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2ー13

 アルヴェが復活地点に現れると、周りのプレイヤーたちが騒めいていた。

 先程まで夜の世界にいたが、今度は昼間の街並み。

 眩しさに、目を細める。


「アルヴェさぁん!」


 ギウロが飛びついてきた勢いで、ぐらりと体が倒れた。

 落下死の感覚が未だ消えない。

 ぐわんぐわんと揺れた頭にギウロの声が響いた。

 尻もちをついたアルヴェは、頭を抑える。

 最初に出迎えてくれるのはカイだと思っていたが、予想が外れた。


「アルヴェざぁぁぁん」

「煩い」


 ズビズビと鼻を啜り、涙でぐしゃぐしゃのギウロを慰めることもなく、手で押しやる。

 だが、ギウロはしつこく縋り付いてきた。


「カッコ良かった……カッコ良かったですぅぅ!」


 蹴飛ばしてやろうかと足を引くと、カイが慌ててやって来てギウロを引き離した。


「何してんだよ、ギウロ」

「歴史的瞬間ですよ?!」


 呆れるカイに臆せず、食い気味に答える。

 カイは、アルヴェに手を差し出し、立ち上がらせる。

 身振り手振りで伝えようとするギウロの額に、アルヴェはデコピンをする。


「いでっ!」

「煩い、少し落ち着け!」


 勝利の余韻なんてあったものではない。

 ぐっと口をつぐみ、ぼろぼろと涙を流すギウロ。

 黙ったギウロを見て、アルヴェは寄せた眉を緩めた。


「どう?」

「面白かっただろ」


 アルヴェとカイの問いかけに、深く頷く。

 

「……はい。勝てないと思ってました」


 ギウロは、ゴシゴシと目元を擦る。

 素直な感想が、今の二人には何よりも賞賛だった。


「こいつ、負けず嫌いだから」


 カイがアルヴェを指差す。アルヴェはその指を嫌そうに叩いた。

 二人のやり取りをみて、ギウロはキョトンと瞬きをする。

 それから腕を組んで、妙に納得した面持ちで、言葉を漏らした。


「……やっぱり二人は俺とは違うんだ」

「ギウロ……、それは」


 カイが言いかけた、その時、金切り声を上げながら、アルコルが割って入る。

 他のプレイヤーをかき分けて、ズカズカと詰め寄ってきた。


「ああ、クソヤローが! 信じられない! あんなの無効だ!」


 アルヴェの胸ぐらを掴み、ぐっと自分へ引き寄せる。

 広場の空気が一瞬で、冷えていった。

 憤怒するアルコルに、アルヴェは目を細める。


「言っただろ、ゲームを攻略に来たって」

「攻略? 馬鹿にしやがって! 落下時間を伸ばすなんて不正だ!」

「お前らが組んだゲームシステムだろ」


 アルヴェはアルコルを突き放す。

 それでも食ってかかろうとするアルコルを止めたのは、意外にもミザールだった。


「アルコル、それ以上はやめて。暴言でペナルティになっちゃう」

「でもッ!」

「いいから」


 冷静な声色だが、その目はアルヴェを睨みつけている。


「ゲームの停止……、勝ったとして通ると思ってるの? 誰が望むの?」


 ゲームの停止という発言にギャラリーの騒めきが不安の色で染まる。

 この場で、ゲームの停止を望むプレイヤーがどこに居よう。


「俺が、望んでる」


 まっすぐな目線で、カイはミザールを見た。

 迷いのない顔に、ミザールはぎゅっと手を握りこむ。


「——君たちはこの世界の異物だよ」


 はっきりと、他のプレイヤーの前で、運営側は二人を拒絶した。

 ミザールの指さした先にいる、アルヴェに周囲の視線が集まる。

 困惑、敵意、様々なものが入り交じった声が、周りから漏れ出る。

 アルヴェは、一歩ミザールへ歩みを寄せ、カイとギウロから離れる。

 一瞬、カイが口を開きかけたが、アルヴェはそれを目線だけで黙らせた。


「異物じゃないね。正々堂々、ゲームマスター側が受け入れた、プレイヤーだ」


 自分の立ち位置を明言する。

 野次が息を飲むのが聞こえた。


「そして、このゲームはクリアされた」


 ミザールが歯を食いしばる。

 アルヴェは、大衆を巻き込んで『ゲーム終了』を定義付けようとしている。


「クリアなんて、このゲームにはッ」

「ゲームマスターを倒したんだ。終わりだろ」


 周囲が大きくざわめく。

 ミザールの表情が揺らいだ。

 アルヴェは悪い顔で、笑みを作ると、口元をわざと隠す。


「ここは、プレイヤーの望みを叶える世界。お前らに、勝ったんだ。ルールに従えよ」


 勝者は自分だと、強く出る。

 運営側に、ルールを説こうとするなど、挑発にしても安すぎる。

 しかし、ミザールの言い分を潰すには十分だった。

 ミザールの口が歪む。小さく肩を震わせ、目線を下げた。


「夢魔が欲望を煽って何が悪いの」


 黙っていたアルコルが口を開く。

 その言葉にミザールは顔を上げ、アルコルを見つめる。


「アルコルたちは夢魔。人間の欲を満たして、生命力をもらう。人間だって損はしてないでしょう?」


 アルコルはミザールの手を取り、愛おしそうに抱きしめる。

 ミザールは落ち着きを取り戻し、歪んでいた顔は平常へと戻った。


「詭弁だな」

 

