第五十八話……ナイトメア処刑宙域
「――何だ、この熱量は!?」
航法士の声が裏返る。
観測スクリーンに映し出されたのは、準惑星ウイスパーの宙域の縁に横たわる恒星、ナイトメアの常識外れの巨大プロミネンスだった。
「恒星活動、急上昇! いや……この現象は、自然現象ではありえない!」
「馬鹿な、相手は恒星だぞ!? 意図的な制御など――」
言葉は途中で途切れた。
ナイトメアの表層が、再び脈動する。
紅蓮の海が波打ち、その一部が「柱」を形成していく。
まるで、見えざる路に導かれるように。
「……収束している?」
情報解析官の声が震える。
「特異なエネルギー反応、恒星近傍に複数!」
次の瞬間。
ナイトメアより、恒星プラズマの巨大な奔流が噴き出した。
それは単なるフレアではなく、爆発でもない。
「照準を伴う放射」だった。
「回避――!」
しかし回廊宙域は狭い。
進路は固定され、速度は制限され、艦隊は密集したまま動くしかない。
そこへ恒星の一部が、空間を塞ぐように流れ込んできた。
接触した艦艇は、次々に弾薬やエーテル燃料が誘爆。
装甲も、隔壁も、連鎖的に爆散していく。
すべてが一瞬で、粒子へと還元された。
「ぎゃあああああッ!!」
通信が断末魔に満ちる。
一撃で、戦闘艦数十隻が消滅した。
「な、なんだこれは……!」
「恒星が……我々を狙って撃ってきている……!?」
混乱が波のように広がる。
ネルリンガー伯爵は、歯を食いしばった。
「落ち着け! 距離を取れ! 背後の回廊を抜ければ――」
その時。
「――待て! 後方の宙域、重力異常!」
航法士の叫び。
回廊の出口。
そこに、歪みが発生していた。
「重力井戸……? いや、違う、これは――人工的だ!」
空間がねじ曲がり、航行可能な宙域が狭まっていく。
つまり、退路が極めて細くなっていく……。
「退路が……塞がれている!?」
レーダー担当士官が叫ぶ。
その理解が広がるより早く。
第二の火炎の奔流が放たれた。
今度は、蛇のようにうねって襲ってきた。
回廊の外壁から、跳ねるように暴れまわる。
逃げ場を失った艦隊を、前後左右から焼き尽くすように。
爆発。
消滅。
沈黙。
それは戦闘ではなかった。
ただの、処理。
ネルリンガー伯爵は、ゆっくりと呟いた。
「やつら、……最初から、こうするつもりだったか」
装甲準惑星ウイスパーは囮。
この回廊は檻。
そして恒星ナイトメアは――
「……処刑炉」
その時、観測士が震える声で言った。
「恒星近傍……構造物を確認……!」
拡大映像に映るのは、ナイトメアのコロナ帯に食い込むように展開された、巨大な環状構造。
探測塔、収束器、エーテル炉。
「……あ、あれは、やはり人工物」
誰かが、かすれた声で呟く。
「これは帝国軍の……、やはり罠だったんだ」
ネルリンガー伯爵は、静かに笑った。
「はは……なるほどな。――俺たちは、帝国の門に入ったつもりで……焼却炉に飛び込んだってわけだ」
その瞬間。
第三射。
今度は拡散型。
無数の灼熱流が枝分かれし、逃げ惑う艦艇を個別に追いかける。
「回避不能! 追尾してくるぞ!!」
絶叫が響く。
統制なき大軍は、今やただの烏合の群れだった。
逃げ場はない。
陣形もない。
指揮も届かない。
ネルリンガー伯爵は、最後に艦橋を見渡した。
「……全艦に通達」
静かな声だった。
「各自、最善を尽くせ」
それが、最後の命令となった。
ナイトメアの炎が、すべてを飲み込んでいく中で。
◇◇◇◇◇
――その頃。
運動不足を自覚したツーシームは、アルテミス商会の実務をゾル婆に押しつけ、新装された海賊船「モリガン」の試運転に出ていた。
「新炉心、エーテル燃料注入」
「了解。流量安定」
「炉心内圧、正常域。臨界まで余裕あり」
「――よし。予定座標へ、跳躍」
命令は簡潔だった。
次の瞬間、「モリガン」の船体が微かに軋み、空間そのものが歪む。
そして、音もなく――消えた。
再出現。
星間ギルドから極秘裏に入手した新型機関は、驚異的な性能を示していた。
単発跳躍で、従来の三倍以上の距離を踏破している。
「悪くないね」
ツーシームは短く呟いた。
「連続跳躍、開始」
「……了解」
クルーの返答に、わずかな緊張が混じる。
通常のワープ航法は、一度の跳躍ごとに長い冷却と再調整を必要とする。
だがこの機関は、その常識を踏み越えていた。
――連続跳躍。
理論上は可能とされながら、実用化された例はほとんどない危険領域。
それを、「モリガン」は平然と踏み抜いていく。
跳び、また跳ぶ。
航行宙域は急速に未知へと塗り替えられ、既知の航路図はすでに意味を失っていた。
「船長……さすがに、やりすぎじゃないですかい?」
副長であるビッグベアが低く唸る。
「このままじゃ、帰り道が消えちまう」
「その時はその時さ」
ツーシームは肩をすくめた。
「新機関の『限界』を知らずに使う方が危ないだろ?」
もっともらしい理屈だが、声には愉悦が混じっている。
さらに数度の跳躍の後。
「……ん?」
ツーシームの視線が、前方宙域に固定された。
「減速。あそこ、面白そうだ」
「……あの氷に覆われた惑星、ですかい?」
そこにあったのは、記録に存在しない未登録天体。
恒星の影に半ば隠れるように存在する、小型の寒そうな惑星だった。
「ちょうどいい。少し足を伸ばすか」
「正気ですかね……」
ぼやきつつも、ビッグベアは指示を伝達する。
やがて「モリガン」は減速し、未知の重力圏へと侵入。
粗い観測データを頼りに、着陸シーケンスへと移行した。
船内には、新機関の試験に同行していた技術者たちが詰め込まれている。
誰もがこのリスクの高い航行の代償を理解していたが――止められる者はいなかった。
そして。
誰も知らない惑星に、海賊船は降り立つ。
静かに。
あまりにも、静かに――。




