2ー9
夜半前、部屋では雑談が飛び交う。
そんな中、ルカの声が耳に刺さった。
「アルヴェ先輩、寝てください! ……いや、寝ないでください!」
「どっちだよ」
こんなにも大きな声を出すのは珍しい。
ちぐはぐなことを言うルカに、カイは思わずツッコミを入れる。
ルカの顔がカーッと赤くなった。それからもごもごと口を動かして、大きく息を吐く。
「次、寝たら、決着を付けて貰えますか?」
声のトーンが落ちた。
それでも、キッとアルヴェを見つめ、はっきりと口にする。
アルヴェは眉を下げた。しかし、口元は笑ったまま。
ルカの横をすり抜けながら、口を開いた。
「えぇ~、それはキツいなあ」
「駄目です。アルヴェ先輩、寝不足で倒れちゃいますよッ!」
アルヴェはカイのベッドに座りこむ。
するりと静かに座るものだから、ベッドは揺れる事なくアルヴェの重さを受け止める。
カイもその隣で大きくあぐらをかいた。
ルカは小さな体で胸を張り、二人の前で仁王立ちする。
「うんうん、心配してくれるのは嬉しいけど落ち着いて」
手をひらひらとさせ、アルヴェは軽く流そうとする。
しかし、今夜ばかりはルカも引き下がらない。
少し離れたところで、ノクスは椅子に座りじっと見ていた。
居心地の悪さを感じ、アルヴェは一瞬だけ身を捩る。
それを感じたカイが、アルヴェの耳に手を伸ばした。
「まぁアルヴェが悪い。食事中に寝そうになるから」
夕飯時、眠気のピークが来て、ガクリと落ちかけたところを、ノクスが耳を引っ張り起こしたのだ。
アルヴェからすれば、たまったもんじゃない。
すぐに目を開け、ノクスを見たが、彼は無言のまま食事を口に運んだ。
起こすなら、声をかけて肩を揺らすくらいでいいだろうに。
カイは、アルヴェの髪から覗く耳を、そっと撫でる。
「ッ、何?」
ひくりとアルヴェの喉が動き、カイの手ははたき落とされた。
「耳、切れてないかなって」
何でも無いことのように、カイが言う。
アルヴェは耳を手で押さえたまま、大きくため息をついた。
「大丈夫だよ」
触れたのは一瞬だったが、その冷たさが指に残っているようで、カイは小さく指の腹をすり合わせる。
目線をアルヴェから外し、短く「そっか」とだけ答えた。
ノクスに耳を引っ張られてから過敏になっているのか、触れてはいけなかったらしい。
「カイ先輩は大丈夫なんですか?」
「俺? あー、眠いかってこと? いつも通りだな」
カイの影響は少ない。というか、単純にアルヴェがゲーム内でも頭を使いすぎなのだ。
実践の魔術を使う時とは違う。スキルをセットしコマンドとして使うだけの戦闘——、アルヴェはそこに考察を入れる。
きっとカイの倍は頭を使っているようで、今日は甘い物をよく口にしていた。
「その……、ゲームの攻略って出来そうなんですか?」
「今日で二日だから全貌はわからないけど、予測は付いてる」
ルカの言葉に、アルヴェはぼんやりと答える。
その話を聞いたノクスが、割り込むように口を開いた。
「夢魔は通常、人間の夢に入り込み、欲望を夢の中で叶える。ゲームという形式を取る必要がない」
「それは、俺も思ったんだけど、人間の欲望をレッテル化してた感じかな」
ノクスは顎を親指でさする。
「レッテル……」
「見た目が簡単に変えられる。魔術がワンタッチで使える。出来ないことが出来る。ただし、全部ゲームのシステムとして、ね」
ノクスとアルヴェは推論を組み立て始める。
「なるほど、人数が多ければ欲望の輪郭がぼやける。それをシステム化したのか」
「あと、システムにしてしまえば、目の前にあるそれを追い求めるからねえ」
アルヴェが静かに呟く。
その言葉に、ルカはゴクリと息を飲んだ。アルヴェの言葉には、得体の知れない不気味さがあった。
「世界のガワは欲望を叶えるシステム、しかし中身が細かくルール決めされているのか」
「あと、困ったことにクリアという概念が無いんだよね。あのゲーム」
「行き詰まったな」
ノクスは眉間を押さえる。
「そ、だからルール通りに“ゲームのサービス終了”を願うしかない」
「は? そんな願い通らないだろ」
カイが口を開いた。アルヴェの言っていることは矛盾している。
ルカもいぶかしげな顔で、アルヴェを見た。
ただ、ノクスだけは動きを止め、じっと床を見つめている。
「ルール通りといったな」
「利用契約ってのがあって、細かく書いてたんだよ」
淡々と話すノクスとアルヴェとは違い、カイは大きく肩を揺らした。
「おまっ……、あれを全部読んだのかよ」
アルヴェは得意げに笑った。
「誰もあんなの、読まねぇだろ」
「読まないから、不都合なことも書くんだよ」
「プレイヤーが見える位置に書くか?」
カイは顎をしゃくる。
その疑問に答えたのは、ノクスだった。
「ルールは書くから意味がある。書いていないことを後出しは出来ない」
「はぁ……、意味分かんねえ」
言いたいことは分かるが、理解が出来ない。
アルヴェは助け船をだすように、ピンと指を立て口を開いた。
「カイ、魔術と一緒だよ。力の方向性を示す為に、呪文や魔方陣が必要でしょ?」
「俺、そういうの苦手なんだよなあ」
カイの得意分野は、即効性——力の方向性を決め瞬時に放つ魔術なら、アルヴェよりも発動時間は早い。
だからこそ、時間をかける必要のある魔術は苦手だった。
「魔術の基本。何でもは出来ない、決められた事だけ」
立てた指をくるりと回す。
ふわりと光の輪が出来て、すぐに消える。
「今のだって、俺がなぞった空にしか光が現れなかったでしょ」
「当たり前だろ」
「夢の中も一緒。決められた事だけ。で、管理者に挑戦して勝てば願いを叶えるっていう報酬がある」
ぴくりとノクスの耳が動き、顔を上げた。
「クリア報酬としてプレイヤーの願いを叶えてくれるって言うなら、俺が最大限何を願ってもいいよね」
「夢魔の本質、人間の欲望の具現化を利用するつもりだな」
「そうだね。あとは夢に終わりの意味を作りたい」
「管理者に勝利する事で、両方の条件を満たすのか」
「——正解!」
アルヴェは指をパチンと鳴らすと、立ち上がる。
一人分の体重が抜け、スプリングが揺れた。
「なら、当初の目的通り、攻略すりゃあいいって事だな」
カイの口が弧を描く。シンプルで、わかりやすい。そして、なによりワクワクする。
しかし、ルカだけが表情を曇らせていた。
「それって、相手が強すぎて勝てないって事ですよね」
「まあ、そうだね」
「なんか、管理者しか持ってない装備とかスキルを使うってきいたな」
「ああ、ギウロが言ってたねえ。そのスキル欲しさに、管理者に挑む奴らがいるって」
「それって、自分たちだけ強くしてるってことじゃないですか!」
絶望的だ。ルカは再び叫んだ。
だが、カイとアルヴェだけは顔を見合わせ、にやりと笑う。
二人の悪い事を考えている時の顔に、ノクスは目を細めた。




