第八十八話……猛将の突破
惑星ペルーン陥落の報は、敵味方の区別なく、戦域に展開するすべての艦艇へ届いた。
帝国軍の各艦では、沈黙が広がった。後方へ打ち込んだはずの楔が折れたのだ。
しかも補給線は海賊や所属不明艦に荒らされ、物資は届かない。
前線で勝利を重ねているはずなのに、戦争全体の天秤が傾き始めていることを、兵たちは本能で感じ取っていた。
一方、大公国軍の艦隊では歓声が上がった。
これで後背を突かれる恐れは薄れた。
サーペント要塞解放作戦は、まだ続けられる。
総旗艦ハヌマーンのパウルス元帥は、ただちにユリウスへ感謝の通信を送った。
惑星ペルーンの奪回は、戦略上の危機を救った一手であり、その功績は疑いようがなかった。
だが、その報に対して、少し違った感情を抱く者もいた。
第六高速分艦隊司令官、ラプーチク中将である。
彼は自艦の作戦指令室で、拳を机に叩きつけた。
「……ぐぬぬ。またあの資源屋の小倅に出し抜かれたか!」
幕僚の一人が慌てて進み出る。
「閣下、お気を確かに。これで我が方の敗北は遠のきました。むしろ喜ぶべき報告かと」
「そんなことは分かっておる!」
ラプーチクは幕僚の言葉を一蹴した。
「だがな、あの小倅は若い。しかも、大公の覚えがめでたい。今回の功績まで加われば、次の椅子は大公国軍全体の最高指揮官になるやもしれん」
彼は歯を剥き出しにした。
「つまり、このままでは私は永遠に、あの小倅の下で槍働きをするだけということだ!」
幕僚たちは顔を見合わせた。
ラプーチクは勇猛であり、戦場での実績もある。
だが、功名心もまた人一倍強い。
彼にとって、ユリウスの成功は味方の勝利であると同時に、自らの影を薄くする脅威でもあった。
「……しかし、閣下」
「しかしもクソもあるか!」
ラプーチクは戦術投影盤を睨み、指揮杖で一点を突いた。
「K-728Eポイントに総攻撃をかける!」
幕僚たちが息を呑んだ。
そこは小惑星帯の中でも特に狭く、帝国軍の火線が重なる危険宙域である。
これまでの威力偵察では、突破困難と判断されていた。
「第六高速分艦隊の全艦へ命令。先頭艦は最大戦速。後続は間隔を詰めろ。退く艦は撃沈して構わん。ためらう者は、最初からこの艦隊にいらん!」
「りょ、了解しました!」
命令は乱暴だった。
だが、単なる無謀ではない。
ラプーチクはこれまで、この種の強引な突撃で幾度もパニキア連邦の艦隊を突き破ってきた。
敵が安全と信じる防御線の継ぎ目へ、速度と圧力で楔を打ち込み、守備側が反応する前に突破する。
それが彼の戦い方だった。
そのためについた異名が、不敗の猛将。
誰もがその名を知っていた。
そして、誰もがその名の代償も知っていた。
ラプーチクの艦隊は勝つ。
だが、その勝利はいつも血で購われる。
「全艦突撃準備!」
第六高速分艦隊の艦艇が、針の穴ほどの攻勢回廊へ艦首を向けた。
小惑星の陰で、帝国軍の隠蔽砲台が赤い照準光を灯す。
ラプーチク中将は、笑った。
「見ておれ、小倅。戦場で名を上げるとは、こういうことだ」
次の瞬間、第六高速分艦隊はK-728Eポイントへ向け、猛然と加速を開始した。
◇◇◇◇◇
二時間後。
第六高速分艦隊の突撃は、凄まじいものだった。
ラプーチク中将の艦隊は、K-728Eポイントへ一直線に突入し、帝国軍防衛線の第一陣を食い破った。続いて第二陣へ肉薄し、小惑星の陰に隠された重砲列を強引に突破する。
艦艇は次々に損傷した。
先頭の駆逐艦は艦首を吹き飛ばされながらも前進し、後続のビーム艦は燃える味方艦を盾にして突き進んだ。
