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2ー8

 カイはガバリと起き上がった。

 布団を蹴脱いだせいで、冷たい空気が肌をさする。

 先程の世界では、気温なんて感じなかったのに——。

 その落差で、頭がくらくらした。


 微かに香る珈琲の匂い。

 カーテンを開ければ、ルカが笑顔で迎えてくれる。


「おはようございます」

「あ……ああ」


 寝ぼけ眼のまま、頭を掻いた。

 体は気だるく、ベッドに沈んでしまいたい。

 アルヴェのベッドへ目を向けると、いつも、キッチリと閉められているはずのカーテンに隙間ができている。

 そこから白い指先が、見えた。


「アルヴェ、大丈夫か?」


 声をかける。

 指先が、動く——。


「う、あ……おはよ」


 うなされる様な声。眠気をまとったまま、アルヴェは静かに体を起こした。

 気怠げに瞼を開き、前髪を掻き上げる。

 しかし、頭は下を向いたままで、掻き上げた髪はすぐに落ち、アルヴェの目元を隠した。


「眠い」

「お前はいつも、寝起きが悪いだろ」

「はあ……、そうだけど」


 不機嫌を身に纏い、アルヴェは大きく背伸びをした。


「アルヴェ先輩がノクス先輩より先に起きるのは珍しいですね」


 名前に反応したのか、ノクスも顔を出す。

 こうやって起きる時間が揃うのは珍しい。


「ゲームはどうでしたか?」

「変な感じだったぜ。面白いけど」


 ルカの目の奥が、輝いた気がした。

 ゲームに参加する事には難色を示していたが、その表情には隠しきれない好奇心が滲んでいる。

 寝ぼけ眼のまま、珈琲に口を付ける。

 そこへ、のそりとノクスがやってくると、唐突に指先でカイの下目蓋を下ろし、じっと目を観察した。


「うお! あちちっ」


 突然のことで、カイの膝に数滴、珈琲がこぼれる。その熱さに、カイは抗議した。


「ノクス先輩! せめて声をかけてくれ!」

「ああ、状態を見る」

「逆! する前に言ってくれ!」


 ノクスは苦情を耳にも入れず、そのままアルヴェへと近づいた。

 すっと手を前に出し、制止するアルヴェ。


「触るな」


 アルヴェの眉間に皺が寄る。低血圧で、ベッドの上から動こうともしない。

 だが、ノクスは気にせず、アルヴェの頭に手を伸ばした。


「だったら、心配をかけるような行動を控えるんだな」

「カイを見たから分かるだろ。ああくそっ、目蓋を閉じると、画面が見える」


 ノクスの手を払いのけ、アルヴェは立ち上がる。

 ノクスの耳がピクリと動いた。


「画面が見える?」

「本当に、見える訳じゃ無い。残像が脳裏に残ってる感じ」

「なるほど」


 納得して、伸ばしていた手を引っ込める。


「その様子だと、生命力を吸われているのか」

「ああ、普通にゲームを楽しんでるだけで吸われるよ。死ぬほどじゃないけど」


 アルヴェは窓際の席へ座る。

 ルカはおずおずと、声をかけた。


「アルヴェ先輩、顔色悪いですよ」

「眠い、寝たり無い、全然寝られない、あり得ない」


 文句が続く。カイは頬杖をついて、苦笑した。

 4人の中で、アルヴェは一番、眠たがる。だから、今回の件はどうにも相性が悪いようだ。


「降りるか?」

「馬鹿いうな。さっさと攻略すればいいでしょ」


 言っていることとは裏腹に、アルヴェは頭を抱えてうつ伏せる。

 放置すればそのまま寝てしまいそうだ。


 「だったら、頑張りますか」


 軽く言う。その言葉に、アルヴェは目線だけをカイに向け、静かに微笑んだ。






 午前中の授業が終わり、生徒たちが教室から散っていく。

 そんな中、アルヴェは席に残ったまま、うつ伏せていた。


「寝落ちしそう」


 声がかすれている。

 カイがそっと頭を撫で、髪を梳くがピクリとも動かない。

 昨日の晩、アルヴェは一晩中スキルを確認し、攻略を練っていた。

 今だって、隙あらば紙に何かを書いている。それは一見落書きのようで、戦闘マップの見取り図だった。

 カイは教室を見渡す。

 自分たち以外の姿は見当たらない。


「脳みそを使いすぎだ。少しは頭空っぽにしろよ」

「作戦、考えるのは楽しいんだけど」


 ふう、と大きく息を吐くアルヴェ。

 取り組むと決めたからには、真面目に向き合うのがアルヴェの性格だ。

 このままだと、夢に取り込まれるよりも先に、寝不足で倒れてしまう。

 カイは腕を組み、どうしたものかと考える。

 アルヴェが体を起こす。しかし、ふらりと傾き、そのままカイの肩にもたれかかった。

 ぱさりと髪が流れる。眠たさからか、アルヴェの体温がほんのりと高い気がする。

 体重を預けられ、思わずカイは息を飲んだ。


「ッ! おいっ」


