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2ー4

 軽いノック音が部屋に響く。

 イシュレイは顔を上げた。


「どうぞ」

「先生〜!」


 顔を覗かせたのは、アルヴェ。

 その後ろにはカイの姿も見える。

 職員室とは別の、イシュレイ専用のラボ。

 本棚に収まりきらなかった本が、床に積まれている。


「今日はどんな悪戯をしにきたんだい?」

「まさか、毎日悪戯をしているわけじゃないですよ」


 アルヴェが答える。

 二人を招き入れ、イシュレイは椅子に深く腰掛けた。


「なぁ、今日の授業で寝たままの生徒は大丈夫だったのか?」


 いきなり本題から入るカイ。

 イシュレイは二人が何をしに来たのかお見通しなのか、大して驚きもせず、机に視線を落とした。


「今は医務室のベッドで寝てもらっているよ」


 笑顔のまま、表情は動かない。


「で、どこまで話を聞いたんだい?」

「聞いてないから尋ねに来たんだよ」

「私としては、これ以上、問題を大きくされると困るなぁ」


 イシュレイは頬杖をついて、カイを見つめる。

 思わず目線を逸らし、頬を掻いた。


「昏睡状態ですか?」


 割り込むように、アルヴェが質問を重ねる。


「いいや、本当に寝ているだけ。……この場合、考えうる原因は?」


 授業のようなやり取り。

 起きない、昏睡ではない、だけでは判断がつかない。

 しかし、二人は夢の中のゲームという情報を握っていた。

 勢いよくカイが手を上げる。


「夢魔か、東の方の霊獣——貘!」


 アルヴェは額に手を当てる。


「バカ……」

「ッ! なんでだよ!」


 カイは大きく目を見開いて、慌てた。


「ふうん、勤勉で嬉しい限りだよ」


 夢魔と貘の共通点は、夢——つまり、


「やっぱり、二人ともナイトレイドの話を聞いたんだね」

「うぐっ」


 カイが息を詰まらせた。


「尋問に引っかかるなよ」

「今のは尋問じゃなかっただろ!」

「……」

「あはは、情報を聞き出すのは私のほうが上手のようだね」


 イシュレイは懐から杖を取り出し、軽く振った。

 ガタガタと数冊の本が動き、埋もれていた椅子が姿を現す。

 軽く顎を動かし、座れと促した。

 カイは一瞬、アルヴェを見る。

 アルヴェが大人しく椅子に座ると、カイは諦めたかのように息を吐いて、着席した。

 イシュレイは足を組み直すと、一枚の紙を取り出す。

 二人からはなんと書いているかは読み取れない。


「これはアルヴェへの質問だけど、関わる気があるのかい」

「……」


 イシュレイの質問に、即答できない。

 行き場を失った指先が、落ち着きなく触れ合う。


「——そう」


 無言を肯定と受け取ったのか、イシュレイは頷いた。

 気まずさから、アルヴェは首をさする。


「二人が強いことは知っているよ。ただ、あまり感心はしないな」

「考えなしに、首を突っ込むつもりはありません」


 アルヴェが口を開く。

 ぴくりとイシュレイの眉が、わずかに動いた。


「教師側も、掴めずにいるんでしょ?」

「さあ?」

「ナイトレイドに、先生たちは入れない」

「必ずしも、入る必要はないよ」

「外側から叩きたい。だけど、相手の尻尾が掴めない」


 イシュレイが何かを言おうとして、躊躇う。

 カイは、アルヴェが喋る以上、余計なことは言わない。


「尻尾を掴む手伝いをするだけです」


 アルヴェは悠然と構えた。

 イシュレイの喉が動く。


「いや、駄目だ。君が関わるのは——」


 イシュレイは言葉を切り、机を指先でとん、と鳴らした。

 アルヴェは真っ直ぐ見据え、答えを待つ。

 思案するように指先が何度か机を打つ。


「だが……」


 目元を隠し、迷いを隠そうともしない。

 しばらくして、覚悟を決めたのか、顔を上げる。


「……夢と現実世界の繋がりを切る必要がある」

「繋がり?」


 カイが反復する。

 イシュレイは徐ろに引き出しを開けると、コインを取り出す。

 それを投げて、カイに渡した。

 細かな装飾に、ギラギラと輝く金色。

 見た目だけはやたら豪華なそれを、指先で弾くとカラン、と軽い音が鳴る。


「んー? おもちゃか?」

「メッキだよ。そして、ゲームへの招待状でもあるらしい」


 一通り確かめて、アルヴェに渡す。

 アルヴェはコインをかざし、まじまじと見つめた。


「招待客に届く。本人の枕の下にね」


 聞くところによれば、とある生徒の枕元に、いつの間にかあったらしい。

 知らずに寝れば、もれなくゲームの世界へダイブするとイシュレイは語った。


「残念なことに、私自身で試してみたが、何も起こらなかった」

「招待された本人じゃなきゃダメってことか?」

「あるいは、子供だけなのか」


 カイとアルヴェは顔を見合わせる。

 ここに来た時点で、何かしら関わる覚悟は出来ている。

 アルヴェは、まだ迷いの残るイシュレイの背中を押すように、口を開いた。


「——つまり、ゲームを終わらせたらいいんですね?」

「ゲーム攻略? 楽しそうじゃん」


 軽口を叩くカイに、イシュレイは思わず眉間に皺を寄せる。


「君たちが、ゲームの世界に入ることになる」

「分かってるよ、先生」

「いーや、分かってない。ゲームを終わらせても、相手方が新たなゲームを作ればイタチごっこさ」

「ゲームを終わらせる役と、犯人を追う役を同時に動かすってことか」


 カイがたどり着いた答えに、イシュレイは頷く。

 最低でも二人、欲を言えばもっと大人数での参加になる。

 そうなれば犠牲者も増えることは明白だ。


「先生が、ゲーム参加を許してくれるなら……」


 アルヴェが口を開く。


「鼻の利く犬を派遣させますよ」


 まるで選択肢を与えるかのような物言いに、イシュレイは椅子にもたれかかった。


「だから、君が関わるのは嫌なんだ。お互い、後々後悔するぞ……」

「そこは、先生も頑張ってくださいよ」


 アルヴェが立ち上がり、机にコインを置く。


「セリウスにバレたら、なんて言われるかなぁ」


 これ以上、イシュレイから反対の言葉は出ない。

 ——取引は成立した。

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