第九十話……勝機
攻城要塞アイアンオーガを貫いた光。
その発射方向を示す戦術盤の先に、ユリウスはここにあるはずのない艦影を見た。
失われたはずの惑星破壊砲、オーディンの剣。
かつて一撃で星を砕くと恐れられ、その後の戦乱の中で失われたとされていた超兵器である。
その壊れかけた巨体が、無数の舟艇に牽引されながら、小惑星帯の暗がりに沈むように浮かんでいた。
主砲軸からは、まだ白い残光が尾を引いている。
その周囲には、海賊船モリガンを先頭に、解体処分を免れた旧型艦艇が整然と並んでいた。
廃船同然のビーム艦、旧式巡洋艦、鉱山警備艇、武装貨物船。
どれも正規艦隊の基準では二線級以下である。
だが今、その寄せ集めの艦隊が、第二艦隊を救ったのだ。
ハンニバルの艦橋に、通信が開いた。
画面に映ったのは、いつものように安煙草を咥えたツーシームだった。
背後ではモリガンの乗員たちが慌ただしく動き回り、砲撃準備を進めている。
ユリウスは、深く息を吐いた。
「ツーシーム、ありがとう。また助けられたね」
『いやいや、礼を言うのはこっちだよ、坊ちゃん』
ツーシームは、照れ隠しのように煙を吐いた。
『まさか、あんたが秘密裏にこの子を修理させていたとはね。知った時は、ちょいと嬉しかったさ……』
ユリウスは小さく笑った。
だが、その会話は長く続かなかった。
戦場はまだ終わっていない。
アイアンオーガは砕けた。
しかし、帝国軍防衛線はなお健在であり、多数の艦艇が混乱から立ち直ろうとしている。
救われた時間は、ほんのわずかだった。
ユリウスは顔を上げた。
「全艦、全速前進!」
彼の声が、第二艦隊全体へ響く。
「帝国軍防衛陣地の背後を突く。ここで戦局を決める!」
「了解!」
損傷した第二艦隊が、再び隊列を組み直した。
ハンニバルは右側面から黒煙を引きながらも、なお旗艦として先頭に立つ。
シールド艦が前面へ出る。
ビーム砲艦が戦列を整える。
ミサイル艦が残存弾を装填し、駆逐艦が先導位置へ滑り込んだ。
第二艦隊は、帝国軍防衛陣地の背後へ襲いかかった。
その後方宙域には、帝国軍の補給物資を積んだ輸送船団が遊弋していた。
燃料、弾薬、冷却材、予備部品、医療物資。
いずれも、大公国軍が喉から手が出るほど欲している物資である。
ユリウスは即座に命じた。
「敵輸送船は、可能な限り拿捕せよ。積み荷を確保するんだ。沈めるな。奪え!」
「了解!」
第二艦隊の砲火が、輸送船団の護衛艦艇へ集中した。
帝国軍の護衛艦は、背後からの奇襲に対応できなかった。
数隻が応戦を試みるも、40隻ものビーム砲艦の斉射により、瞬く間に沈黙する。
降伏勧告に従わない輸送船には、機関部への精密射撃が加えられた。
推進機を撃ち抜かれた輸送艦が、次々に漂流を始める。
船体そのものは無事だった。積み荷も残っている。
第二艦隊の拿捕部隊が、輸送艦へ接舷していく。
その報告は、すぐに総旗艦ハヌマーンへ届いた。
パウルス元帥は、戦術投影盤を見た。
ユリウスの第二艦隊が、帝国軍防衛線の背後へ食い込んでいる。
正面には大公国軍主力。
背後には第二艦隊。
さらに側面には、ツーシーム率いる旧型艦艇群とオーディンの剣。
……勝機だった。
『全艦隊へ命令!』
パウルスの声が、全戦域へ響いた。
『攻勢に転じよ。総攻撃だ!』
大公国軍の全艦隊が、一斉に前進を開始した。
正面からは主力艦隊。
背後からは第二艦隊。
側面からはツーシームの寄せ集め艦隊。
帝国軍第二総軍の防衛陣地は、ついに三方から挟み撃ちにされた。
小惑星帯の闇を、無数の砲火が白く染め上げていった。
◇◇◇◇◇
それから二時間後。
帝国軍第二総軍の戦線は、音を立てて崩れ始めた。
補給は途絶え、弾薬は乏しく、艦内には敗報ばかりが流れていた。
惑星ペルーンは失われ、攻城要塞アイアンオーガは撃破され、後方の輸送船団まで奪われつつある。
もはや、兵士たちの心を支えていた勝利の確信は消えていた。
各所で帝国艦隊は抵抗を諦めた。
小艦隊ごとに通信灯を掲げ、武装解除に応じる。
なおも戦おうとした艦もあったが、周囲の味方が次々に降伏する中で、戦意を保つことはできなかった。
帝国軍第二総軍旗艦ヴィシュヌは、わずかな護衛艦を率いて包囲網の薄い宙域を突破し、戦場を離脱した。
だが、それにより、サーペント要塞を包囲していた帝国軍艦隊は完全に孤立した。
一部の艦艇は血路を開き、損傷しながらも小惑星帯の外へ逃れた。
しかし、多くの艦は大公国軍へ降伏した。
戦場には、推進機を停止した帝国艦が無数に漂い、その周囲を大公国軍の拿捕用の小艇が忙しく行き来していた。
「帝国軍を撃破し得た要因は、主にアストレア侯爵の働きによるところ絶大なり」
軍組織から大公への通信文は、いずれもユリウスの功績を称える内容で占められていた。
それは誇張ではなかった。
惑星ペルーン奪回の手配。
ツーシームによる援兵。
オーディンの剣の秘匿修復。
第二艦隊による後背突入。
どの一手が欠けても、この勝利は得られなかった。
サーペント要塞の救出をもって、大公国軍の大規模軍事行動はほぼ終結した。
補給線は伸び切り、艦艇の損傷も激しく、これ以上の追撃は困難だったのである。
勝利した大公国軍にも、余力は少なかったのだ。
工作艦による応急修理が急がれ、外板を失った区画には仮設装甲板が溶接された。
病院船には負傷兵が次々に運び込まれ、軍医たちは睡眠を削って手術台の間を走り回った。
捕虜を収容する輸送艦は満員だった。
鹵獲した帝国艦艇は数が多すぎ、曳航船も足りなかった。
戦利品の管理、捕虜の食料、損傷艦の航行支援、機雷原の再敷設。
勝った側もまた、戦後処理という別の戦場に追われていた。
それでも、サーペント要塞の通信塔に大公国旗が掲げられた時、兵士たちは静かに帽子を取った。
救出は成った。
その事実だけが、疲れ切った者たちの胸に残った。
やがて、帝国軍第二総軍壊滅の報は、別方面で作戦行動中だった帝国軍第一総軍にも届いた。
第一総軍司令部は、戦況の不利を悟った。
第二総軍は崩れ、補給線は乱れ、後背を支えるはずの戦略拠点も失われている。
このままルドミラ教国領に留まれば、次に孤立するのは自分たちであった。
ほどなくして、第一総軍は撤退を開始した。
こうして、帝国軍によるルドミラ教国領への大遠征は、敗北をもって幕を閉じた。
小惑星帯には、沈黙した艦骸と、冷えかけた砲火の残光だけが漂っていた。
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