 体を揺らすと、ビクリとアルヴェの肩が揺れる。

 はっと目を開けると、ばつが悪そうに首元をさすった。


「悪い……、ダイブしそうになった」


 寝るならまだしも、無意識下にゲームへダイブするなど、冷静な彼の行動とは思えない。


「ゲームに意識取られすぎだ」

「……分かってる」

「ノクスに怒られるぞ」

「面倒」


 短い会話。アルヴェは欠伸をかみ殺した。

 カラカラと音が鳴り、ドアを見る。

 そこには、一人の男が立っていた。


「ノア、遅い」


 アルヴェの声がワントーン下がる。

 カイは扉の前に立つ人物を、まじまじと見た。


「えっと」


 月光を含んだような灰みがかった紫の髪が揺れた。

 一瞬、ゲーム内でのアルヴェが頭に浮かんだ。すぐに、色を変えてしまったが、彼もそんな色だったなと、頭の隅で思い出す。

 男はムッと口をとがらせ、教室に入った。

 アルヴェの口調からするに、待っていたらしい。


「別に、待ち合わせなんてしてねーだろ。馬鹿アルヴェ!」


 男は口汚くアルヴェの名前を呼ぶ。

 その顔は、カイにも見覚えがあった。

 アルヴェがルシアンと一緒に居るときに、もう一人並び立つ人物——ゼノア・メルトリア。たしか、アルヴェの従兄弟だったか。

 顔つきは、アルヴェとは似つかない。口調や所作だって、乱暴で雑。

 なるほど、だがしかし、——目の色はよく似ている。アルヴェが髪を染めていなければ、確かに同じ血筋を感じた。

 カツカツと靴を鳴らし、ゼノアが詰め寄る。


「一応、これでもお前に気を遣って、王子様をまいてきたんだぞ」

「はは、よくやる」


 アルヴェが口元を歪めたまま、一瞬だけ目を伏せる。

 ゼノアは肩で息を切ると、コツンとアルヴェの頭を小突いた。


「夢魔に精気を吸われたな?」

「うーん、ご名答。流石、ノアは鼻が聞くねえ」


 アルヴェは目だけで笑うと、大きく足を組み直した。

 ゼノアがどうやって、その事実を知ったのかは知らないが、どうもこの男を使うつもりらしい。

 それが見え透いて、ゼノアは渋い顔をした。


「俺に、何をしろっていうんだ」

「ノアなら、俺の精気を吸った夢魔を探し出せると思って」

「めんどくせぇ! お前が、余計なことに首を突っ込むな! 立場分かってんのか?」

「でももう、契約交わしちゃったんだよね。だから契約終了と、夢魔を捕まえないと永遠に終わらないよ」

「サイアク……。お前は自分を人質に取って、俺を脅すなよ」


 ゼノアの言葉に対して、カイも同意するところはある。

 だが、今回は共犯側で何も言えない。

 カイは静かに二人の会話を見守った。


「お前が寝ている間に、コイツに言えばいいのか?」


 ゼノアは顎でカイをしゃくった。

 アルヴェは目を伏せ、首を横に振る。


「イシュレイ先生、知ってるだろ」

「あー、あの優男」


 思わずカイが吹き出した。言うに事欠いて、優男とは酷い言われようだ。

 しかし、アルヴェは訂正するのが面倒なのか、どうでもいいのか、そのまま話を進める。


「イシュレイ先生なら、こちら側の事情も知ってる」

「——こちら側っていうのは、どっちのことを言っている?」


 騒がしかったゼノアの空気が息を潜める。

 アルヴェのネクタイを掴み、ぐっと顔を寄せた。

 目を細め睨むと、アルヴェは一呼吸息を止める。

 教室に冷たい空気が流れた。

 息が絡むほどの至近距離、——だが答えない。

 アルヴェは黙ったまま、ゼノアをにらみ返す。


「何か言えよ、馬鹿アルヴェ」


 喉の奥で唸る。

 しかし、アルヴェの口が一向に開かれないのを見ると、ぱっと手を離し、カイを頭の先からつま先まで眺めた。

 怪しまれている。居心地の悪さに、カイは机に肘をつき、口元を隠す。


「なら、コイツは?」

「一緒に、夢で遊んでる」


 今度は端的に答える。ゼノアはぐしゃぐしゃと頭を掻いた。


「人のことを顎で使いやがって」

「別に俺も、ノアに頼みたくて頼んでるんじゃないけど」


 心外だとアルヴェが宣うと、ゼノアが大きく口を開いた。


「だーーーー! るせぇ!」


 とうとうゼノアは癇癪を起こし、バシバシと机を叩く。

 アルヴェの形の良い唇が、綺麗に弧を描く。

 いかにも悪い顔で笑うアルヴェに、とうとうゼノアは諦めたのか、大きく項垂れた。


「くれぐれも、殿下には内密にね」

「一番難しいだろ」


 ゼノアがアルヴェの首に手を伸ばす。

 すっと指先で、首筋をなぞる。襟元で指を止めると、目を細めた。


「終わったら、覚えとけよ」


 殺意というより、腹の奥から獣が唸る様な声色。それだけ言うと、ゼノアは教室を後にした。

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