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星間覇道  ――没落貴族と女海賊、銀河帝位争乱――   作者: 黒鯛の刺身♪


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第八十九話……巨艦、耐える

――聖帝国暦六四五年十二月上旬。


 ユリウス率いる大公国軍第二艦隊は、窮地に陥っていた。

 撃破されたはずの攻城要塞アイアンオーガが、生きていたのである。


 沈黙した外郭火点の奥に主砲群を隠し、第二艦隊が横腹を晒した瞬間を待っていたのだ。

 そこへ多数の帝国艦艇が呼応した。


 右側面からの奇襲。

 それは、艦隊戦において最も避けるべき打撃であった。


「全艦、旗艦および重装甲艦の後方へ退避せよ!」


 ユリウスの命令が、混乱する第二艦隊に飛んだ。


「損傷艦を見捨てるな。動ける艦は、ハンニバルの影へ入れ!」


 旗艦ハンニバルは、巨体を軋ませながら艦首をずらした。

 敵に対し、あえて投影面積の大きい側面を晒す。

 巨大な船体そのものを盾にし、味方艦艇が逃げ込むための避難場所を作ったのである。


 この宇宙の片隅では、長距離ビーム砲戦が艦隊戦の主役であった。

 そのため、多くの艦艇は前面防御を重視している。


 艦首方向には厚い装甲、強力な電磁防壁、熱変換装置、対ビーム拡散板が集中していた。

 だが、側面防御は前面ほど厚くない。


 ハンニバルでさえ、それは例外ではなかった。


 帝国軍のビーム砲火が、ハンニバルの右側面へ殺到する。

 側面に展開された電磁防壁が、青白い光を放って受け止めた。


 ビームエネルギーは防壁表面で激しい光と熱へ変換され、その威力を急速に減衰させる。

 だが、敵の射撃は一発や二発ではない。


 攻城要塞アイアンオーガの主砲群、周辺の重砲艦、隠蔽砲台、帝国軍ビーム砲艦列。

 それらの集中射撃が、同じ一点へ叩き込まれていく。


 防壁が歪んだ。

 青い光が赤へ変わり、赤が白へ変わる。


 次の瞬間、ハンニバルの右側面防壁が裂けた。


「右側面、防壁貫通!」

「第二区画、損壊!」


「第六防御区画、全壊! 隔壁閉鎖、区画を放棄します!」

「第八機関区画、被弾! 火災発生!」


 悲鳴に似た報告が、旗艦艦橋へ殺到した。

 ビーム砲撃に続き、レールガンの質量弾が飛来する。


 超高速で撃ち込まれた金属弾が、艦側面の装甲板を食い破り、内部構造材を引き裂いた。

 装甲の破片が通路を横殴りに飛び、隔壁を蜂の巣にする。


 艦橋の照明が一瞬、暗転した。

 直後、赤黒い非常灯が点灯する。


 床が大きく揺れ、士官の一人が壁面端末へ叩きつけられた。

 別の通信士官は額から血を流しながらも、震える手で通信回線を維持しようとしている。


「衛生班、艦橋へ急げ!」

「軍医殿、こちらです!」


「意識がない。担架を!」


 艦橋でさえ、この有様だった。

 ならば、被弾した戦闘区画はどうか。


 右側面の通路では、熱風が吹き荒れていた。

 破れた配管から蒸気が噴き出し、火災警報が鳴り響く。


 床には血と冷却液が混じり、負傷兵たちが赤黒い水溜まりの中でうめいていた。

 隔壁の向こうでは、閉じ込められた乗員が扉を叩く音がする。


 だが、隔壁を開ければ火災と真空が艦内へ広がる。

 誰かを救うために、別のより多くの誰かを殺すことになる。


「第六防御区画、応答なし!」

「閉鎖を維持しろ!」


「しかし、中に生存者が!」

「閉鎖を維持しろ! 艦が沈むぞ!」


 怒号と悲鳴が、艦内通信を埋め尽くした。

 それでもハンニバルは、側面を敵へ晒し続けた。

 その巨大な影の中へ、損傷した味方艦が次々に滑り込んでいく。


 ユリウスは歯を食いしばり、燃え上がる戦術盤を見つめていた。

 自分の判断が、艦を焼いている。

 だが、ここで旗艦が退けば、第二艦隊は壊滅する。


