第七十三話……閉ざされた宇宙
薄青い光に満たされた管理室で、ツーシームは壁面をゆっくり見回した。
古びているはずなのに、どこにも朽ちた気配がない。
機械とも神殿ともつかぬその空間の中心で、荒鷲の金印を持つ少女が、妙に得意げな顔をして立っている。
ツーシームは煙草を指で弾き、気のない声で尋ねた。
「こんな僻地に、どうしてこんな場所があるんです?」
少女は、くすりと笑った。
「ふふふ。ここは外の宇宙との関所じゃよ。このコントロールルームがあるからこそ、我らは外敵から身を隠してこられたのだ」
「……へぇ」
あまりにも大きすぎる話に、ツーシームは半歩だけ眉を動かした。
その横で、トロスト技師は機器類へ吸い寄せられるように近づいている。震える指先で端末の縁をなぞり、喉を鳴らした。
少女は構わず続けた。
「我ら太古の人類は、他次元宇宙への干渉によって文明崩壊を起こした、と言われておるじゃろう?」
ツーシームは頭をかいた。
「そうだったかな? アタイ、そういう授業は寝てた気がするねぇ」
「実は、あの言い伝えは嘘じゃ」
その一言で、室内の空気が変わった。
少女の瞳には、もはや年齢に見合わぬ古さが宿っている。
「かつて人類は、広大な宇宙へ支配を広げすぎた。じゃが、その果てに、さらに先達たる高度文明保持者の怒りへ触れたのだ。人類は滅ぼされた。星も、艦隊も、文明もな」
トロストが、はっと息を呑む。
「では……人類滅亡譚は、外宇宙からの制裁だったと?」
「そういうことじゃ」
少女は静かにうなずいた。
「その時、先達の技術で作られた宇宙の鍵を奪い、その中へ逃げ込んだ者たちがいた。隠し部屋のような閉鎖宇宙へな。それを率いたのがノヴァという男。帝国の皇帝や大貴族たちの先祖は、その一団の末裔というわけだ」
ツーシームは、ようやく少しだけ面白そうな顔をした。
「なるほど。じゃあ、アタイたちの宇宙そのものが、押し入れの奥みたいな隠し部屋ってことかい?」
「まあ、乱暴に言えばそうなるな」
ビッグベアが腕を組んだまま唸る。
「笑えねえ話だな」
少女はさらに奥の制御卓へ歩み寄った。
光る紋様が、彼女の金印に呼応するように微かに脈打っている。
「しかも数年前、外界宇宙に住まう先達の高度文明者たちが、今もなお金印の所持者を探しておることが分かった。ゆえに先代の皇帝は、わらわを作り、親類への被害を避けようとしたのじゃ」
「作った?」
ツーシームが目を細める。
「ずいぶん引っかかる言い方だねぇ」
少女は、そこでだけ少し寂しそうに笑った。
「そのままの意味よ。わらわは、先帝の体の一部を受け継いだ機械仕掛けの人形。そして災厄の矢面へ立たされるための器でもあった」
数秒、誰も何も言えなかった。
最初に口を開いたのはトロストだった。
「では、パニキア連邦は? あれほど文化も姿も違う連中が、この閉鎖された宇宙に存在しているのです?」
少女は振り返る。
「パニキアの蛮族どもは、初代皇帝がこの部屋を隠すために作り出した生命体だからじゃ。外敵の目を欺くための番犬であり、偽装であり、周辺宙域を埋めるための種でもあった。だから今も、兵器や道具の規格には帝国と通じるものが残っておる」
「……人工生命の文明だってのか」
トロストの声は、半ば呆然としていた。
「さらに初代皇帝たちは、不老を目指して新たな肉体を培養した。ところが、その体たちは自我を持ち、支配を拒んで逃げた。彼らの子孫が、今の人類統合共和国のバイオロイド共というわけじゃ」
ビッグベアが低く呟く。
「帝国も、共和国も、パニキアも、もとは全部つながってるってことか」
「そうじゃ。そして、それを隠すため、昔の帝国は自分たちに都合のいい偽の歴史を作った」
ツーシームは煙を吐き、制御卓の青白い光を眺めた。
「つまり、いま銀河じゅうで信じられてる歴史ってのは、勝者の作った作り話ってわけだ」
「その通り」
少女は制御盤へ手を置く。
「この部屋は今も、外界宇宙との扉を閉じる役目を果たしておる。もしこれを開けば、我らは文明水準の違いすぎる外敵に見つかり、たちまち滅ぼされるであろう」
トロストは顔を青ざめさせた。
「そんなものを、我々はいま目の前にしているのか……」
だが、その隣でツーシームだけは、ひどくつまらなそうに煙草をふかしていた。
やがて彼女は、紫煙の向こうで少女を見ながら、面倒くさそうに肩をすくめる。
「で?」
「……何じゃ?」
「世界の秘密がどうとか、人類の祖先がどうとか、そりゃ大層な話ですよ。でもねぇ、アタイにとっちゃ一番大事なのは、明日どう生き延びるかです」
トロストが目をむいた。
「船長! この話の重みが分かっているんですか!?」
「分かってるさ」
ツーシームは淡々と答える。
「重すぎる話ってのはね、たいていその場じゃ役に立たないんだよ」
管理室の機械音だけが、静かに脈打っていた。
宇宙の秘密を前にしても、飲んだくれの海賊は、変わらずならず者のままだった。
その現実感だけが、かえってこの場の空気を奇妙に真実らしく映し出していた。




