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2ー2

「それでは、最後に」


 セリウスは、カイの方を見る。

 アルヴェはカイの後ろに屈みこみ、じっと身を潜めた。

 セリウスは睨みを利かせる。

 ゾクリ……、とアルヴェの背中を寒気が通る。


「アシュラド、そしてアルヴェに頼もうか」


 カイは諦めろと、アルヴェを肘で小突いた。


「自業自得だろ」

「代償がデカすぎ」

 

 観念して、アルヴェは前へと出る。

 さすがに授業に出ておきながら、模擬戦に参加しない訳にもいかない。

 はぁ、とため息をついて、表情を作る。そこには、先ほどまでの緩んだものはない。


「さすがだな」


 切り替えの早さに、カイは感心した。

 

 アルヴェと対峙するように、褐色肌の男が前に立った。

 黒髪に赤いメッシュを入れ見た目が派手な彼は、アルヴェよりもかなり大きい。

 アルヴェは小柄ではない。カイよりも背は高いが、顔立ちと線の細さから小さく見える。

 対して、アシュラドは異国から、この国の魔術を学びに来た王子だ。

 ルシアンと違い、第四王子の彼は王位継承争いに興味がないのか、気さくで兄貴肌――。

 戦闘を好む彼は、魔術師というより戦士のような体格だ。

 だが、その目にはそこはかとなく、野心が滲んでいる。

 アルヴェはなんとなく、この男が苦手だった。


「よっ、ルシアンの従者」


 ニカッと笑いかけるアシュラドに、アルヴェは冷めた目で答える。

 口だけは弧を描き、笑顔を作る。

 アシュラドは顎をさすると、言い直した。


「アルヴェ――、宜しく頼む」


 声のトーンが1つ下がる。

 アルヴェは眉1つ動かさず、口を開いた。


「はい、アシュラド殿下。宜しくお願いします」


 律儀に、返事をする。

 アシュラドはゆらりと剣を構えた。


「始めっ」


 セリウスの合図に、アシュラドはアルヴェに詰め寄る。

 そのまま、ガツンと剣を振り下ろした。


「うっ」


 アルヴェはそれを剣で受け止める。

 真剣ほどではない。

 だが、アシュラドの一撃は重く、一つ一つが腕に響く。


(真面目に、受けてられるかッ)


 アルヴェの足が沈む。

 ジリジリと押され、足の軸がズレる。

 咄嗟に足の裏へと魔力を集中し、固定するアルヴェ。

 アシュラドは全身の体重を剣にかける。ニィっと口元が弧を描くのが目に入り、アルヴェは顔をしかめた。

 ぐっと体を横にずらし、剣をスライドさせる。

 一気に後ろに飛び跳ね距離をとるが、アシュラドは粘り強く追いかけてくる。


(多分、上腕に強化魔法。俺について来るなら、行動予測?)


 とんっと軽い音を立て、大きく飛び跳ねるアルヴェ。

 豪速で刃が振り下ろされ、顔の真横を風が切った。


(来るッ)


 刃を防ぐべく、剣を盾にし受け止める。

 ジンっと衝撃が手のひらから足へ伝わる。

 何度も振り下ろされる剣を、アルヴェは受け流すしかなかった。

 額に汗が滲んでくる。アシュラドとの対戦はいつもこうだ。

 だからアルヴェは「高カロリー」と比喩し、アシュラドを嫌がるのだ。


 その様子を、カイはぼーっと眺めていた。

 筋力でアシュラドの右に出る者はいない。ならばアルヴェは、何度も剣を受けることは出来ない。

 逃げに徹するアルヴェだが、カイは知っている――。アルヴェが負けず嫌いということを。


「ッオラァ!」


 アシュラドの重い一撃。だが、真っ正面から来られれば、避けるのはたやすい。

 アルヴェは、片手から力を抜き、剣を受け流すふりをした。


 ガツンっと、音が響く。

 と、同時に体をひねり、アシュラドの手首に自身の剣をたたき込む。


「ッは」


 アシュラドの拳が緩み、握っていた剣が飛ばされる。

 アルヴェは、アシュラドに体をぶつけると、そのまま体重をかけ馬乗りになった。


「こうやって見上げると、剣士というより暗殺者だな」

「どーも」


 アシュラドの腕に、自身の足を乗せ、床へと固定する。

 完全に動けなくなったアシュラドは、それでも余裕の表情で軽口を叩いた。

 それを、適当に受け流す。

 剣の柄を持ち替え、アルヴェは首を狙った――、が。

 ぼろっと剣が、木屑になっていく。


「は?」

 

