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2ー6

 真っ白な世界にカイは一人で立っていた。

 目の前には、とても大きなブロンズの扉。ゴテゴテとした装飾――美術品のようなできばえだった。

 手にはコインが握られている。

 だが、指先に重みは感じない。


(これ、夢だ)


 直感で理解する。

 そして、何をすればいいのかも。


 カイは一枚のコインを装飾の一部へはめる。


【ナイトレイドへダイブしますか?】


 文字が浮かんだ。

 ゆっくりと手を【はい】へ伸ばす。

 触れた瞬間、ぐんっと体が押される感覚。

 扉が開き、白かった世界が変化していく。

 めまぐるしい変化にカイは腕で顔を覆った。


【ようこそ! ナイトレイドへ】


 軽快な音楽が流れ、気がつけば見知らぬ街に立っている。


「なんだ? これ」


 手を何度も開いたり握ったりして感覚を確かめる。

 部屋着はいつの間にか、簡易な白いシャツとズボンへ替わっていた。

 踏み締めたタイルの感覚、肌に触れる服の感覚、――限りなく現実世界に近い。

 だが、頬を触れる風が無い。照りつける日差しも感じない。

 違和感に、グシャグシャと胸をさすった。


『ナイトレイドへようこそ。ゲームマスターのミザールとアルコルだよ』


 二人の子供が目の前に現れる。だが、実体はない。

 映像の二人はチュートリアルと称し、ゲームの説明を始めた。


『ここは仮想ゲームの世界! 通常の魔法は使えないからね』

『代わりにマジックポイントを使う』

「だるっ!」


 半分も聞かずに、カイは周りを見渡す。

 太陽は昇っていないのに昼間のように明るい。

 周りの人々の服装も、普段目にするものとは違う。

 建物には看板が付けられ、しかもその看板に書かれた文字が動いている。

 それを周りの人間は、気にする様子もない。

 ならば、これがこの世界の当たり前。理解すると同時に、未知への期待で胸が熱くなる。

 

「カイ」


 声をかけられ振り向けば、自分と同じ格好をしたアルヴェが立っていた。

 ――だが、いつもと髪色が違う。


「アルヴェ? どうしたんだ。髪の色が、ちげぇけど」


 濃紫と違い、もっと薄く淡い紫の髪。

 その髪をアルヴェは手で隠した。


「普段は染めてるんだよ」


 アルヴェは目をそらす。

 入学からずっと一緒にいたが、初耳だったカイは驚いた。


「隠すなよ。手で隠したまま、行動する気か?」


 アルヴェの態度から、綺麗だというのは憚られた。

 しかし、隠されるのはもったいない気がして、カイはアルヴェの手を掴む。

 アルヴェは抵抗することもなく、素直に手を下げた。


「魔術品の塗料を使ったから弾かれたな」


 耳に髪をかけ、悔しそうに呟く。


「魔術も一切使えない」

「げぇ! マジか」


 さて、どうするか。カイが腕を組むと、遠くから一人の男が走ってやってきた。


「アルヴェさん~! カイさん~!」

「ギウロ! ……ギウロ?」


 声で判断するに、ギウロなのだろう。

 しかしその風貌は現実世界であったときと大きく異なっていた。


「ギウロだよな。なんだその格好」


 アルヴェの非ではない。

 まず隈がない。うねっていた髪は長く伸び、ポニーテールにされている。

 そして、ゴテゴテとした格好。発光するラインや幾何学模様が走っている。


「どうです! かっこいいでしょう。ここまで揃えるのに結構、貢いだんです」


 胸を張るギウロ。それからアルヴェを見て、さらに大きな声を上げた。


「アルヴェさん! もう装飾を変えたんですか?」


 ワナワナと震え、髪を指さす。アルヴェは呆れつつ、淡々と返した。


「こっちが地毛だよ」


 ガクリとその場に這いつくばるギウロ。

 その奇行に、周りの目線が集まる。


「うぅ……、無課金美人。羨ましい。アルヴェさんのポテンシャルが高すぎる」

「なんだ、こいつ……」


 カイから本音が漏れる。アルヴェも同意だった。




 備え付けのオープンテラスに、三人は腰掛ける。

 カフェの中は入れない。あくまでお飾りらしい。

 カイは仕組みがわからず、店の中を覗いたが、店内は存在せず、ガラスには自分の顔が反射するだけだった。


「2人1組の対戦ゲームです」

「ソロじゃねーのか」

「ダメです。バディ必須です。あっ、スキル――魔術は四つしか使えませんからね!」


 ギウロの説明を聞くカイの横で、アルヴェは光のパネルをじっと見ていた。


「魔術が使えないんだけど」

「だーかーら、買わなきゃ使えません!」

「お金ってどうすんの?」

「試合に勝てば増えますよー! 負けたら減りますけど」

「は? 減るのかよ」


 ぎゃーぎゃーと騒ぐギウロとカイ。

 アルヴェは一通りゲーム内の概要を読み終えると、ギウロに声をかける。


「このエモーション欄にある魔術は? やたら安いんだけど」

「それはですねー」


 ギウロが自分のパネルを開く。

 カイとアルヴェからは薄い光の板にしか見えず、なんと書いてあるかまでは見えない。どうやら、他人の画面は覗けない仕様になっているらしい。

 ギウロはいくつかの操作をすると、「見ててください」と自分の目を指さした。


「ほら!」


 ギウロが笑顔でウィンクをする。

 何が起きたのか分からないアルヴェは、眉を寄せる。カイも理解が出来ずに口を閉じた。


「ウィンクが出来たでしょ?」

「え……、このエモーションっていうのを購入しないとできないの?」


 アルヴェが試しにしてみる。

 笑顔を作り、パチッと――出来る。


「出来てるよね?」

「ああ、うん」


 ギウロのそれより自然で、アイドルのようだ。

 カイは複雑な思いで、答える。

 それを見てギウロが嘆き始めた。


「出来ない人は出来ないんです! エモーションは、購入したら誰でもできるんですぅ!」

「買う意味ねぇだろ」


 追い討ちをかけるカイ。

 

