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18/27

2ー3

 授業は淡々と続く。

 体を思いっきり動かした後の授業は眠く、刻読みの授業では欠伸をする生徒が多かった。

 それもそうだ。刻読みの授業は、ただでさえ眠たくなるのだ。

 担当のイシュレイは、盆に溜まった水に手をかざす。


「3年生の君たちなら分かっていると思うけど、これは積み重なった因果と兆しから、未来を予測するものだよ」


 盆の上にうっすらと魔法陣が浮かんだ。

 それは水面に映るが、わずかに歪み、完全な対称ではない。

 

「盆の上だけ見ないように。流れは外にもある。自分が昨日見た夢の中にもね」


 ふつふつと水面が揺れる。触れ方ひとつで波は別物へと変化する。

 その波の大きさや動きを見て、自分の状況を整理するなど退屈以外の何物でも無い。


「オドだけでは駄目。マナも混ざるように、ゆっくりと」

 

 アルヴェは、教科書で口元を隠して欠伸をかみ殺す。

 その横で、カイはアルヴェが寝ないように、服の袖をつついた。

 イシュレイは、教室を見渡して「ふむ……」と考えるそぶりをした。


「おねむの子が多いねえ。セリウスの授業を受けた子たちかな?」


 数人の生徒が、ぴくっと動いた。

 イシュレイは、すらりと懐から杖を取り出す。優しく微笑むと、その杖の先を窓に向けた。

 それに気がついた生徒たちは、萎縮する。


「さーて、起きてもらおうかな」


 杖の先で小さく弧を描く。

 すると、教室の窓がすべて開き、一気に冷たい風が吹き込んできた。


「うわっ」

「さっぶい!」

「先生! やめろよー!」


 先ほどまで静かだった生徒たちが、ワーワーと騒ぎ立てる。

 アルヴェは無言で眉を寄せた。

 机に伏せていた生徒たちも顔を上げて、「先生! ごめんー!」と謝り始める。


「よしよし、みんな起きたかなっと」


 イシュレイはニコニコと杖を仕舞おうとした。


「まって、先生!」


 一人の生徒が手を上げる。

 教室の目線が一斉にそこへ集まった。


「んー? どうしたの?」


 ゆったりとイシュレイは生徒を見て、その目線を横へと流す。

 そして、ふっと息を止めた。


「――どうしたの?」


 今度は少し言葉を強める。

 急ぎ足で、手を上げた生徒の横、まだ寝たままの生徒の元へ駆け寄った。


「こいつ、起きないッス」


 イシュレイが生徒の肩を揺らし、呼びかける。

 その表情から笑顔は消えていた。

 一瞬で、教室の空気が一段下がる。


 遠巻きに見守る中、カイはアルヴェに耳打ちをした。


「あれって」

「うん……」


 ここからでは、普通に居眠りしているようにしか見えない。

 ただし、机から手は落ちだらりと垂れ下がっている様子から、気絶のようにも見えた。

 イシュレイの手が、止まる。すっと口を結び、黙り込んだ。

 教室のざわめきの中心で、そこだけが切り取られたように静かになる。

 カイはチラリとアルヴェを見る。

 瞬きもせず、じぃっと観察している様子から、同じ事を思い浮かべているだろうと予測を立てた。


「ギウロじゃないね」

「ああ、違う」


 カイの記憶が確かなら、ギウロは白いシャツ――平民の出の者だ。

 だが、教室で未だ眠る生徒は貴族。

 ギウロの「流行っている」という言葉がよみがえる。


「悪いけど、授業はここまでにしようか」


 イシュレイは教室の空気を切り替えるように、パンッと手を鳴らし授業を切り上げた。

 生徒たちが、黙る。

 皆、不安げな表情を浮かべていた。

 イシュレイは眉をさげ、頬を指で掻く。


「大丈夫、心配しないで」


 いつもの優しげな声に、誰かが安堵の声を漏らす。


「イシュレイ先生、じゃあ次の授業まで休憩でいいの?」

「うん、ごめんねえ」


 生徒たちは、互いに様子をうかがいつつも、教科書をまとめた。


「俺たちも、行くか」

「そうだね」


 カイとアルヴェも他の生徒の波に紛れ、教室を後にした。



 


