決まっていないのに決まる会社
ある日の朝、通常の朝会が始まろうとしていた。いつものように会議室の奥の正面にエドワードが座り、右隣にはメアリーが座り、その反対側には知らない女性が座った。エドワードの斜め後ろに秘書が立っている。
「最初に、一人紹介する」
エドワードの声とともに女性が立ち上がった。
「この者はキャサリンという」
エドワードの紹介に合わせてキャサリンがお辞儀をした。
「キャサリンです。どうぞよろしく」
キャサリンは一声を聞かせると、微笑みながら着席した。
「本日は品質管理作業の削減について議論したい」
幹部社員の表情が見る間に曇った。エドワードは続ける。
「これまで二重検品をしていた。近くの工場で一回検品を導入しようとしていると聞いたので、これからは当社も一回で済まそうと思う。みなどう思うか?」
幹部社員は誰も発言しようとしない。
「発言よろしいでしょうか?」
キャサリンが手を挙げた。
「いいぞ」
エドワードが答えた。
「一回検品にすると人件費が削減できます。他方、品質管理に悪い影響が出ます。そこで、試験的に一回検品を行って、人件費削減の利点と品質悪化の欠点とを計算して結論を出すべきだと思います」
キャサリンは淀みなく意見を述べた。
「ふむ。なるほど……」
エドワードが腕を組みながらうなずいた。
キャサリンは会議室内を見回した。エドワードの他には賛成する者がいない。反対する者もいない。キャサリンは少し首をひねった。
--そこそこの業績を上げている工場なのに、これだけ消極的なのはどうして?
「あの、よろしいでしょうか?」
メアリーが恐る恐る手を上げた。
「めずらしいな。……まあ言ってみろ」
エドワードが言う。
「あの……これはやるだけ無駄です」
キャサリンは驚いてエドワード越しにメアリーを見た。メアリーはまっすぐ正面を向いている。キャサリンはすぐに周囲を見た。工場長が「こんなの回るわけないよ……」と聞こえないようにつぶやいた。
「計算をするまでもなく……」
「黙れ!」
メアリーに対してエドワードが一喝した。
「申し訳ありません!」
メアリーが目を閉じて頭を下げた。
キャサリンが周囲を見回した。エドワードの様子は見るまでもない。幹部社員たちを見た。彼らは黙って斜め下を向いていた。
「これっておかしくない……?」
キャサリンがふとつぶやいた。
「では、さきほどキャサリンが言った通りにする」
エドワードが宣言した。
「承知いたしました」
工場長が応じた。
このやり取りにキャサリンは動揺した。
--何も決まってないでしょ?
エドワードが退場した跡、幹部社員が無言で立ち去っていく。その様子をキャサリンは自席に着いたまま見た。
「これはいったいなに?」
キャサリンの口からついて出た。
「本当に業績を上げている会社なの?」
最後の社員が退室してドアが閉じられた。会議室にキャサリンが一人残されていた。
--絶対におかしい。
キャサリンは手を机に押し付けた。
--計算しましょうと言うのが間違ってる?
手を机から外して膝に乗せた。
--何も決まってないのに、決まったように終わった。
キャサリンは立ち上がった。
--あれは会議じゃない。
会議室のドアを開けた。
--でも工場は回ってる。
キャサリンは会議室から出た。




