2ー5
自室に戻ったカイとアルヴェは、ルカに出迎えられる。
「おかえりなさい!」
「おう、ただいま」
「ただいま」
ルカは人好きのする笑顔で、2人に駆け寄る。
その勢いのまま、カイはルカの頭をくしゃりと撫でた。
嬉しそうに、ルカの目が細められる。
「実家で飼ってた犬みてぇ」
「カイ先輩? 犬を飼ってたんですか?」
キョトンとルカは首を傾げる。
その顔を見て、思わずため息交じりに笑いがこぼれた。
「じゃあ俺は?」
横からアルヴェが覗き込む。
睫毛の長さが分かるほどの距離。カイの心臓が跳ねる。
「……ッ、そこで張り合うなよ!」
慌てて顔を離した。
アルヴェはわざと、ルカに張り合っている。そこに意味はない。
あるとすれば、ルカを揶揄いたいのか、カイで遊びたいのか。
下手に乗れば、火傷をしてしまいそうだ。
「お前こそ、誰を犬扱いしてるんだよ」
「犬? 少なくとも、かわいい後輩を犬呼ばわりはしないけどなあ~」
まるでカイが悪い事をいったように、アルヴェが誤魔化す。
「じゃあ、イシュレイ先生に言っていた、鼻の利く犬ってなんだよ」
ふてくされたように言えば、アルヴェは手を口元にやった。
ほんの少し、部屋に沈黙が漂う。
「あー、あれね」
声のトーンが落ちる。アルヴェの視線がカイを離れた。
「イシュレイ先生のところに、いってたんですか?」
「そそ、ちょっと勉強を教わりに」
適当なことを言って誤魔化すと、アルヴェは自分のベッドに腰掛ける。
それから、ルカから見えないように、そっと枕の下を確認した。
「……」
アルヴェは笑みを消し、そっとカイに目配せをする。
——その意味を読み取って、カイは小さく頷いた。
「アルヴェ先輩?」
「ん?」
ルカは不思議そうに、カイとアルヴェを見比べた。
「何か、怪しい」
「ふ……そうかなあ」
カイの手元を離れ、ルカはアルヴェに詰め寄る。
そして、頭のてっぺんから足下までまじまじと見た。
「悪巧みの気配を感じます」
「そうやって探られると、本当にワンコみたいだねえ」
アルヴェは気にした様子も無く、ルカの顎を指でそっと撫でる。
ルカはむっと口をとがらせた。
「また、誤魔化そうとしてるぅ」
ベッドから立ち上がり、ルカの脇をすり抜け、カイの横に並ぶ。
一連の流れをみて、呆れた声がカイから漏れた。
「アルヴェは猫だな」
「なにそれ」
カイの出した答えに笑う。
ルカにしたように、アルヴェの頭を撫でてやれば、ほんの微かにスモーキーグレーの瞳が揺れた。
ふわふわのルカの髪とは違う。指の間からさらりと髪が逃げる感覚。
「じゃあノクスは?」
「ここは動物小屋じゃねえぞ」
カイはアルヴェから、すぐに手を離す。
ルームメイトをすべて動物に例えさせようとするなと、釘を刺す。
――その時、扉が開いた。
ノクスがのそりと入ってくる。
「ただいま……なんの話をしていた?」
部屋の空気を見て、僅かに眉を下げる。
「おかえり〜、ルカが犬っぽいねって話」
アルヴェはルカを指差した。
ルカは照れて頭を掻くと、先ほどより小さな声で「おかえりなさい」と言う。
「ノクス、おかえり。――そうだ、ルカ」
アルヴェがぽんと手を叩いた。
ひらりと目線をルカに向ける。
「エヴァンに会ったよ。この前の件、ルカを褒めてた」
「えっ」
きょとんと、ルカが目を瞬かせる。
1つ間を置いて、照れくさそうに頬を掻いた。
「僕は何にもしてないけど」
「本人は、そう思ってないみたい」
さらりと返すアルヴェに、ルカは困ったように笑うしか出来ない。
ノクスがアルヴェの肩を掴む。
強制的に目線がルカからノクスへ移った。
「で、問題を起こした男は?」
「謹慎。今はこの学校にいない」
アルヴェの言葉に、ノクスは眉をひそめる。
「じゃあ戻ってくるのか?」
「自主的に辞めると思うけど」
僅かな間。
「……後始末を最後までしろ」
低い声だった。
ルカは一瞬だけ、息を詰める。
その空気を切るように、カイが肩をすくめた。
「ノクスは、相手を詰め過ぎ。容赦ねぇにも程がある」
「お前たちが、喧嘩を売り過ぎるのが問題だろう」
ノクスが食い下がる。
「アルヴェも俺も、相手を潰したい訳じゃねえよ」