「ある! ある! ある!」


 ギウロは騒ぎ立てた。

 アルヴェは画面の文字を読む。

 ウィンク、投げキッス、バック転、ムーンウォーク、バタフライキック、ジャンピング——。


「待って、このジャンピングは? ジャンプ出来ない奴はいないよね」


 エモーションの販売画面を見つつ驚くアルヴェ。


「それは、その場で少し浮くだけです。連打可能ですけど、飛行は出来ません。落下ダメージ軽減とかも無かったです」

「ゴミじゃん!」


 ツッコむカイ。

 アルヴェは返事もせず、画面を指でスクロールしていた。


「このダンスが複数あるのは?」

「かっこいいダンスもありますよ!」

「ダンスくらい覚えられるでしょ」

「アルヴェさん、酷い! 覚えられない人は、覚えられないんですよ!」

「対戦ゲームで、効果のないゴミがあるのはどうなの」

「いいんですぅ! 夢の中くらい! ここは遊びなんだから」


 満足したのか画面を消すアルヴェ。

 それからギウロをまっすぐ見て、確認する。


「多分、メジャーなのは攻撃魔法が2つ、補助魔法が1つ、防御魔法が1つ。この4つで対戦に挑むよね」

「ッ! 正解です」


 ギウロの肩が、ぷるりと震えた。洞察力に感心する。


「ゲームマスターってさっき出てきたけど、そいつらとも遊べるの?」

「はい、この世界の統べての権限を持っているので、勝てば好きな魔術の実装やシステムの変更も出来るらしいです」

「……、その言い方だと誰も勝った事は無いんだ?」

「そうですね。あ、負けても、面白い企画なら取り入れてくれますよ」


 アルヴェは親指の腹で唇を撫でる。じっと黙り、何かを考えていた。

 ギウロの言葉にカイは違和感を覚える。

 

「この世界の管理者に挑むのって、リスクが少ねえんだな」

「試合に負けた時点でエーテルは減りますけどね。だから安全だって言ってるでしょう!」

 

 話を聞く限り、その通りだ。

 リスクがない、危険がない。

 だが現実では起きない奴がいる。

 妙な胸騒ぎが、胸を駆け巡る。


「負け続けたらどうなるんだ?」

「所持金ゼロになったら、心無しと数回戦うのが定番ですよ」

「心無し?」

「ノンプレイヤーキャラです。簡単に倒せる! もらえる報酬は少ないですけど」


 カイは自分の画面を確認する。

 初期から持っている自分のエーテルの数字を見た。


「なら、心無しと戦ってルール確認をするか」

「ギウロ、おすすめの装備と一番使われる魔術を教えて」


 アルヴェの言葉にギウロは目を輝かせる。

 画面を開くと、熱心に指を動かし始めた。

 

「期間限定イベントの報酬装備があるので、ソレがおすすめなんです。でもアルヴェさんならこっちの装備も見た目がいいので着せたくて」

「能力重視でいいよ。見た目はどうでもいい」


 早口で語るギウロ。アルヴェは言葉を遮り淡々と返す。


「見た目を気にしないなら、萌え上がれミニスカメイド服とか、――あ、この前実装されたアイドル衣装のウサたんチョコスイーツがありますよ」

「おい、なんだそのバカバカしい名前は」


 思わず、カイがツッコむ。

 画面を確認すれば、デカデカと広告のように、該当の装備が表示されていた。

 一瞬、脳内で想像する。美麗の少年が、アイドル衣装を着るところを——。


「生足ファシネーションな人魚姫も、人気です!」

「………………前言撤回。見た目も重視しよう」


 アルヴェは掌を返し、にこりと笑顔を作る。その目は笑っていなかった。

 だが、ギウロの視線は画面に向かっていたので、気が付かない。

 変なものを着せられたら、たまったものではない。カイはゾッとした。

 

「そうだ、最初は俺と組みません? 色々教えながら戦えますよ」


 ギウロがアルヴェの手を強く掴む。

 突然の提案にアルヴェの目が動揺したのがわかった。

 予想外の行動に、一呼吸、アルヴェの動きが止まる。

 思わず、アルヴェが答えるより先にカイが割って入った。


「わりい、アルヴェは俺と行くわ」

「ええー! アルヴェさんとも、カイさんとも一緒に行きたい! 交互に行きましょうよ〜」


 カイはぐっとアルヴェの肩を抱き寄せる。

 触れた肩が跳ねた気がしたが、表情を見る余裕などない。


「アルヴェの相方は俺だからダメ」

「……うぅ、仕方ないですね」


 ギウロはアルヴェの手を離す。

 ほっと胸を撫で下ろし、カイはアルヴェの方から手を離した。


「ごめんね、ギウロ。教えてもらったのに」

「大丈夫です。俺も何人か相方居るんですけど、沼ってるんですよ」


 聞きなれない単語に、カイとアルヴェは首を傾げた。


「沼?」

「縛りプレイ……。自分で制約を付けて、欲しい装備が手に入るまでダイブしたままなんス」


 ギウロは下を向き、イジイジと地面に足で円を描く。


「今日も昼間っからダイブして……、まあ俺も寝坊するまで没頭するから人のこと言えないけど」


 昼間からダイブ――、2人には心当たりがあった。

 眠たくなる授業の合間、ほんの少しのつもりで潜ったのかもしれない。

 思わずカイが口を開く。


「起きられないんじゃなくて、起きないのか!」


 合点がいった。

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