表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星間覇道  ――没落貴族と女海賊、銀河帝位争乱――   作者: 黒鯛の刺身♪


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
96/105

第九十六話……金印の主

 ――聖帝国暦六四五年二月上旬。


 ユリウスは、相変わらず政務に忙殺されていた。

 アーヴィング大公国は、カスパル派と反カスパル派に分裂し、各地で小競り合いを繰り返している。

 表向きの争点は正統性や統治方針であったが、実際にはもっと生臭かった。


 ゴチエ大国のエーテル資源帯。

 大公国最大の権益ともいえるその鉱区を、どちらの派閥が握るのか。

 その一点をめぐり、両派は抜き差しならぬ対立に陥っていた。


 ユリウスは、どちらの陣営にも明確には加担していない。

 だが、それは中立というより、様子見に近かった。


 彼の治めるヴァルカン伯爵領は小さくもないが大きくもない。けれど、軍備、補給、信用、人材のいずれも、安易に敵対してよい相手ではなくなっていた。


 だからこそ、両派はユリウスを誘い、試し、時には脅した。


 ユリウスは水面下で、両派の中にいる比較的穏健な人物へ接触し、資金や物資を回していた。

 味方を作るためではない。今すぐ敵を増やさぬためである。


 執務机の上には、未決裁の書類が山のように積まれていた。

 その山の一角に、通信端末の呼び出し音が鳴る。

 発信者名を見た瞬間、ユリウスは思わず椅子から腰を浮かせた。


「つながってくれ」


 通信モニターに、包帯まみれのツーシームが映った。


「……あ、坊ちゃん。こんにちは。なんとか無事……ではないけど、そっちに向かっているよ」


 その顔を見た瞬間、ユリウスは胸の奥に溜まっていた息を吐いた。


「よかった。なんとか生きていて」


「あんまり無事じゃないけどね」


 ツーシームは、照れ隠しのように頭をかこうとして、包帯に引っかかり顔をしかめた。


「無理に動かないでくれ。傷は?」


「見た目よりは平気。たぶん。トムの方が重かったけど、手術は済んだ。しばらくは寝かせておけば大丈夫だと思う」


「そうか……」


 ユリウスは安堵した。だが、それだけでは済まない。

 彼は少しためらってから、口を開いた。


「ツーシーム。悪いとは思ったんだけど、君の部屋に入った」


 モニター越しに、ツーシームの目が細くなる。


「……で?」


「不思議な金の指輪があった。触れようとしたら、指輪から肉芽のようなものが伸びて、それが少女の姿になった」


 その瞬間、ツーシームの表情から、軽さが消えた。


「……ああ。そこまで見たんだ」


「説明してくれ。あれは何なんだ?」


 ツーシームはしばらく黙っていた。

 冗談でごまかすこともできた。知らないふりもできた。

 ……だが、彼女は彼を信じることにしたようだった。


「あれは、皇位継承者の金印だよ」


「本当に本物なの?」


「そう。ノヴァ帝国の正統皇位に関わるもの。そして、あの少女はただの人間じゃない。あたしたちの宇宙の成り立ちを知っている存在だ」


 ユリウスは眉を寄せた。


「宇宙の成り立ち?」


「坊ちゃん。落ち着いて聞いてね」


 ツーシームは、声を少し低くして説明していく。


「あたしたちが宇宙だと思っているこの世界は、実は限られた小さな領域にすぎない。外側には、もっと大きな宇宙がある。今の銀河聖帝国も、共和国も、パニキア連邦も、その中に閉じ込められた存在なんだ……」