 そういえば、カイがルシアンと対峙したと言っていた。

 その剣を借りて、何度もアシュラドの攻撃を受けた剣は、衝撃に耐えきれず崩れていく。

 アルヴェの目線が、相手の首から剣へと流れる。

 流石に予想外だ。

 アシュラドは、その瞬間を逃さない。

 ――アルヴェの視界が反転。

 アシュラドは力ずくで体を起こし、アルヴェを組み敷いた。腕を固定し、ぐっと体を寄せる。

 体全体を乗せれば、アルヴェは体格差から身動きがとれない。

 アシュラドの髪が、ぱさりとアルヴェの髪に絡む。

 アシュラドの赤い眼が、目の前にあった。


「くそっ」


 じわりと焦りが生まれる。抜けだそうと、体を捩るアルヴェ。

 腕にアシュラドの指が食い込み、鈍い痛みが走り熱を持つ。

 その様子をみて、アシュラドは笑った。


「こっちだって、剣に手が届かねえよ」


 ――硬直状態。

 状況を打破したのは、セリウスの号令だった。


「そこまで」


 アルヴェの上に乗っていた体重が無くなる。

 力を抜き、乱れた呼吸を直すアルヴェ。

 一方のアシュラドは、いまだ跨ったまま、アルヴェを見下ろす。

 じりじりと体を品定めされているようで、気持ち悪い。


「早く退いてもらえます?」

「へー、へー」

 

 アシュラドとアルヴェは体を起こし、互いの顔を見る。

 試合は終わったというのに、好戦的な目だ。


「先生、これは俺の勝ちでいいの?」


 目線はアルヴェに向けたまま、アシュラドが言う。

 セリウスは、目を伏せた。


「木製でなければ、お前の首は飛んでいただろうよ」

「残念」


 どちらが勝者か明言はしない発言。

 セリウスからすれば、勝敗よりも『どう戦ったか』を評価しているのだろう。

 アシュラドは肩をすくめる。

 だが、その表情は満足げだ。

 対して、アルヴェは額に張り付いた髪を、そっとかき上げる。指先がじんじんと痺れていることに気がつき、手のひらを見つめた。

 思ったより、追い詰められたらしい。

 面白くないと、舌打ちをした。

 評価や勝敗よりも、寝起きにアシュラドの相手をしたくなかった。


 ギャラリーは、最後の試合に息を飲む。

 カイはその中で、自慢げに目を閉じた。


「何、楽しそうなの」


 試合を終え戻ってきたアルヴェは、カイの表情に不満を漏らす。


「ん? アルヴェが強くて面白いなって思ってんの」


 カイはタオルを投げてよこす。

 アルヴェは素直に受け取ると、顔を拭った。


「俺は、面白くないね。王子様の相手はいろんな意味で疲れるよ」

「それは同意だ」


 カイはクツクツと喉の奥で笑った。

 その様子に、アルヴェは少しだけ気を持ち直す。


「ねぇ、カイ」


 アルヴェの細い指が、カイの胸に伸びる。

 つぅっと胸を撫でられ、カイの心臓が跳ねた。

 胸の奥がじわりと熱を持つ。

 アルヴェの手を払いのけ、自分の胸を掴んだ。

 タオルの隙間から首筋が見える。珍しく汗を滲ませるアルヴェから、目が離せない。


「何?」

「殿下との試合。カイが負けたでしょう?」


 アルヴェの口元が意地悪くゆがむ。

 低く囁くように言うアルヴェに、カイはムッと唇をとがらせた。


「なんで」

「カイだったら、勝ったら自慢してくるだろ」


 お見通しだと、アルヴェの顔が近づく。――視線がぶつかる。

 痛いところを突かれ、カイは無理矢理視線をそらした。




 一人、遅れた生徒が入って来る。

 アシュラドとアルヴェの試合が最後の締めだったのだから、完全に授業を逃した。

 生徒は、ガクリとその場で跪く。

 セリウスは生徒のもとに歩いて、少し話をする。


 カイとアルヴェの距離からは聞こえないが、生徒の様子を見るに、厳しいことを言われているのは明白だった。

 カイはそっとアルヴェに耳打ちする。


「お前もあと少しで、ああなってたぞ」


 耳打ちで近づいてきたカイの頭に、アルヴェはごつんと持たれかかる。


「いでっ!」


 カイが大袈裟に痛がれば、アルヴェはふふんと鼻を鳴らした。

 

