表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星間覇道  ――没落貴族と女海賊、銀河帝位争乱――   作者: 黒鯛の刺身♪


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

70/73

第七十話……海の向こうも同じ

 休戦ラインを越える瞬間まで、星間ギルドの商船「銀の秤」の船内には、張りつめた空気が満ちていた。

 パニキア連邦側の警戒宙域では、数度にわたり検問艇が接近し、古びた船腹へ鋭い捜査光を這わせてきた。


 だが、「銀の秤」は武装を持たぬ旧式商船であり、しかも星間ギルド所属の古参船である。

 積荷目録も航路記録も、それらしく整えられていたため、大事には至らなかった。


「船籍確認完了。積荷照会、一致」

「……よし、通してやれ。こんな骨董品で戦をしようって奴もおるまい」


 管制側の声が同時翻訳機を通して流れると、操舵席のヘッジボックが小さく肩を落とした。


「いやはや、寿命が縮みますな」


 ユリウスは商人風の外套の襟を整えつつ、静かに答える。


「ご配慮ありがとうございます」


 それから「銀の秤」は数度の短距離ワープを重ね、ようやくパニキア連邦最前線の辺境惑星「レーベ」へ到達した。


 暗褐色の海に覆われた惑星だった。

 低い雲が空一面へ垂れこめ、海上には巨大な浮体構造物がいくつも連なっている。


 宇宙桟橋のような洗練された設備はなく、旧式の水上宇宙港へ直接降りるしかないらしい。


「こちら『銀の秤』、入港を許可されたし……」


 ヘッジボックが送信すると、すぐ応答が返る。


「了解。三番ゲートへの接岸を許可する」


「助かりましたな」


「まだ早いですよ」


 ユリウスは窓の外を見たまま言った。


「降りるまでが航海ですから……」


 次の瞬間、船体が大きく震えた。


 「銀の秤」は一気に大気圏へ突入し、外殻がみるみる赤熱してゆく。

 老朽化した船体が低く軋み、接合部が悲鳴を上げた。

 窓外では、剥がれた耐熱タイルが火の尾を引きながら後方へ流れてゆく。


「おいおい……まだ持ってくれよ」


 操舵士が舌打ちする。


「左舷外板、熱負荷上昇!」

「分かっている! だが今さらどうしようもない!」


 激しい振動の末、「銀の秤」はどうにか海上宇宙港の三番ゲートへ滑り込み、重い音を立てて接岸した。

 船内に安堵の息が広がる。

 ヘッジボックは額の汗を拭い、苦笑した。


「いやぁ、長年のワープで船が悲鳴を上げております。応急修理に二日、いや三日ほど日をいただきたいですな」


 ユリウスはうなずく。


「はい、安全第一でお願いします」


 この間、彼は商人の服へ着替えていた。

 付き従うグレゴールも、護衛らしさを隠すため、目立たぬ作業員姿である。


 ふたりは最小限の荷を宿へ預けると、潮の匂いと機械油の混じる街へ歩み出した。


「観光……でございますか?」


 グレゴールが低く問う。

 ユリウスは薄く笑った。


「視察だよ。だが、観光客の顔で歩く方が都合はいい」


 異星人国家パニキアの辺境惑星「レーベ」の雑多な港町は、彼らを静かに呑み込もうとしていた。




◇◇◇◇◇


 パニキア連邦の辺境惑星レーベは、帝国圏の人間から見れば、まるで悪夢と異国情緒を混ぜ合わせたような土地だった。

 波打つ海は鉛色に重く、海上都市の桟橋には、ぬめる皮膚をした異星人たちが雑多に行き交っている。


 触腕を揺らすタコめいた者。鱗に覆われた半魚人。甲殻を持つ節足のような商人。

 その一方で、二本の脚と二本の腕を備えた、人間に近い体つきの者も珍しくはなく、商人姿のユリウス一行がことさらに目立つわけでもなかった。


「思っていたより、ずっとごちゃごちゃしているな」


 ユリウスが低く呟くと、隣のグレゴールが周囲へ警戒の目を走らせた。


「油断は禁物でございます。異国は、人の形をしておらぬから怖いのではありません」


「分かってるよ」


 ユリウスは苦笑した。


「むしろ、人に似てる方が厄介かもしれない」


 彼らは港で、老齢の案内人を雇っていた。

 海風に焼けた顔の男で、片目は白く濁っている。だが操るホバークラフトは実に滑らかで、海上の波間を燕のようにすり抜けてゆく。


「お客様方、海はお好きで?」


 案内人が振り向きもせずに訊ねた。

 ユリウスは身を乗り出し、灰色の水平線を見やった。


「はい、海ってすごいですね」


 案内人が、かすかに笑う。


「おや、お客様は、海は初めてで?」


「まるで初めてという訳じゃないんだけど、赤茶けた資源惑星の出身なんだ。こうして、見渡す限り水ばかりという景色には慣れていない」


「なるほど。では、良いところにお連れしましょう」


 ホバークラフトはさらに洋上へ出た。

 やがて、白い海鳥――この星の鳥もカモメに似ているらしい――が無数に舞う海域へ差しかかる。


 その下では、巨大な巻き網漁船が何隻も展開していた。

 機械の唸り。甲板に響く怒号。

 長大な網が海中から引き上げられるたび、銀色の魚群が陽光を弾き、滝のように船腹の選別槽へ流し込まれてゆく。


「おお……」


 ユリウスは思わず声を漏らした。


「すごい量だ」


「レーベ自慢の大漁場ですよ」


 案内人は煙草をくわえ、誇らしげに言う。


「我が連邦の前線基地へ送る保存魚の多くは、ここで揚がる品でしてね」


 だが、その時だった。

 グレゴールが、ユリウスの横顔に浮かんだ陰りを見逃さなかった。


 甲板の上では、大量のノーム人たちが細い腕を必死に動かし、魚の選別と運搬に追い立てられていた。

 小柄な身体。煤けた作業服。疲れきった目。


 その背後を、電気鞭を持った半魚人たちが歩き回っている。

 鞭が空を裂くたび、青白い火花が散り、悲鳴とも呻きともつかぬ声が風に混じった。


 ユリウスの目が、ゆっくり細くなる。

 先ほどまで海を見ていた時の明るさは、そこにはもうない。


「……あ、あんまり、どこも変わらないな」


 その呟きは、波音に半ば呑まれた。

 だが近くにいた二人には、はっきり聞こえていた。


 案内人はしばし黙り込み、それから目を閉じて煙を深く吸った。


「海は広い。魚も多い。だが、人のやることは、案外どこの岸でも似たようなもんでさぁ」


 グレゴールが低く問う。


「彼らは奴隷ですか?」


「正しくは違いますな」


 案内人は吐き出した煙を風へ流した。


「重債務者、戦時徴用民、矯正奉仕員。呼び名はいろいろあります。便利でしょう? 綺麗な名前をつけりゃ、法と良心の網を掻い潜れる」


 ユリウスは答えなかった。

 ただ、網からこぼれ落ちる魚の銀光と、甲板でうずくまるノーム人の小さな背を、じっと見つめていた。


 帝国も、反乱軍も、異星の連邦も、看板が違うだけで、腹を満たす仕組みの下には同じような誰かの汗と涙が沈んでいる。


 ホバークラフトは波を切って進み続ける。

 だがユリウスの胸には、海の広さよりも、人の営みの狭さの方が、重く残っていた。


お読みいただき有難うございます。

宜しければ、ブックマークやご採点を頂けると嬉しく存じます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