 執務室から、紙をめくる音すら消えた。

 ユリウスは、何も言わなかった。


 いや、言えなかった。


 銀河聖帝国ノヴァ。幾千の星々。皇帝の権威。貴族の血統。戦争。資源。艦隊。信仰。歴史。

 それらすべてが、小さな箱庭の中の出来事かもしれない。

 その事実を、頭がすぐには受け入れなかった。


「共和国のバイオロイドも、パニキアのマーダ人も、自然に生まれたものじゃないらしい。初代皇帝が関わっている。あの金印の少女は、そう言った」


「初代皇帝が……?」


「詳しい話は直接会ってからする。通信では危ない。けど、坊ちゃんには先に知っておいてほしかった」


 ツーシームは、少しだけ苦笑した。


「今、大公国の内輪揉めで忙しいのは分かってる。でも、その内輪揉めの外側に、もっと大きな問題がある」


 ユリウスは机の上の書類を見た。

 カスパル派。反カスパル派。ゴチエ大国の鉱区。補給線。資金繰り。治安維持。


 それらは間違いなく現実の危機である。

 だが、その現実を乗せた土台そのものが、今、揺らいでいるようだった。


「ツーシーム」


「うん?」


「無事に帰って来てくれ。君の口から、全部聞きたい」


「了解。できれば熱い風呂と、まともな食事も用意しておいて」


 ユリウスは、その言葉にかすかに笑った。


「分かった。君とビッグベアの分も用意しておく」


「ありがと、坊ちゃん」


 通信が切れる。

 暗くなったモニターを前に、ユリウスはしばらく動けなかった。




◇◇◇◇◇


 金印の少女は、広間の上座に座っていた。

 その姿は、年端もいかぬ少女にしか見えない。だが、室内に居並ぶ者たちの誰もが、彼女をただの子供だとは思っていなかった。


 ユリウス・アストレアは、その前に進み出る。

 周囲には老臣グレゴールをはじめ、アストレア侯爵家の側近たち。

 そして新たに傘下へ加わった下級貴族たちが居並んでいた。


 ツーシームもまた、下座の片隅に座り、包帯を巻いた腕を膝に置きながら、のんびり成り行きを見守っている。


「皇帝陛下」


 ユリウスは静かに膝をついた。


「お願いがございます」


 金印の少女は、幼い顔に似合わぬ古めかしい笑みを浮かべた。


「なんじゃ。申してみい」


「はっ。では、謹んで申し上げます」


 ユリウスは頭を垂れた。


「私を、帝国臣民のため、金印の主としてお認めいただきたく存じます」


 広間に、かすかなざわめきが走った。

 それは、あまりにも大きな願いであった。


 金印の主となる。

 すなわち、銀河聖帝国ノヴァの正統皇位へ手を伸ばすという意味に等しい。


 少女は目を細める。


「ほう。つまり、帝位を望むか?」


「はい」


 ユリウスはひかなかった。

 その返答に、側近たちの息が詰まる。グレゴールでさえ、杖を握る手にわずかに力を込めた。

 

 少女はユリウスを見下ろしたまま、問いを重ねる。


「先帝は確かに、直系の親族を守るため、余を作り出した。皇位をめぐる利権、派閥、貴族どもの欲望。その渦に親族を投げ込まぬためにな」


「承知しております」


「ならば問う。アストレア卿。そなたに、皇位へふさわしい理由があるのか?」


 広間の空気が凍った。

 ユリウスは、すぐには答えなかった。


 自分の才を誇ることもできた。戦功を並べることもできた。

 ヴァルカンを守った実績、大公国における影響力、民を飢えさせぬために尽くした政務。


 たしかにそれらを言葉にすることはできた。

 だが、それだけで皇帝になれるほど、玉座は軽くないと彼は思ったのだ。


「今をもっては、十分にはございませぬ」


 ユリウスは正直に答えた。

 周囲の貴族たちが動揺する。

 だが、少女の表情だけは変わらなかった。


「ほう。では、何ゆえ望む?」


「私が、ふさわしい存在になってみせるためでございます」


 ユリウスは顔を上げた。


「我が才をもってしては、帝国を平和へ導くに千年かかりましょう。私は天才ではありません。覇王でも、聖人でもありません。ですが、帝国臣民を見捨てるつもりはございませぬ」


 その声は若く、けれど揺らがなかった。


「ゆえに、陛下の権威をお借りしたいのです。戦乱を収め、偽りの皇帝を退け、帝国を再び一つにするために」


「権威だけを借り、己は玉座に座るか?」


「いいえ」


 ユリウスは右手を差し出した。


「我が指に同化なさいませ。そして、もし私が帝国を私物化し、民を踏みにじり、皇位に値せぬ者となったならば、その時はただちに我が体を破壊していただきたく存じます」


 今度こそ、広間は完全に沈黙した。

 それは忠誠の誓いではない。

 自分自身へ処刑具を取り付ける覚悟であった。


 金印の少女は、初めて愉快そうに笑った。


「なるほど。そなたは、余を飾りにするつもりではないのじゃな」


「はい」


「余を玉璽ではなく、監視者として迎えるか」


「その通りでございます」


「怖くはないか?」


「怖くないと言えば、嘘になります」


 ユリウスは小さく息を吸った。


「ですが、帝国を背負う者が、己の命だけを惜しんではなりませぬ」


 少女はしばらく黙っていた。

 やがて、ゆっくり立ち上がる。


 その小さな体から、目に見えぬ圧が広間全体へ広がった。

 居並ぶ貴族たちは、思わず頭を下げた。

 ならず者のツーシームでさえ、背筋をわずかに伸ばす。


「アストレア卿」


「はっ」


「我が帝国の末永い繁栄を誓え」


 ユリウスは深く頭を垂れた。


「一命に代えましても」


「ならば、よかろう」


 少女の体が光に包まれた。

 肉体の輪郭がほどけ、金色の粒子となって宙へ舞う。

 それらは渦を巻き、やがて一つの指輪へ姿を変えた。


 皇位継承者の金印。

 それは誰の手も借りずに浮遊し、ユリウスの右手の薬指へ静かに収まった。


 次の瞬間、指輪の内側から細い肉芽が伸びた。

 それは痛みを伴わぬ刃のように皮膚へ入り込み、血管、神経、骨へ根を張っていく。

 ユリウスは眉一つ動かさなかった。


 金印は、もはや装飾品ではない。

 彼の肉体と同化した、皇位の証であり、監視者であり、処刑者でもあった。

 老臣グレゴールが、震える声でつぶやく。


「……殿下」


 その言葉を皮切りに、居並ぶ者たちは一斉に膝をついた。


「皇太子殿下に、栄光あれ」


 下級貴族たちも、側近たちも、次々に頭を垂れる。

 そこには、もう少女の姿はない。

 だが、彼の血の奥深くで、確かに何かが息づいていた。


 この瞬間、ユリウス・アストレアは、金印に認められた。

 すなわち、銀河聖帝国ノヴァの次期皇帝候補として、歴史の表舞台へ押し出されたのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
うおおおおおお!!!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