 吐き捨てるアルヴェ。

 アルコルは何がおかしいのか、きゃらきゃらと笑った。


「現実逃避してるだけだ」

「でも、それでも人間どもはアルコルたちに願うもの!」


 騒めきが止む。まるで今まで自分たちが、夢魔に願ってきた事が恥のように。


「人間の欲望を糧に生きる。アルコルたちは夢魔だから、それは誰にも咎めさせない」


 アルコルはぎゅっとミザールを抱きしめる。

 そして、ミザールの耳元で「ごめんね」と呟いた。


「アルヴェの望み通り、このゲームはサービス終了!」


 ぱっとミザールから離れるアルコル。

 ミザールの手が、アルコルの服の裾を掴むが、すぐに離れた。

 ミザールの瞳が揺れる。

 アルコルはニコリと笑い、一歩――アルヴェへと足を伸ばす。

 カイが止めに入ろうと前に出るのを、アルヴェは制止した。


「でも、契約を破ってでも、アルコルはオマエを許さない。オマエの汚い願望を引き摺り出して晒して、全部吸い取ってあげる!」


 ゆらり――、アルコルの姿が蜃気楼のように揺らめいた。

 エフェクトでもゲームシステムでも無い――、夢魔本来の能力。

 すらりと背が伸び、そこに現れた姿にカイは声を振るわせる。


「……ルシアン? なんでだ」


 ルシアンに扮したアルコルが、アルヴェの胸をグシャリと掴む。

 驚くカイと対照的に、アルヴェは眉一つ動かさない。


「アルコル……、だめ」


 ミザールが声を震わせた。

 ゲームシステムから逸脱した能力。

 アルコルの憎悪は悪意へと変わり、周囲は畏怖した。

 運営側はこのゲームを捨てた、いや、夢魔はゲームというガワを捨て、暴挙に出たのだ。


「命乞いをするんだ」


 ニヤリと笑う。本物とは程遠いその行為が、顔が、アルヴェに近づく。

 アルヴェは表情を失い、それでも腕を掴み返した。


「残念だなアルコル。俺の望みは運営停止と言っただろ」


 アルコルの動きが止まった。

 はっと息を呑むミザール。


「俺の生命力を吸った時点で、この世界は終わりだよ」

「何を言って……?」


 グニャリ――、ルシアンの姿が霞む。

 アルコルは姿を保てず、元に戻るとその場にへたり込んだ。


「身内に、鼻のよく効くやつがいるんだ」

「は――、え?」


 アルコルを見下ろす。その口元が弧を描く。


「命乞いするのは、そちらだよ」


 首を傾げると、サラリと濃紫の髪が流れる。

 アルコルの指先がカタカタと震えた。


「アルコル!」


 ミザールの悲痛な叫び。

 アルコルが振り返ると、自分に伸ばされたミザールの手が透けている。

 理解が及ばず、狼狽え、双子の片割れに縋った。


「ミザール! ミザール!!」


 伸ばした自分の手も透けていて、二つの手が合わさると同時に、双子は泡となり消えていく。

 しんと静まり返るギャラリーに、カイは息を漏らした。

 終わりと言うには、後味が悪い。

 アルヴェが悪役を買って出るのは今に始まった事ではないが、自分の身を削りすぎだ。


「アルヴェさん……?」


 おずおずと声をかけたのはギウロ。

 機嫌を伺うように、アルヴェの顔を覗き込む。


「ん?」

「あの二人は?」

「ああ、初めから外に助けを頼んでいたんだよ」


 あっけらかんと、何でも無いことのように言うアルヴェ。

 ギウロはぷるりと大きく身震いをさせた。

 双子が消えた事で、ギャラリーは散り散りになり始める。

 画面を確認する者、リフトする者、自分を誤魔化すように何事もなかったフリをする者、様々だ。

 残されたギウロはアルヴェの言葉を咀嚼する。飲み込むまでに何度も瞬きをし、アルヴェを穴が開くほど見つめた。


「なら、管理者にゲームを挑む理由なんて無いじゃないですか!」


 ギウロは大袈裟に驚く。

 その反応は予想外だったらしく、アルヴェは首を傾げた。


「え? ゲームだし……」

「生命力を吸われるとか分かってたんでしょう?」

「駄目だよ。ギウロや他のプレイヤーがゲームから抜け出せない。第一、ゲームが終わらないのに納得出来ないでしょ」


 アルヴェの一言に、ギウロは言葉を詰まらせる。

 ――納得出来るはずがない。

 ぽんっとギウロの背中を、カイが叩く。


「管理者に勝った方が説得力があるだろ」


 この二人がゲームを攻略したのが、自分を納得させる為なら悪くない。

 ギウロは照れ臭さから頬を掻いた。


「それにギウロ、俺たちとは違うって言ってたけど、当たり前だろ」


 先程言いかけた言葉の続き。

 カイに言われ、ギウロは肩を落とした。


「でも出来ることはお前と同じだよ」

「……俺はお二人ほど強くないですよ」

