2ー10
何度目かの試合を終えて、アルヴェはゲーム画面を開いた。
確認する項目は、イベントタスク表。
限られた期間内に、ゲームをプレイして条件を達成すれば、アイテムが手に入る。
ただし、難点があるとすれば、手に入るアイテムは複数あり、ランダムで配布されるため必ずしも欲しいアイテムが手に入るとは限らないことだった。
「髪型変更アイテム……、効果なし」
「へぇ、どんなの」
「長髪」
アルヴェは画面を睨みつける。
正直、効果のないアイテムなどハズレ枠でしかない。
だが、カイは違う。
「……使わねぇの?」
カイの指先が、首筋にかかる濃紫の襟足をそっと払う。
すると、画面を走っていた指先が止まった。
目線だけをカイに向けて、眉を下げる。
「効果ないって」
期待の目で見つめるカイ。
アルヴェは効率ばかり求めるが、カイは純粋にこの世界にあるものを楽しんでいた。
「はあ」
アルヴェは首筋に手をやる。
カイが触れた部分が気になって、誤魔化すように擦った。
「見る?」
「見たい」
躊躇のない返事に、アルヴェの目が泳いだ。
何かを言いかけ、口を閉じる。
それからゆっくりと答えるように、人差し指で画面をなぞる。
ほどなくして、ピロリンッと軽い電子音がして、アルヴェの髪が尻尾のように、膝まで伸びた。
「似合ってんじゃん」
「これでスピードが0.3%アップとかなら、嬉しいんだけど。カイは何か貰えた?」
他人の画面をのぞき込んでも、見えない。それでもアルヴェは伸びた髪を指に絡め、ふて腐れた態度でカイの画面をのぞき込む。
アルヴェの顔が近づいてきたので、カイは慌ててアルヴェから目線を外し画面を見た。
「ほら」
さっさとしろと、催促するように軽く脇を小突かれる。
言われて画面を開くと、タスク項目にチェックを付けた。
「お?」
右上に通知が出て、アイテムボックスに何かが届いた。
「ヴァイタルスキャンゴーグル、かな?」
「いいなあ、当たりじゃん」
「対戦相手の体力ゲージの可視化……って、強いのか?」
相手の体力が見えたところで、どう戦闘に扱えばいいのかカイはピンとこない。
アルヴェは指を頬に当て、考える。それから自分のスキル欄を開いた。
「戦術と魔術によるかな。残り体力によって効果が変わる時に、管理するのに使う」
「俺は、面倒だな。相手の体力管理なんて」
カイはアイテム画面を閉じ、スキル画面を開き直す。
「殴ればそのうち倒れる、くらい単純な方が好きだけど」
端的な答え。アルヴェが短く笑う。
その笑顔のまま、続け様に語り始めた。
「進捗状況としては、挑む条件は揃ったよ。あとは、パターン通り」
「いよいよだな」
カイは装備を切り替える。
アルヴェの指示通りの猫耳型ヘッドフォン、そして、尻尾のような光学ケーブル、黒い衣装で統一する。
最後に先ほど手に入れたゴーグルを着けて、ステータスを確認した。
「あくまで、装備は能力の底上げね。基本はプレイヤーの腕次第だから」
「わかってる」
このゲームにレベル上げの概念はない。
いかにスキルと装備を組み合わせるか、そして、本人の判断力がゲームの勝敗を左右する。
単純な力勝負ではない、だから面白いとカイは胸を躍らせる。
アルヴェを見れば、自分と同じような衣装。伸びた髪は、元通り肩の上くらいの長さになっている。
ただし、カイとは違いゴーグルはなく、代わりに首輪がされている。
腰から伸びる光学ケーブルがゆらりと揺れた。
「カイ、じゃあ……俺の為に負けてね?」
含みのある言い方。
アルヴェは微笑む。
その笑顔に見惚れて、カイは喉を鳴らした。
「いいぜ、お前の望む通り、負けてやるよ」
カイが手を伸ばす。
アルヴェがそれに反応し、互いに軽く手のひらを打ち合わせる。パシッと乾いた音が鳴った。
「カイ、沼んないでよ」
「アルヴェも楽しんでるだろ」
にっと歯を見せて笑うカイ。アルヴェは笑顔のままため息をついた。
――と、その時、突然空からギウロが降ってきた。
「ぶへっ!」
無様に這いつくばるギウロ。
そう言えばここは試合が終わった後の復活地点だったと二人は顔を見合わせる。
「どうした、ギウロ」
「試合、途中退場しましたぁ」
泣きそうな声色。
「相方は? まだ試合中か?」
「はいぃぃ……」
2対1の試合となると、かなりの苦戦になりそうだ。
カイはしゃがみ込み、グシャグシャとギウロの頭を撫でる。
するとギウロがカイの足にしがみついた。
「エモーションを4つセットしたまま、参加しちゃいましたぁ」
スキルの枠は4つ。
戦闘エリアに行くと、変更は不可になる。
差し詰め、直前までエモーションで遊んでいたのだろう。
「バカ」
ボソッとアルヴェが言葉を落とす。
ギウロは肩を振るわせ、顔を上げた。
「蔑むの禁止ぃ! アルヴェさんも、ヨシヨシしてください!」
「えー」
アルヴェも腰を落とし、ギウロを見下ろす。
「膝枕でも――」
「えっと、プレイヤー通報……セクシャルハラスメント」
無情にも、アルヴェは淡々と画面を操作する。
カイはそれを黙って見守った。
