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21❀ ひとりの部屋

 朱里は、私の身だしなみを整えて、午後には帰った。


「久乃ちゃんが来るなら、おうち片付けなきゃ」

「今日は来なくてもよかったのに」

「だって、お出かけの日でしょ。久乃ちゃん、うんときれいにしなきゃだもん」

 

 身支度を整えながら、朱里はにっこりと笑った。


 朱里の気遣いがうれしい一方で、素直に喜べない気持ちもあった。

 今日はママと朱里、二人も美人を見てしまった。私がどれだけメイクしたところで、どうせ二人には及ばないのだ。


 そもそも、私が研究し尽くしてきたメイクと、朱里が、自らの完成された顔に施してきたメイクでは、土台からしてまったく違う。


 私、どんな顔になってるんだろう。

 朱里が私を大事にしてくれているのは、ちゃんと分かっている。一番きれいにしようとしてくれているし、変なことなんて、きっとない。


 でも。朱里が見つめて、褒めてくれている間は、世界一自分がきれいなんじゃないかって錯覚できるのに——きっと、外に出たらそんな気分は、あっけなく吹き飛んでしまうのだろう。


 外に出る。


 それを考えただけで、朱里の魔法が解けてしまうようで、悲しかった。

 朱里はオレンジジュースの空きパックをゴミ箱に投げ入れ、ドレッサーの上を軽く整えた。


 別れが名残惜しいのか、いつもなら階段から玄関まで何時間も粘るのに、今日は軽やかに階段を下り、素直に玄関で手を振る。


 彼女を見送って部屋へ戻ると、そこには静寂が待っていた。朱里の声も、鼻歌も、視線も、柔らかい気配もすべてがなかったかのように、静まり返っている。人が帰った後の部屋は寂しい。でもきっと、本来の音を取り戻しただけだ。


 午前中は高認対策の課題を提出し終えた。学校との最低限のつながりを繋ぎ止めるだけの自宅学習。


 午後からは、本当の勉強――大学入試に向けた受験勉強に切り替えた。

 机の上に積み重ねた数学の問題集を開く。志望校の過去問傾向を意識して、応用問題に取り組む。


 はっきりとした志望校があるわけではない。けれど、ママが「なんでも目標があるほうがいい」と言うので、二年生の頃に買った、偏差値に見合った大学の赤本を使っている。


 文字式を書き並べるシャープペンシルの芯が、さらさらと紙の上を走る音だけが響いていた。

 静かだった。ページをめくる音が、部屋の空気の中に柔らかく沈んでいく。それらすべてが、妙に大きく、はっきりと耳に届いた。


 勉強ははかどる。けれど、ページをめくるたびに、ふとした空白が胸に広がっていく。さみしくならないように、その白を、別の角度で見てみる。


 朱里は、今、きっと部屋の片付けをしているんだ。

 その姿を想像して、少しだけ笑みが浮かんだ。きっと私を待ってくれている。


 部屋の空気は変わらず静かだった。最近はずっと、背後のベッドに朱里がうつ伏せになって、本を読んでいる気配があった。今日はそれがない。ただ時計の秒針が、部屋の真ん中で、カツカツと孤独に時を刻んでいた。


 私は軽く息を吸い直し、もう一度テキストに目を戻した。

 今日の分は、なるべく早めに終わらせたい。今夜は、朱里の部屋に行くのだから。

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