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幸い、その場に駆けつけてくれた教師は、自寮の担当イシュレイだった。
ミラルナージュ寮を担当するイシュレイは、精霊術の担当でもある。
そのため、ルカをいつも気にかけてくれていた。
「怖かったよね。よく頑張ったね」
その一言で、安心した途端、悔しいけれど涙がにじんだ。
本音を言えば、怖かった。だが、口にするにはプライドが邪魔をする。
言葉の代わりに、涙がポロリと流れた。
「ルカッ」
ノクスは慌ててルカを抱き上げる。
ルカはそれにすがるしか無くて、ぎゅっと腕に力を込める。
ノクスは何も言わない。ただ、腕に力を込め直した。
微かに、首筋からインクの香りがした。
「あらら。ノクスはルカと同室だったよね」
「はい」
「なら、今日は部屋でゆっくり過ごさせてあげて」
イシュレイはルカに杖を振る。
「おまじない。君の不安な気持ちが、すぐにどこかへいきますように」
ふっとルカのつむじにあたたかな風が流れた。
「せんせ……」
ようやく出た声は涙に染まって、ガタガタだ。
「エヴァンは? あの人が寮に戻ったら……」
イシュレイは、眉を下げた。
「君はこんな時まで、他人の心配を……、大丈夫だよ。彼は寮には入れない。とりあえず医務室に連れて行くよ」
ルカを安心させるため、教師として言える最低限の事を言う。
イシュレイの言葉に、ルカは頭を上げずコクコクと頷いた。
「じゃあ、またね」
イシュレイは男を担ぎ、ルカたちと反対の方へ歩いて行く。
黙ってしまったルカを気にしつつ、ノクスは寮へ歩き始めた。
ノクスは部屋につくと、ぐったりしたままのルカを窓際の椅子へ座らせる。
窓から入ってくる風は心地よく、ルカは瞼を閉じる。
「ありがとうございます」
改めてお礼を告げると、ノクスは向かいの席に座った。
そのままテーブルに肘をつき、顎の前で指を組む。
ノクスの仕草に、ルカの肩が揺れる。
顔を思わず下げて、膝の上でギュッと手を握った。
「ごめんなさい」
言葉が漏れた。
ノクスのまつ毛が揺れる。
「ルカ……」
「先輩に迷惑をかけました」
「助けるのは当たり前だろう」
ゆっくりと身を乗り出し、ルカの前髪に手を伸ばす。
亜麻色の髪をかき上げ、まつ毛の先にある金の瞳を、ノクスは覗く。
その瞳は、ノクスを映さない。
額には、指先が触れた熱だけが残る。
それだけで、ルカの息が一瞬止まった。
「顔を上げろ」
「……」
言われて、視線を上げる。
ノクスを正面から向き合うと、ルカは大きく息を吐いた。
「迷惑でもない、ましてや怒ってなどいない」
——唐突に、誰かを守るために、強くなりたいと願った子供の姿が、重なって見えた。
くしゃくしゃになりながら、笑顔を作る。
「ノクス先輩は、強いなぁ」
しみじみと呟いた。
感情に振り回されて、人の目を気にしている自分とは大きく違うと、感じてしまう。
「……? ルカだって、強いだろう。お前の能力は唯一無二だ」
「そうじゃなくて!」
テーブルの下で、ルカは宙に浮いた足を遊ばせる。
感情が先に出て、言葉でうまく説明できない。
「誰かを守る……夢、叶えてるからっ」
言いながら、テーブルにうつ伏せた。
耳が赤く染まっていくのが、自分でもわかる。
ノクスはハッとしたように、目を見開いた。
「……確かに、そんな話をしたな」
ぽつり。
懐かしむような声。
(あ……、覚えてるんだ)
身を起こし、ノクスを見れば、口元を隠すように顎に手を当てていた。
「子供の戯言だ」
「でも、先輩は叶えてる」
——今ならわかる。
ノクスは言葉にしない。
だが、彼の行動が全てを物語っている。
(僕は、嫌われているんじゃない。ノクス先輩のことを知らないだけなんだ)
すとんと、喉の奥にあったつっかえが腹に落ちる感覚に、ルカの口が自然と弧を描く。
「言葉にしてください。じゃないと、また勘違いしちゃいます」
「……善処する」
彼らしい言葉に、ため息混じりに笑う。
それを見て、ノクスの眉が下がった。
「しかし、何を勘違いしてたんだ?」
ノクスが首を傾げれば、ルカはキョトンと瞬きをする。
どうやら、互いの認識に大きなズレがあるらしい。
どこから話すべきか、ルカは頭を悩ませた。
「そうだなぁ……、話が長くなりそうだから、珈琲を入れましょうか」
席を立つ。
共有スペースにある珈琲豆に手を伸ばし、ふと、ルカは振り返る。
「砂糖はいりますか?」
思えば、ルカはノクスの珈琲の好みすら知らない。
ルカの気持ちを知ってか知らずか、ノクスはぶっきらぼうに口を開いた。
「ブラックで」
「はぁい」
豆を挽く音が、静かに部屋に響く。
その心地よさに、ノクスは目を細めた。
「お前が無事で良かった」
言葉が落ちる。
誰かに聞かせるためではなく、自分自身に言い聞かせるような声。
「な、……んですか」
今更だ。
ルカの顔が夕日と同じ色に染まっていった。




