第六十八話……同じ寸法の世界
停戦成立後、アーヴィング大公家の艦隊は、グラストヘイム要塞へ必要最小限の守備兵力を残し、主力をいったん後方へ下げた。
そのすぐ後方にある補給拠点として選ばれたのが、惑星ヴァルカンである。
衛星軌道上には、巨大なエーテル・タンカーが数珠つなぎに並んでいた。
鈍く光る船腹のあちこちへ補給アームが食らいつき、青白い流体が脈打つように移送されてゆく。
宇宙桟橋の一角では、VLS用の長大なミサイルコンテナが何列にも寝かされ、整備員たちが汗まみれで搬入指示を飛ばしていた。
また別の区画では、砲弾、予備反応炉部材、艦載機部品、食糧コンテナ、医療資材までが山となって積まれている。
桟橋と地上を結ぶ専用シャトル群も、まるで蜂の群れのように休みなく往復していた。
上がってくるのは物資。
降りてゆくのは、休暇を許された兵員たち。
疲れ切った水兵や機関兵たちは、シャトルの扉が開くや否や、ヴァルカンの酒場街へ吸い込まれていった。
酒、女、賭博、熱い飯。
前線帰りの兵に必要なものは、昔から大して変わらぬらしい。
戦艦ハンニバルの艦橋でも、補給士官たちが目を回すような忙しさで働いていた。
「第三倉庫、誘導弾積載完了!」
「機関部予備材、右舷搬入口より受領!」
「食糧補充、基準値の〇・六倍! この艦、兵員数のデータに消費が読めません!」
怒鳴り声と足音、端末の警告音がひっきりなしに交差する。
その只中で、ユリウスだけは少し離れた高座に座し、正面スクリーンへ映る補給桟橋の光景を静かに見つめていた。
彼の脳裏を占めていたのは、戦況でも、物資量でもなかった。
もっと根源的な、奇妙な違和感である。
ミサイルも、弾薬も、艦内配管の継手も、果ては工具規格に至るまで、帝国軍の軍需物資は地球規格で統一されている。
それだけなら、まだ分かる。帝国は地球文明の流れを汲む国家だからだ。
だが奇妙なのは、その規格が人類統合共和国でも通用し、さらには地球文化を起源に持たぬはずのパニキア連邦でさえ、大筋では同じ規格を用いているという事実だった。
ユリウスは低く呟いた。
「……なぜだろう」
そばに控えていた副官が顔を上げる。
「何がでございますか、閣下」
「規格だよ」
ユリウスは視線を外さずに言った。
「国家が違えば、思想も言葉も法律も違う。敵同士であればなおさら、兵器体系など別々に発展しそうなものだ。だが現実には、敵国の補給品ですら、部品単位ではめ込めるものがある」
副官は少し考え、答えに窮したようだった。
「地球文明の遺産が、それほど圧倒的だった……ということでしょうか」
「それだけでは足りない気がするんだ」
ユリウスは静かに首を振った。
「文明が滅び、国家が分かれ、何百年も争い続けてもなお、同じ寸法、同じ接続口、同じ弾体径が残る。便利だから、だけで片付く話ではないと思う」
その時、艦橋後方から、くぐもった声が聞こえた。
戦術記録の山の向こうで、トロスト技師が薄く笑っていたのである。
「便利なものは残る。戦場では、それが真理です」
ユリウスが振り返る。
トロストは肩をすくめた。
「あるいは逆に、誰かが残させたのかもしれませんな。文明の骨組みだけは、敵味方を問わず」
「誰か、かぁ……」
ユリウスは再び、桟橋に並ぶ物資の列を見た。
無数の艦隊。無数の国家。無数の敵意。
それでも、同じ規格のミサイルが、同じ口径の発射筒へ吸い込まれてゆく。
それは奇妙な統一であった。
まるで銀河全体が、見えぬ設計図の上に築かれているかのような……。
◇◇◇◇◇
歓楽街が夜の熱気に酔いしれていた頃――。
惑星ヴァルカン、アルテミス商会本社ビル周辺は、表向きには静まり返っていた。
だが、その静寂の裏側で、刃のように研ぎ澄まされた殺意が音もなく流れ込んでいた。
光学迷彩スーツ。
戦術視界投影ヘルメット。
呼吸すら殺した帝国軍特殊部隊が、闇に溶けるように敷地へ侵入していたのである。
「第一班、北通路を制圧」
「第二班、監視哨を排除。異常なし」
短い囁きだけが通信回線を走る。
要所要所に立っていた歩哨たちは、声を上げる暇すら与えられなかった。
首筋への精密な神経針、あるいは無音弾による一射。
訓練に訓練を重ねた帝国精鋭の技は、あまりにも手際がよかった。
先頭の分隊が、敷地内奥にあるツーシーム私邸へ雪崩れ込む。
突入と同時に、可視光線吸収煙幕弾が室内へ叩き込まれた。
灯りは黒く潰れ、寝台の輪郭すら消える。
「標的確認――ベッドに人影!」
乾いた発砲音。
数発。
寝台の上で赤髪の女が跳ね、動かなくなる。
「目標一名、死亡確実!」
隊長は一歩踏み込み、冷えた声で命じた。
「次は『荒鷲の金印』を持つ少女を探せ。殺すことは許さん、必ず生かして確保しろ!」
その瞬間だった。
「――どこからそれを嗅ぎつけた? この犬どもが!!」
低い女の声が、暗闇の奥から響いた。
隊長の全身に悪寒が走る。
ヘルメット内モニターに映る味方識別光点が、ひとつ、またひとつと消えてゆくのだ。
「何者だ……!? どこにいる!?」
最後まで言い切れなかった。
目の前の部下の一人が喉を裂かれ、血煙も見えぬまま崩れ落ちる。
さらに別の兵の胸部装甲が内側から裂け、重い音を立てて床へ沈んだ。
「散開しろ! 全周警戒! 敵は一人だ!」
だが、その「一人」が見えない。
暗闇の中を、まるで影そのものが歩くかのように、死だけが忍び寄ってくる。
「……ぐはっ!」
隊長は咄嗟に身をひねった。だが遅かった。
脇腹から胸へ、高周波ブレードが深々と突き立っている。特殊炭素繊維が焼き切れ、内臓まで灼かれる感触に、膝が砕けた。
「き、貴様も……、この闇の中、見えぬはず……」
耳元で、女が笑った。
「さあね?」
次の瞬間、刃がさらに深く押し込まれる。
隊長の喉から濁った息が漏れ、その体は糸の切れた人形のように崩れた。
煙幕の向こうから、ようやくツーシームが姿を見せる。
片手に高周波ブレード。口元には、場違いなほど安っぽい煙草。
……紫煙がゆらゆらと漂う。
彼女には見えているのだ。
煙の揺らぎも、重力子の流れでさえも……。
足元には、帝国軍精鋭の死体が折り重なっていた。
歓楽街の喧騒は、遠く窓の外でまだ続いている。
酒場では兵士たちが笑い、女たちが歌い、誰もこの屋敷で起きた殺戮を知らない。
ツーシームは紫煙を細く吐き、冷えた眼で倒れ伏す兵たちを見下ろした。
「帝国の情報部に、薄々金印の存在を感づかれたか――あの子の隠し場所、ちょいと変えなきゃ駄目だねぇ……」
そう呟くと、彼女は血に濡れた刃を軽く振り、再び闇の中へ溶けていった。