「ハンニバルを動かすな」


 ユリウスは静かに命じた。


「味方艦の退避が終わるまで、このまま耐える」


 再び、帝国軍の主砲が光った。

 ハンニバルの右側面に、白い死の雨が降り注いだ。




◇◇◇◇◇


 旗艦ハンニバルへの猛射は、止まる気配を見せなかった。

 攻城要塞アイアンオーガの主砲群と帝国軍艦艇の集中砲火は、ハンニバルの右側面を執拗に叩き続ける。


 抜きんでた重装甲を誇る大戦艦でさえ、ついに悲鳴を上げ始めていた。

 外装甲は剥がれ、艦側面の防御区画は次々に沈黙する。


 隔壁の奥では火災が広がり、熱で歪んだ装甲板の隙間から、内部構造材が剥き出しになっていた。

 まるで鋼鉄の巨獣が、内臓を食い破られ、骨を晒し始めているかのようだった。


「右側面、さらに被弾!」

「第八機関区画、消火不能!」


「防壁再展開、間に合いません!」


 艦橋に飛び込む報告は、どれも絶望的だった。

 ハンニバルの影へ逃げ込んだ味方艦は、まだ全て退避を終えていない。


 ここで旗艦が動けば、第二艦隊の残存艦艇は裸のまま敵の火線へ晒される。

 だが、このまま耐え続ければ、ハンニバルそのものが砕ける。


 ユリウスは戦術盤を睨んだ。

 その時だった。


「左舷方向より高速飛翔体多数!」


 通信士官が叫ぶ。


「味方識別なし! レールガン弾と思われます!」


 次の瞬間、左舷遠方から無数の質量弾が飛来した。

 それらは第二艦隊の艦列を紙一重で擦り抜け、帝国軍艦艇の側面へ突き刺さっていく。


 装甲を貫かれた巡洋艦が火を噴き、駆逐艦が艦首からねじ切れた。

 小惑星の陰に潜んでいた砲艦が、弾薬庫を撃ち抜かれて爆散する。


 帝国軍の射線が乱れた。

 ほんの一瞬。


 だが、その一瞬をユリウスは見逃さなかった。


「シールド艦を右側面へ展開!」


 ユリウスは叫んだ。


「続いてビーム砲艦で戦列を作れ! 旗艦も右へ回頭! 敵の火線へ正面を向ける!」


「了解! 面舵いっぱい!」


 ハンニバルの巨体が、傷ついた船体を軋ませながら回頭を始めた。

 艦の右側面を晒したままでは耐えられない。

 前面装甲と正面防衛システムを敵へ向ければ、まだ持ちこたえられる。


 シールド艦が次々に右側面へ滑り込み、薄くなっていた防御線を補う。

 ビーム砲艦がその背後に並び、帝国艦艇へ応射を開始した。


 (……いけるか!?)


 ユリウスは、そう思いかけた。

 だが、次の瞬間、アイアンオーガの主砲群が再び光を帯びた。


(……駄目だ。まだ展開しきっていない我が艦隊では、あの攻城要塞を止められない。)


 帝国艦艇を混乱させることはできた。

 射線を乱すこともできた。


 だが、アイアンオーガの装甲と主砲だけは別だった。

 あれが再び火を噴けば、ハンニバルの回頭は間に合わない。


 ユリウスは、思わず目を閉じた。


(……神よ。どうか、我らをお助けください。)


 その祈りが届いたのか。

 あるいは、戦場のどこかにまだ奇跡を撃つ者がいたのか。


 宇宙の闇を、一筋の凄まじいエネルギー光軸が貫いた。

 それは青白く、あまりにも鋭かった。


 光軸は帝国艦隊の戦列を薙ぎ払い、攻城要塞アイアンオーガの中央部へ正確に突き刺さる。

 次の瞬間、要塞の巨大な装甲が内側から膨れ上がった。


 アイアンオーガが、悲鳴にも似た閃光を放つ。


 中央構造が裂け、主砲群が吹き飛び、巨大な構造物が真っ二つに割れた。

 さらに内部のエーテル反応炉へも誘爆が走り、要塞全体が光に包まれる。


 小惑星帯が、白昼のように照らされた。

 そして、攻城要塞アイアンオーガは四散した。


 艦橋の誰もが、言葉を失っていた。

 ……ユリウスはゆっくりと目を開ける。


 戦術盤から、アイアンオーガを示す巨大な赤い光点が消えていた。


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