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2ー7

 いわゆる、戦闘用マップ——。

 人気のない建物は、表面が朽ちて、廃墟というには綺麗すぎる。

 そこには人の意思の介入が見て取れる。

 灰色がかった壁は、レンガやタイルを積み上げた痕跡すらないほどフラットだ。


 目の前にいるのは、解像度の低い人間。

 表情は無く、布石通りの動きしかできない。


「心無しって言い得て妙だね」


 初期装備に身を包んだアルヴェが、画面を操作し防護壁を張る。

 その横で、同じような衣装を着たカイが、スキルを放った。


「えーっと、ホーミングスパイク!」


 なれない操作だが、難しい訳ではない。

 呪文を唱えるだけで、青く丸い光が右手に浮かぶ。

 ボールを投げる要領で、カイはそれを放り投げた。

 通常の魔術と違い、魔力の流れを体から感じない。


「魔力を使ってる感覚がねぇな」

 

 カイから放たれた衝撃波はほんの少し弧を描いて心無しの一人に向かう。

 バシッと乾いた音が鳴り、青白い光が弾け飛んだ。


「楽勝すぎ」

 

 心無しはノックバックする。

 パタンと倒れたところにアルヴェが追加で攻撃を仕掛けた。


「ユピテル――サンダー」


 指先を真っ直ぐ目標に向け、電撃を放つ。

 一呼吸の間を持って、心無しに雷光が刺さった。


「これは発動が早いけど、射程がストレートすぎ。クールタイムも長い」


 一つ一つ分析するアルヴェ。

 カイはもう一人のエネミーを探して、辺りを見渡した。


「あれ? もう一人は?」

「さっき、ノックバックで塔から落とした」


 いうが早いか、カラフルな文字が二人の頭上に浮かぶ。

 ファンファーレがなったかと思うと、周囲の景色が切り替わった。

 薄暗かった景色は、鮮やかな建物が並ぶエリアに切り替わる。

 先程までの薄気味悪い雰囲気とは打って変わって、そこには活気があった。


「いつの間に、倒したんだよ」

「落下するまでに時差があるみたいだね」


 シレッと答えるアルヴェ。カイは呆れつつも、初勝利に内心胸を躍らせる。

 報酬を確認すれば、微かにエーテルが増えていた。


「……」


 アルヴェは目を細める。


「増えてない」

「え? 俺はエーテル、増えてるぞ」

「そっちじゃないよ。生命力のほうの話」


 とんっと、カイの胸を指で押す。

 カイは目を閉じて、己の中に流れる生命力を探った。

 だが、今まで自分の生命力など気にした事がなかった為、わからない。


「買い物をした時、正確にはエーテルが減った時に生命力が減ったんだけど――」


 アルヴェが苦々しく、画面を確認する。


「エーテルが増えても、生命力は戻らない」

「つまり?」

「お金を使えば使うほど、減る一方って事」


 ぴんっとアルヴェは指で画面を弾く。

 軽い音がして、薄紫の髪がいつもの色へ変化した。


「……お前、減るって言ってる側から使うなよ」


 カイは口をへの字に曲げる。


「確認だよ」


 へらっと笑い、アルヴェは髪をかき上げた。

 だが、カイからすれば、別の意図を感じる。


「それに、いつも通りの見た目の方が、落ち着くでしょ」

「別にお前はどっちでも似合うよ」


 カイの言葉に、アルヴェの動きがぎこちなく止まる。

 流暢に喋っていた口が、一瞬閉じられた。


「……髪の色を変えても、能力はアップされないけど」

「むしろ、髪を変えただけで、能力が加わるヤツがあるのか?」

「値段が高いか、手に入れる条件が厳しいけど、あるよ」


 アルヴェなりに、装備の購入は考えがあるらしい。

 欲しい能力と、手持ちの金額に、悩んでいるようだった。


「やっぱり、エーテルが減ると生命力も減るね」

「よく分かるな」

「貧血になる感覚に似てる」


 大真面目に答えるアルヴェだが、そうそう貧血になる事などない。

 カイはアルヴェの顔をじっと見つめた。


「わかんねぇよ。そんな貧血になる事あるか?」

「……確かに」


 苦笑するアルヴェ。

 画面を操作して、カイにメッセージを送る。


「一旦、ギウロから聞いた話を元に、スキルと装備の最適解出したから見て」

「うお! 文字数えぐっ!」


 読もうとしたが、目が滑る。

 カイは目を凝らし、自分のステータス欄を見比べた。


「変な装備は避けたから」

「変な装備って?」

「……俺が着ることは無い服」


 ギウロが言うには、アイドル衣装やメイド服があるが、それ以外にもあるのか。

 カイはゲンナリする。


「あとは身長を伸ばしたり、縮ませるポーションもあったよ」


 身長という言葉に、カイの耳がぴくりと動いた。


「……いくら?」


 カイはアルヴェより、ほんの少し身長が低い。

 普段は気にならないが、伸ばせるなら伸ばしてみたい。

 カイの喉がゴクリと動いた。

 綺麗に弧を描いたアルヴェの唇が開く。

 