損傷艦を退避させる余裕などない。
止まれば死ぬ。
遅れれば死ぬ。
ならば進むしかない。
だが、ここまでの損耗は甚大だった。
質量弾の残数は底をつきかけ、主砲用エネルギーも危険水域に入っている。
シールド発生器は過負荷で焼け、冷却材を失った艦では砲塔そのものが沈黙し始めていた。
パウルス元帥の司令部からは、何度も攻勢中止の通信が送られていた。
だが、小惑星帯では磁場の嵐が発生していた。
砲撃で砕かれた小惑星片、機雷爆発による帯電粒子、破損艦から漏れ出した反応炉粒子。
それらが入り混じり、通信波を乱していた。
命令は届かない。
そもそも、常に司令部の命令が届くなら、各級の指揮官など必要ない。
通信が途絶えた戦場では、現場指揮官の判断こそがすべてである。
そしてラプーチク中将は、止まらなかった。
一時間三十分後。
パウルス元帥の司令部へ、一つの報告が入った。
攻城要塞アイアンゴーレム、陥落。
司令部に歓声が上がる。
「よし。さすがはラプーチク中将だ」
パウルスは椅子から身を乗り出した。
「すぐさま第二艦隊のアストレア元帥へ通信を出せ。敵陣を突破迂回し、敵背後へ回り込めとな!」
「はっ!」
命令は即座に発信され、混乱した宙域を迂回する形で、ユリウス率いる第二艦隊へ届いた。
第二艦隊旗艦の作戦指令室で、ユリウスは戦術盤を見つめていた。
ラプーチク艦隊が沈黙させたとされる攻城要塞アイアンゴーレム。
その側面を抜ければ、帝国軍防衛線の背後へ出られる。
迷っている時間はない。
「全艦、最大戦速。敵陣を食い破れ!」
ユリウスの命令で、第二艦隊は一斉に加速した。
まず長距離ビーム重砲艦が突破予定宙域へ苛烈な事前射撃を加えた。
続いてミサイル艦が防衛線の奥へ飽和攻撃を行う。
爆光が小惑星帯を白く染め、帝国軍の砲台群が次々に沈黙していった。
その後に、駆逐艦に率いられた標準仕様のビーム砲艦群が突入する。
帝国軍は第六高速分艦隊への対応に追われているのか、反撃は少なかった。
敵の火線は乱れ、迎撃の密度も薄い。
第二艦隊は帝国軍陣地を斜めに切り裂くように進んだ。
……勝てる。
誰もがそう思った。
大公国軍第二艦隊は、攻城要塞アイアンゴーレムの横を通過しようとしていた。
巨大な要塞は黒煙を噴き、各所に大穴を開け、戦闘不能に見えた。
砲塔の多くは沈黙し、装甲板の一部は剥がれ落ちている。
だが、次の瞬間だった。
沈黙していたはずの要塞側面が、赤く光った。
「高エネルギー反応!」
警報が鳴るより早く、アイアンゴーレムの隠蔽砲門が一斉に開いた。
苛烈なビーム砲撃が、第二艦隊の右側面へ叩き込まれる。
そこにはシールド艦がいなかった。
突破を優先した第二艦隊は、前面への防御を厚くしていた。右側面は、まさに裸の横腹だったのだ。
艦隊を先導する駆逐艦が爆発した。
ビーム砲艦の船体が真っ二つに折れ、燃えながら回転する。
ミサイル艦の弾薬庫に誘爆が走り、閃光が艦列を飲み込んだ。通信回線には悲鳴と雑音が殺到する。
「一体何事だ!」
ユリウスは振り返り、司令部から派遣されていた幕僚たちを睨みつけた。
「アイアンゴーレムは陥落したのではなかったのか!」
幕僚たちは青ざめた顔で端末を見つめるばかりだった。
誰も答えられない。
戦果報告は届いた。
だが、撃破の報告自体の確認は行っていなかった。
ラプーチク艦隊が沈黙させたのは、要塞の外郭火点にすぎなかったのかもしれない。
……ともかく、アイアンゴーレムは死んでいなかった。




