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回っている理由

 次の日、キャサリンは綿織物工場の中を歩いていた。


「どうですか、うちの工場は?」


 工場長がキャサリンに尋ねた。


「ええ、素晴らしいと思います」


 キャサリンが答えた。


「どのあたりが良いでしょう?」


 工場長が尋ねた。


「まず、ごみが非常に少ないです。それと、機械も工具も整頓が行き届いています」


 キャサリンの言葉に、工場長は会釈で答えた。


 キャサリンは、エドワードが一方的にメアリーと離婚すると宣言した直後に、工場長に内部の案内を依頼していた。


 機械は立派で整備も十分。エドワードがこのような工場を作ることはおそらくできない。なら工場運営のキーパーソンがいるはず。


 キャサリンの目に、初老の男が入念に織物を見ている姿が入った。彼の近くには織物が高く積まれていた。


「あの人は何をしてるのですか?」


「ああ等級判定ですね。ああやって一人が決めてるのです」


「一回目の検品はどちらで?」


「一回目は機械から出てすぐに機械監督が売り物になるかを見ます。それからここで二回目の検品として等級判定をします」


 キャサリンは検品作業を続ける男を目で追いかけながら工場長に尋ねた。


「仮に旦那様がどうしても検品を1回だけにしろと言ったらどうしますか?」


 工場長はキャサリンの方に顔を向けて、すぐに視線を落とした。


「奥様に……」


 そこにキャサリンがさらに訊く。


「奥様にとりなしてもらう?」


 工場長は首を横に何度も振った。


「いえ。いえ。あの……奥様と……話し合わないと……」


 今度はキャサリンが工場長を見た。


「旦那様でも技師長でもなく?」


「あ、いえ!そうではなく……」


 工場長はそこまで言ったが、それ以上は言わなかった。


 キャサリンもしばらく黙って工場内を眺めた。


「一回にするのは厳しいということですか?」


 工場長はキャサリンの方を向いて、慌て気味に話し始めた。


「あ、あの、キャサリン様が検品回数を二回から減らすのに試験をするべきとおっしゃいましたが、そのことに反対するつもりではありません……」


「いいのよ。あの人の様子を見てたら、試験なんてするまでもないって分かるもの」


「……もうしわけありません」


「いいから。案内を続けてちょうだい」


 それからしばらくの間、キャサリンは工場長による表面上の説明を聞き流していた。


「これで以上となります」


 工場長がキャサリンに向かって言った。


「最後に、ひとつ、質問いいかしら?」


 キャサリンが尋ねた。


「どうぞ」


「あなたたち、今後はどうするの?」


 工場長は目を伏せた。


「それは……」


「もう決めてるの?」


 工場長は強く息を吸ってキャサリンの方を見た。


「申し訳ありません!」


 そう言ってから、キャサリンは振り返って機械を見た。


「この機械たちは、人がしっかりしてるから立派に働くのよね……」


「申し訳ありません……」


 工場長が再び謝罪した。キャサリンは表情を変えずに工場長の肩を叩いた。


「いいこと聞けたわ。ありがとう」


 キャサリンは工場長を置いて一人工場を出た。


 * * *


「お嬢様!ずいぶんとお召し物を汚されて!」


 侍女の声が聞こえるが、キャサリンは構わず自室に入った。侍女がついて入室した。


 侍女をして着替えせしめている間もキャサリンの心はここにない。


「むしろ異様よね……」


 キャサリンが呟いた。


「お嬢様、どうかされましたか?」


 侍女がおそるおそる尋ねた。キャサリンは微笑みを作った。


「ごめんなさい。なんでもないわよ」


 そう言いつつ、工場でのことを思い出していた。


--メアリー奥様がいないと回らない。絶対間違いない。


 キャサリンは侍女にブラウスを着せられている。


--でも誰も反対しなかったし、みんな普通に動いてた。まったく分からない。


 襟元を整えてもらいながら考えた。


--奥様が確実に盾になってたわよね。だからみんな働けた。


 遠くを見ながらキャサリンはひとりでうなずいた。


--それにしても静かすぎる。盾がいなくなれば絶対に慌てるはず。


 キャサリンは眉をしかめた。


「今日のお嬢様は、いったいどうなさったのですか?」


 侍女が尋ねた。キャサリンはそれには答えずに、少し黙ってから侍女に尋ねた。


「もし仮に私がひどい女で、言うことは聞かないわ、すぐに怒るわ、ときには暴力を振るうわ、だったらどうする?」


「え?すぐ逃げますけど……?」


 侍女が即答した。


 キャサリンは「逃げる……ね……」と呟いた。


「そうです。特に逃げても捕まると大変なことになりそうなら、油断させておいてから逃げます」


キャサリンの呼吸が少し止まった。


「そういうこと……」


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