「当たり判定を考えると小さい方が有利だよ」

「うるせぇ! だったら言うな! 自分は髪の色を変えたくせに!」

「あはは」


 カイが拳を振り上げると、アルヴェが軽く掌で受け止める。

 二人が戯れあっていると、霞がかった赤紫の髪がひょこりと覗いた。


「キミたち新人さん?」


 甲高い声。少年とも、少女とも聞き取れるソレに、カイとアルヴェは目線を落とす。

 チュートリアルで見た顔が、そこにはあった。

 思わず、2人は半歩ほど身を引く。

 動揺したカイから声が漏れる。


「……ッ、管理者」

「アルコルね、管理者って可愛く無いからゲームマスターって言い方が好きなの」


 頬に指を当て、可愛く呟く。

 ピンク色に発光する天使の輪、ふわりと浮かぶ白い羽。

 ――その二つに不釣り合いな悪魔の尻尾。

 チグハグだが、どこか統一感がある。


「……悪魔?」


 アルヴェの呟きに、アルコルが大袈裟に驚いて見せた。


「やっだー! もしかして尻尾を見て言った?」


 長い尻尾がユラユラ揺れる。

 アルコルはソレを掴んだ。


「これは装備品。可愛いでしょ? 欲しい?」

「……別に」

「えー、強い装備なんだよ? これ欲しさに、アルコルに挑むヤツもいるのにーっ!」


 心外だと、アルコルは泣き真似をする。

 アルヴェの眉が僅かに吊り上がった。


「ミザール! いたよーっ!」


 アルコルの呼びかけに、フワリともう一人の管理者が現れた。

 薄く色を溶かしたような青紫の髪、アルコルと対になる存在……。


「ん、ホントだ」


 ミザールはボンヤリとした表情で、アルヴェとカイを交互に見る。

 アルコルは落ち着きなく、バタバタと両手を振った。


「今までと違う感じの……、が、入ってきたから、ミザールが気になったんだよねーっ!」

「うん」


 アルヴェがミザールを見下ろす。


「今までと違う、――生命力だろ」


 アルヴェの冷たい声に、ピタリとアルコルの動きが止まった。

 その場の空気が一段下がったのを感じ取るカイ。

 しかし、アルコルは笑顔を崩さない。


「キミ、凄いね。よく分かったね」

「隠さねぇのか」


 まるでなんて事ないように言うアルコルに、カイは面食らう。


「アルコルは喋り過ぎ。ミザールが説明する」

「えーっ!」


 ミザールが画面を操作すると、アルコルの口に大きなバッテンが現れる。

 アルコルの頭上には5分のタイマー。


「ふがっふがふが!」


 途端に喋れなくなるアルコルを横目に、ミザールが淡々と口を開いた。

 

「ミザールたちは、ここの管理人。みんなが遊ぶ代わりに、少しだけ生命力を貰ってる。運営費」


 アルヴェは冷めた目で周りを見渡した。

 待機用の街エリア、戦闘エリア、観戦用の大画面が準備されたエリア――、中規模の大きさの街に人がひしめく。


「これだけの世界、作り上げるのは大変だったでしょ」

「アルコルと二人で作った。うざったい大人はいないし、誰も怪我しない戦闘ゲーム……、楽しいでしょ」


 ミザールは画面の縁を指で撫でる。


「しかも――」


 キラリとカイの足元が光り、身長が伸びた。


「おお?」

「見た目も好きに仕放題」


 いつもより高い視界。

 横を向けば、いつもは見ることのない、アルヴェのつむじが見える。カイの口角が上がった。


「悪くねぇな」

「そうでしょう?」


 カイの反応に小気味よく返事をし、パチンと指を鳴らすミザール。

 瞬時にカイの姿は元に戻った。


「ぜひ、課金してね」

 

 カイは、残念そうに自分の足元を見る。


「――うん、楽しそう」


 表情とは裏腹の言葉を並べて、アルヴェはミザールを指差した。


「ゲームのルールは絶対?」

「当たり前」

「管理者側も?」

「概要の通りだよ。目を通して」


 しつこいアルヴェの問いに、ミザールは苛立ちを覚える。

 横にいたアルコルから軽い音がして、会話制限が解かれた。


「なーにー? 荒らし? キミたち何しに来たのさー」


 ミザールの背中にもたれかかり、ブーイングを飛ばす。


「んなもん、決まってるだろ」


 カイがアルヴェの肩に手を置く。

 そして挑発的に笑って見せた。


「俺たちは、ゲームを攻略しに来たんだよ」


 ひくりとアルコルの口が引き攣るのが見えた。


「このゲームにエンディングなんてないよ」

「終わりがないゲームなんてないだろ」

「終わりがあるとしたら、サ終! サービス終了!」


 話を切り上げるようにパチパチと手を鳴らし、アルコルは踵を返すとふわりと姿を消した。

 それに続くように、ミザールも消える。

 去り際の挨拶なんてない。

 双子が去った後の虚空をじっと見つめる。


「アイツら、何しにきたんだ」

「探りに来たんだよ」


 カイの疑問に、アルヴェは淡々と答える。

 アルヴェは装備品を買うと、その場で付け替える。

 素朴な白い服が、一瞬でマットな黒い服へと様変わりした。

 黒を基調としたジャケットは、やや大きめの造りで、肩の力を抜いたようにラフに羽織られている。


「探りにってまだ何もしてないだろ」


 会話しながら、自分も服を買うカイ。

 アルヴェの選んだ服は、ギウロの言っていた装備とは違い、戦闘服らしい出立ちをしている。

 カイは、自分とアルヴェの服を交互に見合う。

 機能性重視と言いながら、なかなかにセンスが良い。


「吸った生命力が自分たちの知らない人物だった――、それだけだよ」

「それだけで……か?」

「ここはあの二人の花園だからね、外部からの来訪者は把握しておきたい筈」


 言いながら、アルヴェは顎に手を当てて考え込んだ。


「思ったより早かったけど」


 呟いて黙る。

 その肩を、カイは軽く叩いた。


「まあ、一旦稼ぎに行こうぜ」


 遊びたいという欲求を隠せていない。

 アルヴェは眉を下げ、力なく笑った。

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