2ー3
授業は淡々と続く。
体を思いっきり動かした後の授業は眠く、刻読みの授業では欠伸をする生徒が多かった。
それもそうだ。刻読みの授業は、ただでさえ眠たくなるのだ。
担当のイシュレイは、盆に溜まった水に手をかざす。
「3年生の君たちなら分かっていると思うけど、これは積み重なった因果と兆しから、未来を予測するものだよ」
盆の上にうっすらと魔法陣が浮かんだ。
それは水面に映るが、わずかに歪み、完全な対称ではない。
「盆の上だけ見ないように。流れは外にもある。自分が昨日見た夢の中にもね」
ふつふつと水面が揺れる。触れ方ひとつで波は別物へと変化する。
その波の大きさや動きを見て、自分の状況を整理するなど退屈以外の何物でも無い。
「オドだけでは駄目。マナも混ざるように、ゆっくりと」
アルヴェは、教科書で口元を隠して欠伸をかみ殺す。
その横で、カイはアルヴェが寝ないように、服の袖をつついた。
イシュレイは、教室を見渡して「ふむ……」と考えるそぶりをした。
「おねむの子が多いねえ。セリウスの授業を受けた子たちかな?」
数人の生徒が、ぴくっと動いた。
イシュレイは、すらりと懐から杖を取り出す。優しく微笑むと、その杖の先を窓に向けた。
それに気がついた生徒たちは、萎縮する。
「さーて、起きてもらおうかな」
杖の先で小さく弧を描く。
すると、教室の窓がすべて開き、一気に冷たい風が吹き込んできた。
「うわっ」
「さっぶい!」
「先生! やめろよー!」
先ほどまで静かだった生徒たちが、ワーワーと騒ぎ立てる。
アルヴェは無言で眉を寄せた。
机に伏せていた生徒たちも顔を上げて、「先生! ごめんー!」と謝り始める。
「よしよし、みんな起きたかなっと」
イシュレイはニコニコと杖を仕舞おうとした。
「まって、先生!」
一人の生徒が手を上げる。
教室の目線が一斉にそこへ集まった。
「んー? どうしたの?」
ゆったりとイシュレイは生徒を見て、その目線を横へと流す。
そして、ふっと息を止めた。
「――どうしたの?」
今度は少し言葉を強める。
急ぎ足で、手を上げた生徒の横、まだ寝たままの生徒の元へ駆け寄った。
「こいつ、起きないッス」
イシュレイが生徒の肩を揺らし、呼びかける。
その表情から笑顔は消えていた。
一瞬で、教室の空気が一段下がる。
遠巻きに見守る中、カイはアルヴェに耳打ちをした。
「あれって」
「うん……」
ここからでは、普通に居眠りしているようにしか見えない。
ただし、机から手は落ちだらりと垂れ下がっている様子から、気絶のようにも見えた。
イシュレイの手が、止まる。すっと口を結び、黙り込んだ。
教室のざわめきの中心で、そこだけが切り取られたように静かになる。
カイはチラリとアルヴェを見る。
瞬きもせず、じぃっと観察している様子から、同じ事を思い浮かべているだろうと予測を立てた。
「ギウロじゃないね」
「ああ、違う」
カイの記憶が確かなら、ギウロは白いシャツ――平民の出の者だ。
だが、教室で未だ眠る生徒は貴族。
ギウロの「流行っている」という言葉がよみがえる。
「悪いけど、授業はここまでにしようか」
イシュレイは教室の空気を切り替えるように、パンッと手を鳴らし授業を切り上げた。
生徒たちが、黙る。
皆、不安げな表情を浮かべていた。
イシュレイは眉をさげ、頬を指で掻く。
「大丈夫、心配しないで」
いつもの優しげな声に、誰かが安堵の声を漏らす。
「イシュレイ先生、じゃあ次の授業まで休憩でいいの?」
「うん、ごめんねえ」
生徒たちは、互いに様子をうかがいつつも、教科書をまとめた。
「俺たちも、行くか」
「そうだね」
カイとアルヴェも他の生徒の波に紛れ、教室を後にした。
廊下で窓際に立ち、カイはアルヴェに話しかける。