 廊下で窓際に立ち、カイはアルヴェに話しかける。


「ギウロって俺たちと同じ3年生だろ」

「うん。受けてる授業が違うみたいだね。教室には居なかった」


 アルヴェは、状況を整理する。


「ギウロが言うには、自分の意思で起きられるって言ってたよな」


 カイの言葉にアルヴェは目を細める。


「眠ったままの奴が、ギウロの言うゲームに参加しているならね」

「ギウロに話を聞けば分かるだろ」

「……」


 会話が止まる。

 情報が少なくて、方向性を話し合えない。

 カイは体重を預けていた壁から離れると、アルヴェと向き合った。


「とりあえず、探すか」


 カイの結論に、アルヴェは頷いた。

 そして、ギウロを探そうとした瞬間、――一人の生徒が、二人に声をかけた。


「あの……」


 アルヴェは振り向き、目線を下げる。

 オドオドと怯えた様子のエヴァンが立っていた。


「あぁ、エヴァンか」


 カイがアルヴェの背中から顔をのぞかせる。

 それだけで、びくりとエヴァンの肩が跳ねた。


「あっ、あっ、ありがとうございました」


 エヴァンが勢いよく頭を下げると、アルヴェの足が半歩下がった。


「えぇと、うん?」

「あの、お二人のおかげで、あの先輩……謹慎になったみたいで。今は実家に帰ってるんですけど、あの」


 要領を得ない言葉に、アルヴェは目をそらした。

 断片的な言葉から察する。エヴァンの部屋から、少なくともあの男はいなくなったのだ。

 謹慎の期間は分からない。だが、自主退学するだろうなと、アルヴェは当たりをつける。


「別に、それは学院側が決めた判断だから。俺にお礼を言われても困るよ」

「そー、そー」


 エヴァンに若干引き気味のアルヴェ。その二人の間に入るようにカイが身を乗り出した。


「でも、お二人が動いてくれたおかげで助かったんです。ルカ君も、本当に、本当に優しくて」


 エヴァンが顔を上げ、力説する。


「そもそも、あの先輩……、数ヶ月前から寝不足みたいで、その頃から焦ってたみたいなんです」


 ピクリと、カイの指が動いた。

 エヴァンはそれに気がつかない。めがねを曇らせ、淡々と続ける。


「ナイトレイドって、ご存じですか? アレにはまってから、勉強する時間を削って寝てばかりだったんですよ」


 カイの喉がゴクリと動く。

 その肩を、アルヴェは手で引いた。

 しかし、カイはその手を振りほどいて、エヴァンの腕を掴む。「ぎゃっ」と、エヴァンが小さな悲鳴を上げた。


「それって、お前もしてんの?」

「しししししてないですよ!」

「してねぇのかよ」


 ガクリと肩を下げるカイ。


「だって怖いでしょう。夢の中でゲームなんて!」


 臆病なエヴァンらしい。

 だが、アルヴェは疑い深く、エヴァンを観察する。


「先生たちには伝えた?」

「もちろん! 先生に伝えました。けど、無理ですよ」


 カイはきょとんと目を丸くする。


「なんでだ?」

「あなたは、先生から悪戯をやめろと説教されて、やめますか?」


 エヴァンの言葉に、カイは息を詰まらせる。

 ――やめるわけが無い。面白いのだから。

 そこまで考えて、はたと止まった。


「でも足取りがつかめれば、なんとかするでしょ?」


 アルヴェが続け問い詰める。


「それも、無理ですよ。ナイトレイドは招待制。誰も、先生たちを招待するわけがない」

「たしかに、そうだな」


 自分たちの秘密基地のような場所、そこに否定的な大人を招き入れる訳がない。

 そして、自制心が弱く危険を感知できずに続けるのであれば――。

 アルヴェは眉を寄せたまま、否定しなかった。


「実は誘われる予定、あるんだよね。俺たち」


 アルヴェの言葉にエヴァンはブルブルと顔を横に振った。


「やめておいた方がいいですよ! ろくな目に遭いませんから。ハマって起きられない人が出てきているって噂ですよ!」


 エヴァンの言葉が、廊下に落ちる。

 カイは、口の端をつり上げた。

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