第六十一話……英雄の終わり
私の名はダミアン。
元帝国軍伍長だ。
その経歴を買われて、いまはアーヴィング大公国の惑星地上軍に雇われている。
――報酬は、悪くない。
私が乗るトロント重戦車は、この惑星クレイドの戦場でよく働いた。
敵の陣地を踏み潰し、田舎貴族どもを捕虜にし、奴隷として扱われていた連中を解放した。
正直、気分は悪くなかった。
一週間前なんて――
解放された民衆に囲まれて、歓声を浴びた。
若い娘に抱きつかれながら、田舎町の狭い通りを戦車で進んだものだ。
英雄気取り、ってやつだな。
だが。
五日前から、様子が変わった。
補給が――来ない。
「こちらダイムラー中尉だ! 地上司令部、応答しろ! 燃料が尽きる!」
部隊長は、毎日のように通信機に怒鳴りつけている。
だが、返事は一度もない。
燃料も、飲料水も、食料も。
減る一方だ。
誰も口には出さないが、分かっている。
――見捨てられたのかもしれない。
その夜。
私は眠れず、外に出た。
この星の夜空は妙に澄んでいて、やけに遠くまで見通せる。
だからだろうか。
最初は、ただの流れ星だと思った。
「……?」
だが、違和感があった。
軌道が、おかしい。
私は双眼鏡を取り出し、落下物を追う。
そして――気づいた。
「……おいおい」
流星じゃない。
――船だ。
しかも。
「味方の……輸送船?」
識別灯が、かろうじて確認できる。
その瞬間、嫌な予感が胸を締めつけた。
やがて。
輸送船は、遠方の地平へと突き刺さるように落下し――
閃光。
続いて、地鳴りのような爆発音が遅れて届いた。
炎が、夜空を赤く染める。
「……」
言葉が出なかった。
背後で、ドアが乱暴に開く音。
「クソがッ! 応答しろ、司令部!!」
ダイムラー中尉だ。
また通信機に怒鳴り始める。
だが、その声には――もう焦りしか残っていなかった。
私はそれを背にして、空を見上げたまま立ち尽くす。
そして、ふと気づく。
さっきの爆発地点から――
新たな光が、いくつも落ちてきていることに。
「……まだ、落ちてくるのかよ」
呟いたところで、急に眠気が押し寄せてきた。
先ほど飲んだ睡眠薬が、ようやく効いてきたのだろう。
意識が、ゆっくりと沈んでいく。
燃え上がる夜空を見ながら――
私は、そのまままどろみに落ちた。
◇◇◇◇◇
あれから三日が過ぎた。
砂嵐が収まると、上空に銀色の機影が現れる。
敵の気圏戦闘機だ。
「退避! 急げ!」
部隊長の怒声。
私はトロント重戦車を退避壕へと滑り込ませる。
だがそれは名ばかりの簡素な壕だった。
直撃弾を受ければ、鉄棺に変わるだけだ。
車内で、誰も言葉を発しない。
ただ――祈る。
やがて日が落ちた。
この惑星では、夜になると砂嵐が吹き荒れる。
その間だけ、敵機は姿を消す。
「撤退だ。動けるうちに離脱するぞ!」
エンジン始動。
視界の利かない砂嵐の中、我々は強行軍に出た。
六時間後。
前方に、影が浮かび上がる。
「敵戦闘車両だ……!」
「戦闘用意! 右翼から回り込め!」
中隊長の指揮は的確だった。
動きも悪くない。
――だが。
「……おい、速度が……」
戦車が、鈍る。
まるで泥に沈むように。
「くそっ……!」
視線を落とす。
燃料計の針は――既に「空」を指していた。
弾はある。
敵もいる。
だが――動けない。
これほどの屈辱は、初めてだった。
やがて。
トロント重戦車のエンジンが、完全に沈黙する。
その音は――
まるで、自分の心臓が止まる音のように聞こえた。
「各車、爆破準備!」
部隊長の声が飛ぶ。
「手榴弾を投げ込め! 敵に使わせるな!」
私は、操縦席から身を乗り出し――
自分の戦車に、手榴弾を放り込んだ。
鈍い爆音。
装甲の内側から、黒煙が噴き出す。
それは、兵器の最期であると同時に――
自分の「栄光」の終わりだった。
――そして、翌朝。
私は、捕虜になっていた。
武装は剥ぎ取られ、衣服も奪われる。
下着姿のまま、荒縄で縛られ、列をなして座らされた。
冷たい視線が、突き刺さる。
見物に来た田舎貴族が、笑う。
誰かが、唾を吐いた。
それが顔にかかる。
拭うこともできない。
ふと、視線を感じる。
あの村娘だった。
数日前。
私に抱きつき、笑っていたはずの娘。
その目は――
まるで、汚物でも見るかのように冷えていた。
「……」
私は、何も言えなかった。