「潰せとは言っていない——だが、」
ノクスの言葉が切れた。指先を握り込み、目を逸らす。
言葉を待たず、カイはローブを脱いで、自分のベッドへ向かった。
カイだって、ノクスの言いたいことは分かっている。だが、引くに引けない。
「……過保護、面倒くさい」
アルヴェがボソリと囃し立てる。
「誰が過保護だ」
ノクスがその鼻をギュッと掴むと、アルヴェから短い悲鳴が上がった。
「ふふっ」
ルカが2人のやり取りに耐えきれず、笑いが漏れる。
空気が軽くなり、カイはふっと笑った。
ベッドに勢いよく腰を下ろした、その時――シーツが揺れ、金色の丸い何かが落ちた。
「……ッやべ」
迂闊だった。
上がった声に、目線がコインへと集中する。
アルヴェの動きがギクリと止まる。
「コインか?」
ノクスが低く呟く。そのまま、転がってきたコインを、奪い取るように拾うと、いぶかしげに見つめた。
「メッキ……?」
「オモチャだよ」
「……」
カイの言い訳に、ノクスは強くコインを握る。
ふっと右手に白い光が宿るが、一瞬で霧散した。
ノクスが何をしたのか、アルヴェだけが理解する。背に回した手の指先を、静かに絡ませ、すぐにほどく。
「金属は魔力の伝導率がいい。メッキは表面だけだが――、こいつは全く通さない」
ノクスは、カイをじっと見る。それから、ルカへと視線が流れ、アルヴェで止まった。
「で、これは何だ?」
ノクスがアルヴェにグイッと迫る。
アルヴェは顔を逸らしたが、顎を掴まれ無理矢理目を合わされた。
「俺に聞くなよ」
「お前に聞けば、カイが答える」
「なら最初からカイに聞けよ!」
これではまるで、人質だ。
カイは頭を抱え、大きく息を吐いた。
この状況に、堪えたのかルカが慌てだす。
「ノクス先輩ッ!」
ギュッとノクスの服をひっぱり、アルヴェから引き離そうとした。
しかし、ルカの体格ではびくともしない。
ノクスはルカをじっと見ると、仕方なくアルヴェから手を離した。
「そんなに詰めちゃうと、可哀想ですよ!」
「ルカ……」
解放されたアルヴェは襟元をただし、小さく胸を撫で下ろす。
ルカはノクスを掴んだまま、ニコリとアルヴェに笑いかけた。
「でもそれ、僕も気になります」
ルカの言葉に、ひくっとカイの口元が動く。
こういうとき、厄介なのは笑顔で聞いてくるルカのほうだ。
アルヴェとカイは互いに顔を見合わせ、諦めた。
「生徒間で、夢のゲームが流行っているのは知ってるか」
カイは足を組み直し、二人に語る。
ルカの耳がピクリと動き、興味深げにカイを見つめる。
「夢のゲーム?」
「おい、どう考えても夢魔の類いだろ」
ノクスの判断は速い。そして、それはアルヴェとカイと、同じ見立てだ。しかし、ルカだけが首をかしげる。
「夢魔……ですか?」
「ん?」
「夢魔のゲームって、その――」
言い淀む。
ばつが悪そうに、カイは頬を掻いた。
「あー、対戦ゲームだってさ」
ゲーム内容を聞いて、ルカが胸をなで下ろす。
腰を下げ、ニヤニヤとアルヴェがルカに目線を合わせた。
「ルカ、どんな心配してくれたの?」
ルカの顔が見る見る間に赤くなっていき、アルヴェは腹を抱えた。
「あはっ!」
「アルヴェ」
ノクスは低い声で唸ると、アルヴェの頭をグッと押さえる。
「ごめん、ごめん」
笑いを引きずったまま謝り、顔をパタパタと手で仰ぐ。
一通り笑って落ち着いたのか、アルヴェはカイの隣に座った。
二人分の体重を乗せて、ベッドのスプリングが揺れる。
「お前ら、夢魔のゲームで遊んでどうする気だ」
「遊ぶんじゃねえよ。犯人捜しだ。先生にも話してあるぜ」
真剣な表情で瞬き一つせずに、ノクスを真っ直ぐ見つめた。
コインを握りしめていた手から力を抜くノクス。
「……はぁ」
ひょいっと投げるようにコインを返すと、カイの口は弧を描く。
ルカがノクスの横から不安げに顔を覗かせた。
「俺は感心しない」
「素直に心配してるって言ってよ」
「……心配などしない」
ノクスとアルヴェのやり取りに、ルカが目を丸くした。
「心配しないんですか?」
「——ああ、そんなことはこいつらには無意味だ」
その声は、妙に落ち着いていた。