「ギウロって俺たちと同じ3年生だろ」
「うん。受けてる授業が違うみたいだね。教室には居なかった」
アルヴェは、状況を整理する。
「ギウロが言うには、自分の意思で起きられるって言ってたよな」
カイの言葉にアルヴェは目を細める。
「眠ったままの奴が、ギウロの言うゲームに参加しているならね」
「ギウロに話を聞けば分かるだろ」
「……」
会話が止まる。
情報が少なくて、方向性を話し合えない。
カイは体重を預けていた壁から離れると、アルヴェと向き合った。
「とりあえず、探すか」
カイの結論に、アルヴェは頷いた。
そして、ギウロを探そうとした瞬間、――一人の生徒が、二人に声をかけた。
「あの……」
アルヴェは振り向き、目線を下げる。
オドオドと怯えた様子のエヴァンが立っていた。
「あぁ、エヴァンか」
カイがアルヴェの背中から顔をのぞかせる。
それだけで、びくりとエヴァンの肩が跳ねた。
「あっ、あっ、ありがとうございました」
エヴァンが勢いよく頭を下げると、アルヴェの足が半歩下がった。
「えぇと、うん?」
「あの、お二人のおかげで、あの先輩……謹慎になったみたいで。今は実家に帰ってるんですけど、あの」
要領を得ない言葉に、アルヴェは目をそらした。
断片的な言葉から察する。エヴァンの部屋から、少なくともあの男はいなくなったのだ。
謹慎の期間は分からない。だが、自主退学するだろうなと、アルヴェは当たりをつける。
「別に、それは学院側が決めた判断だから。俺にお礼を言われても困るよ」
「そー、そー」
エヴァンに若干引き気味のアルヴェ。その二人の間に入るようにカイが身を乗り出した。
「でも、お二人が動いてくれたおかげで助かったんです。ルカ君も、本当に、本当に優しくて」
エヴァンが顔を上げ、力説する。
「そもそも、あの先輩……、数ヶ月前から寝不足みたいで、その頃から焦ってたみたいなんです」
ピクリと、カイの指が動いた。
エヴァンはそれに気がつかない。めがねを曇らせ、淡々と続ける。
「ナイトレイドって、ご存じですか? アレにはまってから、勉強する時間を削って寝てばかりだったんですよ」
カイの喉がゴクリと動く。
その肩を、アルヴェは手で引いた。
しかし、カイはその手を振りほどいて、エヴァンの腕を掴む。「ぎゃっ」と、エヴァンが小さな悲鳴を上げた。
「それって、お前もしてんの?」
「しししししてないですよ!」
「してねぇのかよ」
ガクリと肩を下げるカイ。
「だって怖いでしょう。夢の中でゲームなんて!」
臆病なエヴァンらしい。
だが、アルヴェは疑い深く、エヴァンを観察する。
「先生たちには伝えた?」
「もちろん! 先生に伝えました。けど、無理ですよ」
カイはきょとんと目を丸くする。
「なんでだ?」
「あなたは、先生から悪戯をやめろと説教されて、やめますか?」
エヴァンの言葉に、カイは息を詰まらせる。
――やめるわけが無い。面白いのだから。
そこまで考えて、はたと止まった。
「でも足取りがつかめれば、なんとかするでしょ?」
アルヴェが続け問い詰める。
「それも、無理ですよ。ナイトレイドは招待制。誰も、先生たちを招待するわけがない」
「たしかに、そうだな」
自分たちの秘密基地のような場所、そこに否定的な大人を招き入れる訳がない。
そして、自制心が弱く危険を感知できずに続けるのであれば――。
アルヴェは眉を寄せたまま、否定しなかった。
「実は誘われる予定、あるんだよね。俺たち」
アルヴェの言葉にエヴァンはブルブルと顔を横に振った。
「やめておいた方がいいですよ! ろくな目に遭いませんから。ハマって起きられない人が出てきているって噂ですよ!」
エヴァンの言葉が、廊下に落ちる。
カイは、口の端をつり上げた。




