第九十八話……最後通牒
――聖帝国暦六四五年四月中旬。
ユリウスは、カスパル一派を大公国の秩序を乱す反乱勢力と断定し、討伐軍の編成を命じた。
総司令官にはユリウス自身が就任し、参謀長にはパウルス元帥を起用する。
惑星アストレアの衛星軌道上には、次期皇帝候補のユリウスへの忠誠を表明した貴族たちの艦艇が、各地から続々と集結していた。
その数、実に一千隻以上。
もっとも、艦隊を構成する艦艇は、帝国軍の正規艦から地方貴族の旧式艦、商船を改装した補助艦まで多種多様であった。
単に数を集めただけでは、まともな艦隊戦など望むべくもない。
パウルスを中心とする軍官僚たちは、各艦の種別、武装、速度、防御力、乗員の練度に至るまで調査し、それらを複数の分艦隊へと再編成した。
――数日後。
惑星アストレアの空を覆う大艦隊を前に、ユリウスは全軍へ布告した。
「正統なる銀河聖帝国ノヴァ復活の第一歩として、まずはアーヴィング大公国を平定する。全艦、出航用意!」
命令一下、新帝国軍艦隊は一斉に軌道を離脱した。
目指すは、アーヴィング大公国の首都星――惑星クラウゼンである。
◇◇◇◇◇
――二週間後。
新帝国軍艦隊は、惑星クラウゼン近縁の宙域へ進出した。
ユリウスは攻撃に先立ち、クラウゼン守備軍の最高司令官であるハルダー元帥へ通信を送った。
『ハルダー元帥。戦況は、もはや決しております。元帥のみならず、一兵卒に至るまで現在の地位を保証いたします。無用な流血を避けるためにも、速やかな帰順を望みます』
モニターに映し出されたハルダーの顔は、苦虫を嚙み潰したように歪んでいた。
ハルダーには、亡きアーヴィング大公から受けた恩義がある。
その遺児であるカスパルを擁立し、大公国を存続させる。
それこそが亡き主君への忠義であると、彼は信じていた。
だが、肝心のカスパルは首都星を捨て、すでに逃亡している。
惑星クラウゼンは、星そのものが巨大な要塞であると称されるほどの強力な対空システムを持ち、強固な防御力を誇っていた。
しかし、主君に見捨てられた将兵の士気は、目に見えて低下している。
……それだけではない。
パウルスに同調し、新帝国軍へ加わった高級将校も多かった。
防御施設の配置、軍需物資の備蓄場所、地下司令部へ通じる経路、さらには最新の通信暗号方式まで、クラウゼン守備軍の機密は新帝国軍へ筒抜けになっていたのである。
『……しばし、時間をいただきたい』
ハルダーは、それだけを告げて通信を切った。
第一回目の降伏交渉は、成立しなかった。
ハルダー自身は、ユリウスが示した条件を受け入れる方向へ傾いていた。
だが、守備側の要人にはノーム新法へ頑強に反対する貴族たちが多数含まれていたのだ。
彼らは帰順すれば特権を奪われると恐れ、徹底抗戦を主張した。
降伏条件を検討する軍議は紛糾し、結論が出ないまま、ユリウスが定めた回答期限を迎えたのである。
新帝国軍艦隊は、惑星クラウゼンの衛星軌道上に展開する防御衛星群への攻撃を開始した。
「第一陣はビーム砲による三斉射を行った後、速やかに後退。その後、第二陣が長距離ミサイル攻撃を実施せよ」
「了解!」
各分艦隊司令へ淡々と命令を下すのは、参謀長のパウルス元帥であった。
ユリウスは総司令官ではあるものの、細かな艦隊運用にまで口を挟むつもりはなかった。
実戦指揮は、自分より経験豊かなパウルスへ一任している。
「殿下、お茶をお持ちしました」
「ああ、ありがとう」
今回も特にすることのないグレゴール翁が、銀製のポットに入れた温かい紅茶を運んでくる。
ユリウスがカップへ口をつけた直後、艦橋正面の宇宙が無数の閃光に染まった。
第一陣の戦列艦から放たれたビームが、暗黒の宇宙を一直線に貫き、防御衛星群へ殺到する。
「敵防御衛星群から反撃!」
「シールド艦同士の間隔を詰めろ! 電磁防壁を重ね、前衛艦隊を保護せよ!」
「了解! シールド艦、陣形変更!」
パウルスと通信士官たちのやり取りが、にわかに慌ただしくなる。
クラウゼンの防御衛星群から放たれた高出力ビームが、新帝国軍艦隊の電磁防壁へ激突した。
青白い光が幾重にも弾け、艦橋を震動が襲う。
それでも新帝国軍の陣形は崩れない。
第一陣が後退すれば、入れ替わるように第二陣が前へ出る。
大量の対宇宙要塞用の重質量ミサイルが発射され、惑星軌道を埋め尽くすように飛翔した。
――二時間後。
惑星クラウゼンを守っていた防御衛星群は、そのほとんどがニッケル合金と複合セラミックの残骸へ姿を変えていた。
燃え盛る残骸が、流星群のように惑星の大気圏へ落下していく。
ユリウスは、その光景を旗艦の艦橋から見つめていた。
美しいとすら思える光景であった。
だが、あれは無数の兵士が命を落とした証でもある。
ユリウスはカップを卓上へ置き、通信士官へ振り返った。
「ハルダー元帥へ、再び通信を送れ」
「はっ!」
「次の回答期限を過ぎれば、我が軍は地上へ降下する。そうなれば、もはや戦いは衛星軌道上だけでは済まぬ」
ユリウスの声が、艦橋内に重く響いた。
「凄惨な地上戦になるであろうとな……」