 セリウスが魔術演習場を去ると、授業を逃した生徒はへにゃりと潰れる。


「おーい、大丈夫かー?」


 カイが大声で声をかけると、少年はガバッと顔を上げる。


「大丈夫じゃなぁぁい〜」


 遠巻きに見る生徒から、笑いが起こった。

 カイは声をかけた手前、見放すこともできない。少年の元へ歩いて手を差し伸べると、少年は顔を明るくした。


「あっ、ありがとう」


 そばかすの少年が、体を起こす。

 カイはその顔に覚えがあった。


「あれ? お前、この前の審判じゃん」


 不躾に指を差す。そばかすの少年は照れくさそうに笑った。

 そこへアルヴェもやって来る。

 カイとは違い、アルヴェは相手の顔に心当たりが無い。


「カイの知り合い?」

「アルヴェの決闘の審判をしてくれたヤツだよ」


 アルヴェは記憶を辿る。直近の決闘といえば、中庭でのいざこざだ。

 たしか、あの時は相手の男が、ギャラリーから適当に選んでいた。


「あー?」


 ようやく思い出す。ぽんっと手を打ち、改めてそばかすの少年を、まじまじと見た。


「へへへ、俺はギウロ。ギウロ・ハーゼル」

「おう、俺はカイ。で、こっちは――」

「あああ、2人のことは知ってるよ」


 ギウロは鼻の下を指で擦る。

 カイとアルヴェは良くも悪くも有名人の為、知る人物も多い。


「まあ、審判してくれたしね。ところで、あの時と雰囲気が違うから分からなかったよ」


 アルヴェはギウロの目の下を指差した。

 目の下には大きな隈が出来ていて、何処か顔色も良く無い。

 アルヴェが気がつかなかったのは、明らかな人相の違いからだ。


「んあ、……あはは。寝不足というか、いや、寝てばかりなんだけどね?」


 ギウロは頭を掻く。茶色の髪が、どんどんとボサボサになっていく。

 アルヴェとカイは、ギウロの様子に首を傾げた。

 すると、ギウロは声のボリュームを下げて、2人だけに聞こえるように一言……。


「夢の中のゲームにハマってるんだ」


 軽い気持ちで、口にした。

 夢の中のゲームと言われ、カイは訝しむ。


「おい、それって……危ねぇんじゃねーの?」

「いやいやいや、自分の好きなタイミングで起きれるよ。結構流行ってるんだ」


 慌てて手を振るギウロ。

 だが、ギウロの顔色を見て、安全だとは思えない。

 反論しようとしたカイの服の裾を、アルヴェは軽く引っ張った。

 カイはハッとアルヴェの顔を見る。

 アルヴェは人好きのする笑顔で、ギウロに囁いた。

 

「へぇ……。どんなゲーム?」

「アルヴェさん! 興味ある?」


 ギウロが食いつく。

 目の奥が怪しく輝き、思わずカイは身を引いた。


「ナイトレイドって言う対戦ゲームなんだけど、スッゲェ簡単に大魔術とか使えて、爽快感やばいんだよー」

「簡単に?」


 ありえない。それが事実なら、あってはならない。

 魔術の習得が簡単ならば、勉強など必要ない。

 ギウロはさも当たり前のように、喋り続ける。

 その顔は、爽快感という言葉とは程遠い。

 奇妙なものを見るような目で、アルヴェはギウロを見つめた。


「あ! 夢の中だけだけどね! 良ければ、2人も誘うから!」


 ゲームをする方向で話を進めるギウロに、カイが口を開こうとしたその時――、チャイムの鐘が鳴り響く。

 カイは話の腰を折られ、口をつぐんだ。


「朝食の時間だね! じゃあ、今度はゲームで!」


 ギウロは調子良く、2人に挨拶をすると魔術演習場を足早に出ていく。

 周りの生徒も一様に出ていく中、カイはアルヴェをジトっと見た。


「ぜってーヤバいだろ」

「ヤバいから無理して止めたら、何にも話を聞けなくなるだろ」


 アルヴェはカイを置いて歩き出す。

 冷たかった朝の空気は、いつの間にか消えている。


「どーすんだよ」

「とりあえずシャワーかな」


 汗で張り付いた服が気持ち悪いと、アルヴェは溢した。

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