「言うて、俺も強くねぇよ。この前だって模擬戦の授業で負けたし」

「カイさん……」

「でも次は勝つ! ってつもりでやってるだけだよ」


 ギウロが顔を上げ、カイを見つめる。

 そして、頭をかきながら、目を泳がせた。

 もじもじとした態度に、カイは違和感を感じる。


「言いづらいですが、模擬戦の授業は5日前です」

「ん?」

「お二人が……その、寝込んで、結構な騒ぎになってますよ」


 ヘラヘラと笑うギウロ。

 ゲームに夢中で、時間の概念が狂ってしまったことにカイは気がつく。

 アルヴェへ目線を向けると、すっと逸らされた。


「アルヴェ……5日って」

「攻略、時間かかったね」

「おい!」


 アルヴェのことだ。ルカの言った「次で片を付ける」という約束に則ったのだろう。

 だが、あまりにも時間が経ち過ぎていて、カイは一気に血の気が引いた。

 呆れるノクスと、心配するルカの顔が、頭をよぎる。

 現実逃避――夢から覚めたくないと思うのは仕方がないことだった。


「ッ……はぁ、仕方ねーなぁ」


 ボサボサと髪を掻きむしる。

 カイの言葉に、そっぽを向いていたアルヴェが寄ってくる。

 カイはその頭に手を伸ばし、ゆっくりと撫でた。

 装備も相まって、本当に猫のようで、漏れそうになった本音をカイは飲み込む。

 満足気にアルヴェの尻尾代わりのコードが揺れた。

 多分、感情と連動されているであろう事を、アルヴェは知らない。

 カイはアルヴェに気付かれないように、尻尾から目線を逸らした。


「この世界、どうなるんですか?」


 ギウロは大きく手を挙げる。まるで授業の質問のような態度に、アルヴェの目線が向く。

 

「うーん、多分……、朝には崩れて無くなるよ」

「じゃあ、朝までは遊べるって事ですよね?」


 キラリとギウロの目が輝く。あんな事があってまだ遊ぶ気か。

 アルヴェは自分の言葉を確かめる為、ゲーム画面を開いて何かを操作した。


「試しにアイテムを購入したけど、管理者との接続が切れてる」


 エーテルが減っても生命力が減らない事を確認する。

 カイは、「また実行して確かめたのか」と、言いかけてやめた。自分に対して向こう見ずなアルヴェの態度は今更だ。


「アイテムもバグって値崩れしてるよ」

「えっ! 本当ですか? やったー!」


 ギウロは早々に画面を開き、何かを探し始めた。

 夢中になるギウロに、カイはふと疑問が過ぎる。


「ギウロって、管理者に挑んだ時は何を願ったんだ?」

「えっと、結構お高めの人気アイテムとして実装されてますよ」

「だから、それは何だよ」

「……」


 お喋りなギウロの口が止まる。

 止まったのは口だけで、画面を操作する手は止まらない。

 ひと拍の沈黙後、ギウロは笑顔のまま言い放った。


「性転換のポーションです」


 自信満々に言われた言葉の意味がわからず、カイは助けを求めてアルヴェを見た。

 だが、アルヴェも理解ができなかったらしい。顔を顰めていた。


「性転換の薬なんて現実世界でもあるでしょ」

「そこかよ!」


 的のズレた返しに、カイがツッコむ。


「お貴族様、あれは材料費込み込みで値が張るし、効果も一定時間。しかし、この夢の中なら一度性別を変えてしまうと固定なのです! しかも起きたら元通り!」


 商人の売り文句が如く流暢に喋るギウロ。

 アルヴェは開いた口が塞がらない。


「現実世界まで影響出るとか考えないのかよ」

「えっ、モテちゃう……?」

「その自意識過剰はどっから来た!」


 言うが早いか、ギウロの体が光だす。

 キラキラと星のエフェクトが散るのはアルコルの趣味だろうなと、カイは心の中でつぶやく。

 程なくして、現れた少女――もとい、ギウロはステータス画面を開き、自分の姿を確認した。


「……」

「どう、満足?」


 声をかけるアルヴェの顔と、ステータス画面の自分を見比べて、その場に崩れ落ちる。

 自分の性別の差異など、アルヴェの前では霞んで見えると学んだ瞬間だった。


「馬鹿馬鹿しい」

「言ってやるなよ」


 アルヴェの吐き出した言葉を、カイが止める。

 ギウロの奇行に付き合ってられないと、アルヴェは画面に手を伸ばす。


「はぁ、俺は先に起きて――寝るよ」


 奇妙な言葉だが、この世界では意味が通じる。

 カイの手がアルヴェの袖を掴んだ。


「俺も起きるか?」

「カイはまだ遊びたいでしょ」


 どうせ朝には会えるのだから。

 アルヴェが優しく微笑む。


「ああ、また後で」


 カイは掴んでいた袖を離した。 

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