言われたのは〝勝つつもりで負ける〟こと。
これはアルヴェの空白を埋めるゲームだ。
カイは画面でアルヴェの生存を確認する。
早々に二手に分かれ、身を潜めた相方。自分のすることは、粘りに粘って相手の体力ゲージを削る事だ。
(うちの参謀は、人使いが荒いからな)
言われた通り、敵の体力ゲージを確認するゴーグルを装備したが、自分がどこまでこれを使いこなせるか――。
(面白れぇ)
ビルの合間を駆け抜ける。
選んだ頭装備、『エコーネコヘッドフォン』から入る音を頼りに周りを警戒する。
(近い……)
通常よりも遠くの音まで聞こえるそれは、微かな足音を拾う。
アルヴェの足音より歩幅の狭いそれは、確実に自分へ近づいている。
咄嗟に建物の壁へ身を潜める。
ピロリンと音がして、戦闘時専用の掲示板のポップが上がる。
アルヴェから一言、『バフスキル使用、防御力アップ』――。
相方からの通知に、カイは笑った。
「カイ〜、いるんでしょ?」
身を潜めたカイに語りかける声。明るい声からして、アルコルだと判断し、物陰から飛び出す。
(俺が暴いてやるッ!)
カイが踏み出す。想定距離中度、範囲前方直線、威力は――。
「ブレイズスピアッ」
煌々と黒い炎が右手に浮かぶ。
重さはない。熱もない。ただそこにあるという感覚――、足先に力を入れ、一気に投げ込む。
黒い炎は槍の形を模して、アルコルの脳天を射抜く。
爆音と共にぐらっとアルコルの頭がのけぞり、一歩後ろへ下がった。
ゴーグル越しの視界には、アルコルの体力ゲージが減るのが確認できる。
視覚から得られる情報に、口の端が引き攣る。
(チッ! 削れねぇ)
心の中で、舌打ちをする。
いつもなら、相手は倒れるはずだ。カイは注意深く、視線を向ける。
脳天に当たったエフェクトが消えきらないうちに、アルコルは立て直した。
「あはっ! 上手だね」
すぐ背後で、ペロリと舌なめずりをする音が聞こえた。
カイの動きが一呼吸止まる。――ブレイズスピアのデメリット、対象に当たった場合は一呼吸分動きの停止。
ヘッドフォンがもう一人の足音を拾う。
「ッ! ミザール!」
振り向けば、冷たく笑う双子の片割れ。
小さな白い指が、カイに向けられた。
「ルミナスウォール」
温度のない声――、垂直に指を横切る。
ヴォンッと不快な音と共に、カイの足元から白い光の壁が突き上がる。
刃のようにせり上がったそれが、足を切り裂いた。
「うおっ!」
体力ゲージの減少。ザクリと斬撃に似た衝撃が足に響く。
のけぞった瞬間、体勢を崩し後ろに倒れそうになる。
咄嗟に地面に手をつき、勢いのまま宙で体をひねり着地した。
「いいの? アルコルたち二人を、君が一人で相手してぇ?」
「バカ言え、一人じゃねぇよ」
言葉とは裏腹に、カイの額を一筋の汗が流れる。
僅かに足を引き、構えた。
「だったら可愛いアルコルのスキル、見せてあげる」
ゆらりと手を肩の高さまで上げ、アルコルはゆったりと回転する。
「スペクター――」
ふわりと浮かぶ無数の弾丸。息をつく間もない。
「ワルツッ」
踊るように回転を早め、それと同時にアルコルを中心とし、弾幕が四方へ放たれる。
「ッ!」
迫り来る弾幕の間を縫うように、すり抜ける。
放射状ならば、後ろに下がれば隙間が大きくなるのだが、カイの後ろにはミザールが手を伸ばし構えている。
間合いを伺う余裕が削られていく。
「ああっ! くそっ! フェイズヴェール」
避けきれないと判断し、回避スキルを発動させた。
2秒間その場から姿が消え、相手の攻撃が避けられるが、その場から動けない。
その隙をミザールが逃す訳もなく、一歩踏み出してきた。
「ルミナス……」
もう一度、あの壁が迫り上がってくる。
スキルを発動させようとした瞬間、雷光に似たレーザーが建物に跳弾し、ミザールの胸を貫いた。
「は――?」
間の抜けた声とともに、ミザールのスキルが止まった。
チリチリと雷のエフェクトが胸の中心に散る。
視覚外からの攻撃に、ミザールの目が見開かれた。
伸びた光の先を確認する。
レーザーはアルヴェの居場所を示すように、遠くから伸びている。
「あの位置から?」
息を飲むミザール。
直線と跳弾――、計算から敵の位置を計算し撃ち込む技を使えば確かに遠距離からの攻撃は可能だ。
だが、レーザーが伸びる先は自分たちから離れた建物の上層部。
跳弾回数は五回まで。飛距離1kmのデタラメな攻撃は、見事にミザールの中心に刺さったのだ。
慌てて後ろに飛び、ミザールはカイを睨み付けた。
この男は、自分たちを、相方が狙いやすい位置に誘い込んだのだ。
考えるよりも先に、第二弾のレーザーが飛んでくる。
顔面に迫ってきたそれに、ミザールはぞくりと背筋に悪寒が走った。
まるですぐそばで狙われているかのような正確性――、しかし、避けられる。
ミザールは跳ねるように横に避ける。
レーザーは機械音のような音を鳴らし、顔のすぐ横をかすめ背後の壁へ跳弾――、ミザールが「しまった」と思った時にはもう遅い。
動けない的は、なにもミザールだけでは無いのだから。
「ぐあっ」
跳弾したレーザーは踊るアルコルの腹に刺さる。
瞬時にうるさかった弾幕は止まり、ゆらりとアルコルの体が揺れた。
「ふっざけんなー!」
両手を挙げて、怒りをあらわにするアルコル。
弾幕をなんとか避けきったカイは息を切らしながらも、余裕たっぷりに笑って見せた。
「はっ、お前が固定位置で踊ってんのが悪いんだろ」
「くそくそくそ! 邪魔しないでよっ」
不満からアルコルは地団駄を踏む。
「アルコル、ミザールが行くから」
「……わかったぁ」
言い終わるが早いか、ミザールは路地へと消えて行く。
見送ったアルコルは、カイを恨めしそうに見つめた。
「ねえっ、一対一なら、勝てると思ってる? アルコルもミザールも、別々でも強いんだけど」
アルヴェの作戦は二人をバラバラにすること。そんなことは当然、双子は理解している。
理解していながら、それに乗るのだ。
「うん、分かってるよ。アイツも俺も」
カイが構える。
「でも、別に一対一のつもりなんて無いぜ?」
そう言って乾いた唇を舐め、カイは1つのメッセージをアルヴェに送った。




