止まった工場
ある日の朝、エドワードは会議室に行くまでの途中で強烈な違和感を感じた。
--社員が非常に少ない。
「……いや違う」
エドワードは歩く足を速めた。少しして、駆け足に変わった。
前のめりに、会議室のドアにとりついた。ドアを開けた。
--会議室には一人の男が座っているだけだった。
「トマス……いったいどうしたんだこの状況は?」
エドワードがトマスに問い詰めた。トマスはエドワードを真っすぐ見つめていた。
「誰も出席していません」
「な……」
エドワードは立ち尽くした。
「しかし、綿花の新規買付業者の打ち合わせを……」
「仕入れ担当はやめました」
「それから、今日は蒸気機関導入試験の打ち合わせをしないと」
「技師長もやめました」
「それと、品質管理の担当者削減も……」
エドワードの言葉を聞きながら、トマスは窓のひとつを開けた。
そこからは工場が見える。人はいない。機械の動く音もしない。何もかも止まっていた。
「なぜ人がいない?なぜ工場が止まっている?」
エドワードが全く動かない工場を見ることしかできなかった。
「旦那様、分かりませんか?」
エドワードがトマスを睨みつけた。
「分からん。なぜ工場が止まっている。早く再開させろ!」
「無理です。工員がいません」
トマスが表情を変えずに言った。
「なら工員を雇え」
「工員を雇っても、すぐに機械を動かせるわけがありません」
エドワードが舌打ちをした。
「それでも何かできることがあるだろう!?」
トマスは首を横に振った。
「何もできません」
「なぜこういうことになった!?」
エドワードが怒鳴った。しかしトマスはまっすぐエドワードを見つめた。
「あなたが奥様を離縁したからです」
会議室に静寂が訪れた。
エドワードは口をゆがめながら話し始めた。
「メアリーは鈍かった。経営には合わなかった。だからキャサリンと再婚してテコ入れを図ったのだ。これは会社のためなのだ」
トマスは表情を変えずにいる。エドワードは眉をしかめた。
「何だ?私の言っていることがおかしいとでも言うのか?」
トマスは目を閉じて、うなずいた。
「はい。すべてがおかしいです」
この時、不意に会議室のドアが開いた。エドワードとトマスの視線の先にはキャサリンがいた。
キャサリンは、会議室内を見回した。
「こうなりますよね……」
キャサリンが言った。
「お前、当家に嫁入りした身でありながら、他人事の態度を取るとはどういうことだ!」
エドワードの怒鳴り声にキャサリンは少し怯んだ。そして、窓の外の止まった工場に目を遣った。
「私たち、まだ結婚してませんよ?」
キャサリンは口元に笑みをたたえながら言った。そして振り返って廊下に出たところで止まった。
「婚約は破棄です。もちろん違約金は支払います」
キャサリンが顔だけをエドワードに向けた。
「ただし、これだけ無能なのを隠していたのですから、十分に減額させてもらいますよ」
「何を言っている!?」
エドワードが怒鳴るが、キャサリンは聞こえないふりをした。
「そのへんの交渉はまた今度です。では」
キャサリンはエドワードの前から消えた。
会議室にはエドワードとトマスだけが残された。
エドワードは静かに目を閉じた。
「誰もいなくなった……」
エドワードが呟くと、トマスがエドワードの正面に立って肩を叩いた。
「トマス、これは夢か?現実化か?」
「現実です」
トマスが間髪入れずに答えた。




