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1ー14

 幸い、その場に駆けつけてくれた教師は、自寮の担当イシュレイだった。

 ミラルナージュ寮を担当するイシュレイは、精霊術の担当でもある。

 そのため、ルカをいつも気にかけてくれていた。


「怖かったよね。よく頑張ったね」


 その一言で、安心した途端、悔しいけれど涙がにじんだ。

 本音を言えば、怖かった。だが、口にするにはプライドが邪魔をする。

 言葉の代わりに、涙がポロリと流れた。


「ルカッ」


 ノクスは慌ててルカを抱き上げる。

 ルカはそれにすがるしか無くて、ぎゅっと腕に力を込める。

 ノクスは何も言わない。ただ、腕に力を込め直した。

 微かに、首筋からインクの香りがした。


「あらら。ノクスはルカと同室だったよね」

「はい」

「なら、今日は部屋でゆっくり過ごさせてあげて」


 イシュレイはルカに杖を振る。


「おまじない。君の不安な気持ちが、すぐにどこかへいきますように」


 ふっとルカのつむじにあたたかな風が流れた。


「せんせ……」


 ようやく出た声は涙に染まって、ガタガタだ。


「エヴァンは? あの人が寮に戻ったら……」


 イシュレイは、眉を下げた。


「君はこんな時まで、他人の心配を……、大丈夫だよ。彼は寮には入れない。とりあえず医務室に連れて行くよ」


 ルカを安心させるため、教師として言える最低限の事を言う。

 イシュレイの言葉に、ルカは頭を上げずコクコクと頷いた。


「じゃあ、またね」


 イシュレイは男を担ぎ、ルカたちと反対の方へ歩いて行く。

 黙ってしまったルカを気にしつつ、ノクスは寮へ歩き始めた。




 ノクスは部屋につくと、ぐったりしたままのルカを窓際の椅子へ座らせる。

 窓から入ってくる風は心地よく、ルカは瞼を閉じる。


「ありがとうございます」


 改めてお礼を告げると、ノクスは向かいの席に座った。

 そのままテーブルに肘をつき、顎の前で指を組む。

 ノクスの仕草に、ルカの肩が揺れる。

 顔を思わず下げて、膝の上でギュッと手を握った。


「ごめんなさい」


 言葉が漏れた。

 ノクスのまつ毛が揺れる。


「ルカ……」

「先輩に迷惑をかけました」

「助けるのは当たり前だろう」


 ゆっくりと身を乗り出し、ルカの前髪に手を伸ばす。

 亜麻色の髪をかき上げ、まつ毛の先にある金の瞳を、ノクスは覗く。

 その瞳は、ノクスを映さない。

 額には、指先が触れた熱だけが残る。

 それだけで、ルカの息が一瞬止まった。


「顔を上げろ」

「……」


 言われて、視線を上げる。

 ノクスを正面から向き合うと、ルカは大きく息を吐いた。


「迷惑でもない、ましてや怒ってなどいない」


 ——唐突に、誰かを守るために、強くなりたいと願った子供の姿が、重なって見えた。

 くしゃくしゃになりながら、笑顔を作る。


「ノクス先輩は、強いなぁ」


 しみじみと呟いた。

 感情に振り回されて、人の目を気にしている自分とは大きく違うと、感じてしまう。


「……? ルカだって、強いだろう。お前の能力は唯一無二だ」

「そうじゃなくて!」


 テーブルの下で、ルカは宙に浮いた足を遊ばせる。

 感情が先に出て、言葉でうまく説明できない。


「誰かを守る……夢、叶えてるからっ」


 言いながら、テーブルにうつ伏せた。

 耳が赤く染まっていくのが、自分でもわかる。

 ノクスはハッとしたように、目を見開いた。


「……確かに、そんな話をしたな」


 ぽつり。

 懐かしむような声。


(あ……、覚えてるんだ)


 身を起こし、ノクスを見れば、口元を隠すように顎に手を当てていた。


「子供の戯言だ」

「でも、先輩は叶えてる」


 ——今ならわかる。

 ノクスは言葉にしない。

 だが、彼の行動が全てを物語っている。


 (僕は、嫌われているんじゃない。ノクス先輩のことを知らないだけなんだ)


 すとんと、喉の奥にあったつっかえが腹に落ちる感覚に、ルカの口が自然と弧を描く。


「言葉にしてください。じゃないと、また勘違いしちゃいます」

「……善処する」


 彼らしい言葉に、ため息混じりに笑う。

 それを見て、ノクスの眉が下がった。


「しかし、何を勘違いしてたんだ?」


 ノクスが首を傾げれば、ルカはキョトンと瞬きをする。

 どうやら、互いの認識に大きなズレがあるらしい。

 どこから話すべきか、ルカは頭を悩ませた。


「そうだなぁ……、話が長くなりそうだから、珈琲を入れましょうか」


 席を立つ。

 共有スペースにある珈琲豆に手を伸ばし、ふと、ルカは振り返る。


「砂糖はいりますか?」


 思えば、ルカはノクスの珈琲の好みすら知らない。

 ルカの気持ちを知ってか知らずか、ノクスはぶっきらぼうに口を開いた。


「ブラックで」

「はぁい」


 豆を挽く音が、静かに部屋に響く。

 その心地よさに、ノクスは目を細めた。


「お前が無事で良かった」


 言葉が落ちる。

 誰かに聞かせるためではなく、自分自身に言い聞かせるような声。


「な、……んですか」


 今更だ。

 ルカの顔が夕日と同じ色に染まっていった。

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