表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/17

2-1 夢現の世界へようこそ

 早朝、珍しくカイが一番に起きた。

 いつもなら、この部屋で一番の早起きはルカなのだが、今日は違う。

 まだ太陽が昇らぬ時間、カイは瞼をこすりながら体を起こす。

 そっとベッドのカーテンを開けて、部屋を見渡す。

 しんと、静まり返った部屋に、カイの欠伸だけが響いた。


「アルヴェ、起きれるか?」


 相方のベッドへ、そっと声をかける。他の二人を起こさないように、静かに。

 アルヴェのカーテンに手をかければ、ひらりと開いた。流石に今日は魔術で動かないようにはしていないらしい。


「アルヴェ」


 もう一度、声をかける。


「起きろー」


 浅く閉じた目が微かに動いた。

 カイは、アルヴェの肩に手を伸ばす。

 少し揺らせば、細く長い指がカイの手首に絡んだ。

 その白さに、どきりとする。

 

「…………分かってる。先に行ってて」

「遅刻するぞ?」

「ん……」


 アルヴェはやんわりと目を開ける。

 だが、まだ体を起こすまではいかないようだ。

 カイは肩を落とし、自分の準備へ取り掛かる。

 アルヴェのことだ。時間ギリギリには来るだろう。

 内心、まだ温かいベッドで眠るアルヴェを羨ましく思う。

 カイは一足先に、いつもの制服よりも動きやすい服へと袖を通した。




 魔術演習場には、既に教師のセリウスと、数人の生徒が集まっていた。

 頬を撫でる空気はまだ冷たく、窓から入る陽の光は薄暗い。

 人が集まり始めたからか、天井のライトがジワリと灯る。

 カイは改めて、演習場を見渡した。

 カイとアルヴェが専攻している授業に、戦闘魔術がある。

 『怪我をしない為の授業』とは一つ違う、本格的な授業。

 真剣に取り組む生徒ばかりで、みな一様に準備運動をしたり、模擬戦の剣を確認していた。


「今日は木製の剣を使う」


 セリウスはカイに剣を渡す。切れ長の目が、ギラリと光った。


「くれぐれも、悪戯は控えるように」

「先生、もうしないって」


 前にした悪戯の指摘。ほんの少し、仕込みをして木製の剣をオモチャのようにしたことがあるのだ。

 ゴムみたく柔らかい剣は、叩けば弾み、痛くはない。

 怪我はしない。怪我はしないが、授業の意味がないと盛大に怒られた。

 なによりセリウスの頭を悩ませたのは、そんな剣でも良い戦いをする者が数名――、その中にアルヴェとカイがいた事だ。

 特にカイの運動神経は抜群で、スピードや威力を見ても申し分ない。


「道具の使い易さで、どうせ左右されないし」


 カイの軽口に、セリウスは黙る。カイの実力ならば、まったくもってその通りだ。

 だが、カイにはいつも困らせられている。

 セリウスは目を細めた。


「ふむ。ならば、ルシアンの相手を頼もうか」

「うげっ」


 セリウスの口が弧を描く。

 この授業で、当たると嫌がられる人物は主に2人。

 ルシアンと、アシュラド。2人の共通点は、成績上位者で寮長――、そして一国の王子なのだ。


「めんどくせぇ」


 素直に口にする。朝から相手にするには骨がありすぎる相手だ。

 対して、カイは戦闘のセンスはあるものの、習い始めたのは学院に入ってから。ルシアンのように幼少期から教育を受けてはいない。

 そこには平民としての格差があった。


「とりあえず、来た生徒から始めよう」


 セリウスはリストに目を通す。

 長い指で概要の文字を撫で、口を開く。


「本日は一年生も参加する事から、身体強化の魔術のみ。木製の剣を使用。武器への魔術付与は禁止とする」


 そして、横に立つカイをチラリと見て、皮肉たっぷりに言った。


「まずは、見本を見せてもらおうか。ルシアン、カイ――前へ」


 遠巻きに見る生徒たちが、「自分が当たらなくて良かった」と、安堵の声を漏らす。

 カイは、恨めしくそれらを睨むと、前に出た。

 それに合わせ、ルシアンも前に出る。

 向き合って立てば、ルシアンの凛とした姿勢に、周囲の空気が引き締まる。

 ルシアンはカイの顔を見て、「ああ……」と、何かに気がついたようだ。

 ――何処かで見た顔だ、という程度の声色。


(なんだよ、アルヴェ以外、見てないってか)