「まって! 元気が出てきました!」
すくっとギウロが立ち上がる。
服を払い、髪を整える。
それから大きく肩を落とした。
「はあ、相方に謝らなきゃなぁ」
「ドンマイ」
カイが軽く声をかける。
ギウロは軽く会釈をし、そのまま歩き出そうとしたその時、アルヴェが手を掴んだ。
「待って」
ギウロが振り向く。
「ギウロって管理者と戦った事はある?」
ギウロが目を泳がせる。
「あります……ありますけど、惨敗でしたよ」
「なんで挑んだの?」
アルヴェの目が探るようにギウロを見つめる。
ギウロは質問の意図が分かったのか、手をポンと叩いた。
「実装してほしいアイテムがあったんですよ」
ギウロの答えにアルヴェは目を丸くする。
カイも予想外だったようで、感心したように顎に手を当てた。
「多分、お二人は俺と違う目的で挑むつもりでしょう」
ギウロの視線に冷たいものが混じる。
冷笑というよりも、くだらないと言った温度感。
カイが気まずそうに頭を掻いた。
「お二人みたいな人、いままでにもいましたけど」
「ふぅん」
アルヴェは後ろ手を組み、目を細める。
「別に、ゲームマスターたちはどんな理由でも拒みませんよ。システムなので」
そう言ってコインを取り出した。
「これ。お二人を誘ったアイテムです」
覚えがある。それはこの世界に入る為に使ったメッキのコイン――、ベッドにいつの間にか置かれていたアイテムだ。
ギラギラと輝く姿が、今となっては不気味に見える。
「コイン5枚で、挑戦権がもらえます」
「どうやって、もらうんだ?」
「初回タスクで簡単に4枚までは、貰えますよ」
言われて、カイはアイテム欄を探る。
確かに、4枚のコインが入っていた。
「新規プレイヤーを招待するときは1枚消費します」
「へー、じゃあ俺たちの為に2枚消費したのか」
「まぁ、以前あった期間限定イベントの報酬で、貰えたので」
ギウロは、眉を下げて口をとがらせた。
「お二人はこのゲームが危険だと思ってるんでしょう? だったらさっさとリフトして抜けてくださいよ」
「ギウロ――」
今にも泣き出しそうだ。ギウロにとっては、大切な場所なのは分かる。
カイは、なんだか可哀想な気がしてきて、言葉を詰まらせた。
二人はこのゲームを終わらせに来た。それはナイトレイドで遊ぶプレイヤーにとっては異物で、自分たちが悪なのだと思い知らされる。
「ここは大人は入れません。先生を呼ぼうとしても無駄ですからね」
ぷいっとそっぽを向くギウロ。
親しげな態度とは裏腹に、彼なりに距離をとろうとしているのだ。
「いや、降りないけど?」
――駆け引きなどないように、アルヴェは真顔で言った。
「え?」
アルヴェのあっけらかんとした態度に、ギウロは慌て始める。
流石のカイも、思わずアルヴェを凝視した。
「あの、俺が可哀想とか思ったり?」
「ないない。俺、一応このゲーム楽しんでるよ」
「えっ、じゃあ? ワンチャン? ネコチャン!」
「ゲームをさっさとクリアして、終わらせようと思って」
ギウロは崩れ落ち、地面を叩く。
「エネミー! 終わらせるの規模が、ゲーム全体なんでしょ!」
「カイと合わせて8枚かぁ。行こう、カイ」
「アルヴェ……、からかいすぎだろ」
完全にアルヴェからオモチャとして見られているギウロを、心底同情する。
諦めの悪いギウロは、ダメ元で叫んだ。
「じゃあ! じゃあ! 俺と対戦しません? コインを賭けて!」
立ち上がり、二枚のコインをアルヴェの目の前に差し出す。
それならば10枚、2回は挑戦が出来ることになる。
悪くない提案だが、アルヴェはギウロの手を掴むとそっと押し返した。
「駄目」
「じゃあ!」
「ギウロ、目の下の隈……酷かったよ」
アルヴェの指摘にギウロは目の下へ手を伸ばし、ゴシゴシと擦った。
「え? あれ? そんなことないですよ」
確かに、目の前にいるギウロに隈などない。
「ちゃんと現実世界で鏡を見たのはいつ?」
「あ……」
「そうだな。顔色も悪かったぞ」
「……分かってます」
分かっているなら、何故、とは訊かない。
完全に意気消沈し、地面を見つめるギウロ。
やめたいのに、やめられない。彼なりの執着と葛藤が見て取れた。
「現実なんてクソですよ」
「まぁね」
ギウロは目線を上げる。視界に映るアルヴェの目は、自分など見ていない。――そう見えた。
ギウロから見れば、カイやアルヴェは勝ち組――、現実でも強くて注目を集める、自分が思い描いたところにいる人物だ。
そんな人物に、「現実はクソ」と同調されても、心がささくれるだけ。
ぎゅっと胸を掴むギウロ。
ぽろっと落ちたコインは、地面に落ちる前に消えてアイテムボックスへ回収される。
「じゃ、行ってくるね。ギウロ」
手を上げるアルヴェ。
一瞬、アルヴェと目が合い、ギウロは気まずさから大きく横を向いた。
「ほほほほほんとに?」
「見とけよ、ギウロ。俺たちの試合、きっと楽しいぜ」
言い終わらぬうちに、カイは踵を返す。
それに続き、アルヴェもその場を後にした。




