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星間覇道  ――没落貴族と女海賊、銀河帝位争乱――   作者: 黒鯛の刺身♪


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第六十四話……鉄壁

 グラストヘイム要塞の周辺宙域に帝国軍が侵入した頃。


 惑星ヴァルカンの衛星軌道上には、無数の作業灯が青白くまたたいていた。

 資源輸送船、武装商船、修理待ちの巡洋艦。

 それらがひしめく宇宙艦艇用桟橋の一角に、ひときわ異様な艦影が沈黙している。


 謎の宇宙戦艦『ハンニバル』。

 艦体は旧帝国式にも見えたが、艦首形状は現行艦とは明らかに異なり、装甲の継ぎ目には見慣れぬ重厚な意匠が走っていた。

 まるで、誰かが建造艦船の歴史そのものを削り直して造ったのではないかと感じさせる古めかしい軍艦である。


 艦橋区画の薄暗い操作室で、ツーシームは苛立たしげに端末を叩いた。


「また駄目かい……機関、姿勢制御、索敵、通信。ぜんぶ目を覚ますのに、なんで火器管制だけが死んだままなんだよなぁ」


 青い表示光が彼女の頬を照らす。何度目かの起動手順も、虚しく弾かれた。


 認証拒否。

 権限不明。

 接続不能。


 背後では、痩せた男が壁にもたれていた。トロスト技師。

 かつて星間ギルドで禁制技術を扱った男であり、今は宇宙麻薬に神経を焼かれた半ば廃人じみた技術屋である。

 だが、その頭脳だけは時おり刃物のように冴えた。


「壊れてるわけじゃない」


 しわがれた声で、トロストは呟いた。


「配線も生きてる。中枢演算核も応答してる。なのに撃てない。そういう壊れ方は、きっと機械の故障じゃない」


 ツーシームは眉をひそめた。


「じゃあ何さ。呪いだって言うのかい?」


 トロストは乾いた笑いを漏らした。


「似たようなものだ。多分、前の持ち主の意志だよ。こいつは、まだ主人を選んでる」


「機械が、かい?」


「古い軍艦ほど、設計者の執念が深い。特に火器管制は艦の心臓だ。艦長認証、戦術思想、交戦規定……ただ鍵を開けりゃ済む話じゃない。おそらく『ハンニバル』は、最後の艦長以外に砲を渡さないよう封じられてる」


 その言葉に、室内の空気がわずかに冷えた。


 ツーシームは無意識に艦首方向へ目を向けた。厚い装甲と隔壁の向こう、沈黙する主砲群。

 撃てぬ戦艦など、ただの高価な鉄屑。

 だが逆に言えば、そこさえ開けば、この超大型艦はアストレア家の戦力を塗り替えかねない。


「面倒な置き土産だねぇ……」


 彼女は煙草をくわえかけ、さすがに制御室ではまずいと気づいて握りつぶした。


「で、どうすればその『意志』とやらを黙らせられる?」


 トロストはゆっくり首を振った。


「黙らせるんじゃない。納得させるんだ。この艦に、自分が新しい戦場の主だと認めさせる」


「ますます幽霊船じゃないか」


「宇宙戦艦のAIなんてものは、元々そういうものさ。人が艦を動かすんじゃない。艦に乗る資格があるか、試されるんだ……」


 しばし沈黙。遠くで桟橋の作業アームが動き、金属を叩く音が低く響いた。

 やがてツーシームは、口元だけで笑った。


「いっそのこと、この艦を坊ちゃんに押し付けちゃうか? 前の主人の亡霊ごと、まとめて……」


 その瞬間、火器管制卓の中央で、消えていたはずの小さな赤い灯がひとつだけ点ったように、トロストの目には映った。




◇◇◇◇◇


 聖帝国暦六四五年六月中旬――。


 グラストヘイム要塞宙域に、あらたな艦隊が姿を現した。

 ユリウス率いる大小の六百隻余。


 それは、パウルス率いる第一陣に間に合わなかった艦艇群を再編し、第二陣として戦場へ押し出した増援であった。


 要塞宙域外縁、複雑に屈曲した航路の暗がりから、その艦隊が現れた瞬間、帝国軍の観測士官たちは息を呑んだ。

 先頭をゆく旗艦の姿が、既知の艦艇分類にまるで当てはまらなかったからである。


「……ぬう!? 反乱軍側に援軍か!?」


 帝国軍旗艦の戦術3次元スクリーン前で、参謀長が思わず声を荒げた。


「しかも、敵旗艦は型式不明の大戦艦! 艦影照合、該当なし!」


 報告の声が走る。


 主監視スクリーンに投影されたその巨艦は、まるで古代の怪物めいていた。

 重厚な艦首、異様に分厚い舷側装甲、そして腹部に半ば埋め込まれるように抱えられた、巨大な砲身。


 その姿を一目見ただけで、熟練の戦術士官たちは直感していた。

 ――あれを放置してはならぬ、と。


「左翼予備戦力を回せ!」

「要塞攻略部隊を呼び戻せ! まずはあの巨艦を仕留めるのだ!」

「敵増援の中核は、あれに違いありません!」


 命令はただちに全艦へ伝達された。

 次の瞬間、帝国軍の戦列がうねり、無数の砲口が一斉に『ハンニバル』へ向けられる。


 ユリウスは旗艦艦橋の高座に座したまま、その光景を見つめていた。

 正面戦術表示盤の上では、赤い光点が雪崩のように集まりつつある。敵の砲撃照準が、ことごとく自艦へ集中していた。


「さすがに怖いなぁ……」


 緊張したユリウスに、正規軍から派遣された副長が落ち着いた声で返す。


「計算上、『ハンニバル』の防御性能に疑いはありません」


「そうか……」


 ユリウスは、自分を強く落ち着かせるように呟く。


「機関第二戦速へ、味方艦の盾となれ!」


 その刹那、帝国軍の一斉射撃が始まった。

 幾百もの収束ビームが宙を裂き、質量弾が火線を引き、無数の誘導弾が群れをなして殺到する。


 常の戦艦であれば、一瞬で電磁防壁が飽和し、装甲板ごと焼き剥がされてもおかしくはない猛撃であった。

 だが、「ハンニバル」は違った。


 艦の周囲に展開された大出力電磁防壁が、青白い極光のような層を幾重にも生じさせる。

 直撃した光束は歪み、拡散し、質量弾は閃光を散らして砕けた。

 しかも、それだけでは終わらない。


「敵ミサイル群、第一防衛圏へ侵入!」


「対空砲座、自動迎撃開始!」


 艦体表面、針山のごとく無数に並ぶプラズマ対空砲が、一斉に火を噴いた。

 紫電にも似た砲光が縦横に走り、迫る誘導弾を次々と灼き裂いてゆく。

 爆炎が前方宙域に幾重にも咲き、まるで「ハンニバル」の周囲に火の大花が壁を作ったかのようであった。


 帝国軍旗艦の艦橋に、わずかな沈黙が落ちる。

 やがて誰かが、乾いた声で呟いた。


「……化け物か」


 その呟きは、誇張ではなかった。

 数百隻を超える帝国軍艦艇の集中射撃を受けながら、「ハンニバル」はなお直進を続けていたのである。

 その巨大な艦影は、まるで戦場そのものを押し潰しながら進む鋼鉄の城であった。

 ユリウスは前方を見据えたまま、大いに興奮した。


「いい。これはいい」


「……ですが、公爵閣下。我が艦は攻撃手段を持ちませぬ」


 副官の助言に我に帰るユリウス。

 ……そう、この「ハンニバル」は、故あって攻撃手段を持たぬ巨艦だったのだ。


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