 常にアルヴェの隣にいるのは自分だ。なのに、この男の認識はその程度なのだと、自覚して毒吐く。

 2人、構えれば、セリウスが手を挙げた。


「始めッ」


 先に動いたのはカイの方――、強く足を踏み出し一気に相手との距離を詰める。

 ヒュッと、踏み込んだ足に風が鳴った。

 相手との身長差は、ほんの手のひら一つ分ほど、見上げる高さだ。

 身を屈め、相手の懐に入り込む。


「もらったッ」


 カイはニヤリと笑い、容赦なくルシアンの首筋を狙った。

 剣と剣が当たり、カツンと高い音が響く。

 ――軽い。

 剣先を弾かれ、咄嗟に身を引いた。

 カイの耳元を鋭い一撃が通り抜ける。

 ルシアンの足元を見れば、相手は一歩も動いていない。

 カイの瞳孔が大きく開く。


「ヨユーかよ!」

「そうでもないけど」


 先ほどよりさらに深く屈み、ルシアンに切り込む。

 一歩も動かずに、終わらせられては面白くない。

 ふくらはぎに全力で叩き込めば、すんでのところでルシアンが飛び退いた。

 すかさずそれを追いかける。

 間髪置かず、もう一発、ヒュッと音を鳴らし木剣が風を切り裂く。

 かすらない、ならばもう一度!


「ッ……オラァ!」


 カイの叩き込みに、ほんの少しルシアンの重心がズレた。

 その隙を見逃さない。

 体を流れる魔力を自分の足に集中させ、速度を上げる。

 今度は、ルシアンの腹へ、渾身の一撃を真っ直ぐに叩き込む。


「ッ、は……!」

「クッ……」


 ルシアンの眉が動いた。

 ガツンと腹に一発――、のつもりがまた剣先がズラされる。

 見れば、ルシアンの剣先が、カイの剣の柄に当てられている。

 だが、横腹は掠った。

 ギャラリーが静寂を切り、声が上がる。

 だが、それを聞く余裕などカイにはない。

 カイは歯を食い縛る。もう一発——、一点集中。

 風を切り、剣を振り下ろす。


(届いたッ!)


 体感にして、コンマ2秒——。

 勝ちという言葉が、カイの脳裏をよぎる。


「な——?」


 ルシアンを仕留めたはずの剣先が、空を切った。

 その瞬間、カイの腹に衝撃が走る。


「がッ……!」


 そのままカイは体勢が崩れ、床に倒れる。

 ルシアンは静かにコツンと軽く、剣先でカイの頭を小突いた。


「そこまで」


 シンとした空気をセリウスが切る。

 ルシアンは、息を整えてから、一瞬……、目線を落とす。

 フッと肩から力を抜き、カイに手を差し伸べた。

 その手を見て、一瞬だけ迷いが生まれる。


「あー、クソッ」


 カイは素直に悪態をついて、伸ばされた手を取った。




 冒頭の模擬戦以外は、常時10組ほどが練習している。

 時間は平均して5分ほど。

 最初に見本として終わったカイは、暇そうに壁に寄りかかった。


「ふぁ~」


 自然と欠伸が出る。

 もう一戦してもよいが、ルシアンとの試合で疲れていた。


「やっほ~」


 悪びれもせず、アルヴェが現れる。

 どう見ても遅刻だったが、この人数なら目立たない。

 カイは、アルヴェを見る。


「おせぇ」

「ベッドが離してくれなくって」

「お前が、ベッドを離せないの間違いだろ」


 ツッコミを入れると、アルヴェは嬉しそうに笑った。


「カイは、もう終わり?」

「ん……」


 持ったままの剣を、アルヴェに渡す。


「今日は、自身への強化魔法のみ。剣には何にもするなよって」


 軽く説明すると、アルヴェは渡された剣をまじまじと見た。


「なぁ、俺……、ルシアン王子と戦ったんだけど」


 ピクリとアルヴェの眉が動く。本当に少しだけ。

 アルヴェは剣から目を離し、目の前で行われる模擬戦を見やる。


「ふうん」


 どこか興味の無い返事。カイは注意深く、アルヴェの表情を見た。


「どっちが勝ったと思う?」


 アルヴェは口元を服の袖で隠すと、目線だけカイによこす。

 一瞬だけ、カイの目を見るが、すぐに目線を前に戻した。


「さぁ」


 公の場では、アルヴェは常にルシアンの斜め後ろへ立っている。

 仕事としての立ち位置。

 今、カイの横にいるアルヴェとは違う表情。

 主と友人が戦ったとして、どう思うのか知りたかったのだが、アルヴェは心の内を明かさない。

 素っ気ない態度が面白くなくて、ちぇ、と軽く口を鳴らした。


「あ、そうだ」


 カイはふと思い出す。

 それからにやっと笑うと、アルヴェが眉をしかめた。


「お前、多分遅かったのばれてるぞ」

「えぇー、なんで」

「もう一人、面倒なのが残ってるから」


 そこまで言うと、アルヴェはさらに眉間に皺を寄せる。

 この模擬戦で、ルシアン以外に面倒な人物を示唆する。

 セリウスは意図的に、その人物を残している。

 そして、ちらちらとカイの様子を気にしていることから、推測する。

 

「朝から、カロリー高すぎでしょ」


 アルヴェは、苦言を口にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