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1ー12

 面倒な事になったなと、野次馬をしていた生徒が呟いた。

 当事者たちを脇に、三寮の寮長が顔を合わせる。


「コイツがウチの寮に忍び込んだんだろう?」


 褐色肌の男が、アルヴェを指差す。

 アシュラド・ルドラーヴァ——、マレアストラの寮長は、この状況を楽しんでいるようだ。

 横暴な態度だが、その声音には、からかいを楽しむ響きが滲んでいた。

 威圧に押されないよう、セドリック・ベネットは寮長の証であるループタイを指で整えた。


「それについては、証拠はない」


 セドリックは自身の寮生を庇う。

 この中で、唯一の白シャツ……というより、他二人が王族の為、どうにも態度が弱い。

 それでも、有事の際には前に出るのだから、真面目な男だ。


「第一、問題点は決闘終了後の暴力行為だろう」


 セドリックは眉を寄せる。

 アルヴェは澄ました顔で、セドリックの後ろに立っている。視線の先は、誰も見ていない。

 逆にアシュラドの後ろに隠れている男は、怯え、震えていた。


「私も問題点は、そこだと思うが」


 ルシアンの援護射撃に、セドリックが詰まっていた息を吐いた。

 だが、アシュラドの口が弧を描く。

 ——挑発的な態度に、セドリックは背筋がぞくりとした。


「ああ? 今回、お前は部外者だ。口を出すな」

「……」

「それともあいつが自分の従者だから、身内贔屓か?」


 場の空気が、一段冷える。

 ルシアンの表情は動かない。

 アシュラドは他の国の王子である。

 そのため、ルシアンは表立って踏み込もうとしない。

 けれど、アシュラドは隙あらば挑発する。

 ルシアンは肩を落とし、まるで子供をあやすように、優しく諭した。


「私が止めに入った。当事者の立場になると思うが」

「——あんなヘロヘロのパンチ、避けれるだろ。わざと受けやがって」


 アシュラドの視線がアルヴェに流れる。

 

「性格がわりぃ」


 アシュラドが吐き捨てると、ルシアンが穏やかに微笑んだ。


「何、喜んでんだ。気持ち悪りぃ」

「ふ……」


 笑いが溢れ、ルシアンは口元を手で押さえた。


「手が掛からなくて優秀だなと思っただけさ」


 ルシアンの言葉に、セドリックがギョッとする。

 セドリックは思わず振り向いて、アルヴェの顔を見たが、「見るな」と言いたげに手で追い払われた。


「と……とにかく」


 セドリックは咳払いをし、改めてアシュラドを正面から見上げる。


「レポートの件は、本人の問題だ。マルコ先生に、判断は任せるとします。だが、決闘の件はここでハッキリさせよう」


 男の目が泳いだ。

 アシュラドはちらっと男を見て、舌打ちをする。


「わかってる」


 アシュラドは、ひらひらと手を振った。

 それから振り返ると、男の肩をばしりと叩く。

 男の顔が歪み、体が大きく震えた。


「自分の弱さに、ケチをつけるんじゃねーぞ」


 アシュラドの言葉に、男は黙って頭を下げた。





 ルカはごくりと息を呑む。

 決闘が終わった後もほとんどの生徒が、その場に残り、行末を見守っていた。

 ノクスは深くため息をつき、黒髪を掻き上げる。


「えっと……?」


 状況が飲み込めず、ルカはパチクリと瞬きをし、ノクスを見上げる。


「相手が非を認めたから、この件はこれで終わりだ」

「おわり?」

「一旦……、な」


 ノクスは、ルカの頭をぽんぽんと撫でる。

 曖昧な言い方に、ルカは小さく眉を寄せるも、肩の力を抜いた。


「この場にいる者は、後始末を頼む」


 ルシアンの声が響く。

 野次馬たちからは不満の声が漏れるものの、ルシアンの指示を断る者はいない。


「ルカ、見てたのか」


 声をかけられ顔を上げれば、カイが手を振りルカたちに合流した。


「アルヴェ先輩は?」

「念の為、医務室だってよ」


 見れば、寮長たちと校舎の奥へ消えていく姿が見える。


「あとは先生への報告もあるけど、すぐに戻るだろ」


 喧嘩を売られた件は、目撃者も多い。

 カイは心配した様子もなく、アルヴェの使っていた箒を手にした。


「ルカ、男が仕掛けた植物の種が他にないか調べられるか?」


 ノクスが言う。


「どうでしょう……」


 ルカは目を細め、周囲を見渡す。それから杖を取り出した。


「ここの精霊が少し騒がしいです」


 ゆっくりと杖を持ち上げる。

 不自然というより、違和感。微精霊が、地面を気にしているのが読み取れる。

 カイは地面を覗き込んだ。


「焼いてから取り出すか?」

「違ったら可哀想かも」

「下手に発芽させるより、いい。カイ、頼む」


 カイはルカに離れるよう、肩を軽く押す。

 懐から杖を取り出し、その先端を跳ねるように、動かした。

 次の瞬間、地中を灼熱が走る。


「わっ」


 思わずルカから声が上がる。

 ルカの示した場所から、火柱が上がり、ドンっと音を立てた。


「ほら、こんだけ焼けば、無効化できてるだろ」


 地面には穴が空き、そこから大きな種が黒焦げになって転がった。

 ノクスは靴底でぐしゃりと潰す。


「ああ、問題ない」

「凄い、正確ですね」


 ルカは息を漏らす。

 微精霊たちは炎に驚き、まばらに散っていた。

 カイは詠唱なしでも、狙った場所を寸分違わず焼き抜く。

 その無駄のない動きが、見ていて心地よかった。


「ルカ、他にもあるか?」

「そうですねぇ、あと3カ所ほど怪しい場所があります」


 周囲でも、生徒たちが協力して中庭を元通りにしていた。

 人数も多く、この調子ならすぐに終わりそうだ。

 そこでルカはエヴァンの顔を思い出す。流石に教室にはもう居ないだろうが、野次の中にも居なかったのが気がかりだ。


「……僕、教室に教科書を忘れたので、取りに行ってくる!」

「おう、ここはもう終わりだし、行ってこいよ」


 チラリとノクスを見たが、特段何も言わずにこちらを見ているだけ。

 どきりと一瞬、胸が跳ねる。

 別に悪いことをしている訳でもないのに、その目線が居心地悪い。

 ルカは胸に手を置き、きゅっと握る。それから2人に手を振った。


「いってきます」


 二人に見送られ、ルカはその場を後にした。

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