第五十話……勝者の宴
聖帝国暦六四五年一月下旬――。
アーヴィング大公による、旧第六総管区内の有人星系平定は、ほぼ完了していた。
さらにグラストヘイム要塞を制圧したことで、その影響力は隣接する第三総管区の一部星系にまで及びつつある。
版図は急速に広がり、大公国はもはや一地方勢力とは呼べぬ規模に達していた。
「皆、ご苦労であった!」
広間に響く大公の声に、居並ぶ貴族たちが一斉に頭を下げる。
この日の式典は、新たに征服・編入した惑星を、功績に応じて味方の貴族たちへ分配する場でもあった。
惑星名が読み上げられ、次々と与えられていく所領。
それを聞きながら、ユリウスの側近であるグレゴール翁は、思わず眉をひそめた。
「……大公殿、少々気前がよろしすぎはしませぬかの」
その囁きに、ユリウスは小さく首を振り、声を落として応じる。
「爺、それは違うんじゃないかな。きっと大公は――味方を繋ぎ止めるのに、必死なんだと思うよ」
広間を満たす喝采の裏で、結束はまだ脆い。
それを、ユリウスは肌で感じ取っていた。
そしてこの日、誰よりも注目を集めているのは――
他ならぬ、彼自身であった。
「難攻不落と謳われたグラストヘイム要塞を陥落させた、建国随一の功労者――アストレア伯ユリウス殿に、余は侯爵の称号を授けたいと思う」
ざわり、と空気が揺れる。
上座の高台に進み出たユリウスは、厳かな儀礼に従い跪いた。
大公から印璽と証紙を受け取るその手に、確かな重みが伝わる。
それは栄誉であり、同時に新たに与えられた支配地での民への責任でもあった。
こうして授与式は滞りなく終わり、
場はやがて、華やかな立食パーティーへと移る。
長卓には、各星系から取り寄せられた料理がずらりと並んでいた。
黄金色に焼き上げられた大型獣肉のロースト、香草と果実を詰めた鳥類の丸焼き、甲殻を割ると海鮮の風味の強い湯気を立てる深海産の甲殻生物。
透き通った寒天質に包まれた海産物の前菜や、黒い土壌で育てられた穀物から作られた芳醇な白パン。
甘く香る蒸留酒や、星果を絞った色鮮やかなワインが惜しげもなく注がれていく。
脂と香辛料と酒の匂いが混じり合い、戦の血臭を塗り潰すかのように広間を満たしていた。
「侯爵閣下、はてさて、流石のご武運ですな!」
「いやはや、あの要塞を落とすとは……」
次々と杯を差し出され、ユリウスは応じながらも、ふと、自分の立っている場所を見渡す。
祝宴は華やかだ。
だが、誰もが笑顔の奥で次の算段をしている。
誰もが自らの家の栄達のために必死なのだ。
(……これが、勝者の宴か)
ユリウスはそう思いながら、手にした杯を静かに口に運んだ。
その味は、確かに甘かった。
だが、後味には、微かな苦みが残っていた。
◇◇◇◇◇
上に立つ者に恩恵あらば、その家臣たちにも栄誉は分け与えられる。
何の見返りもなく主人に命を捧げるなどという話は、せいぜい古の英雄譚の中にしか存在しない。
「……次の惑星の支配権を授与する」
「ははーっ」
アーヴィング大公国の版図が確定すると同時に、ユリウスは惑星ヴァルカンへ戻り、休む間もなく褒賞と人事の山に埋もれていた。
謁見の間では暗号封蝋の音と書類を繰る音が絶えず、文官たちの電子羽根ペンが悲鳴を上げている。
惑星ヴァルカンでの反乱に与することなくユリウスに従い、数々の戦場で功を立てたヤマモト準男爵は、いまや子爵に叙せられ、二つの惑星の統治権を得ていた。
他にも、目立った戦功はなくとも譜代の家臣たちはもれなく男爵位を授かり、その忠誠は目に見える形で報われていく。
さらに、侯爵となったユリウスの下には、大公から与力として複数の貴族家が付けられた。
家臣団は一気に膨れ上がり、アストレア家の文官たちは夜を徹して系譜整理と権限配分に追われることになる。
(……これは、戦いより消耗するな)
そうユリウスが思った矢先――
最後にして、最大の難物が待ち構えていた。
ツーシームである。
呼び出しには応じたものの、彼女は腕を組み、露骨にそっぽを向いている。
すでに騎士爵を得たゾル婆とレッドベアが、左右から必死に宥めていた。
彼女の功績は、疑いようもなく第一等だ。
裏取引、資源確保、情報戦、そして例の惑星破壊砲。
どれひとつ欠けても、この戦の帰結はなかっただろう。
だが――簡単に話がまとまる相手ではない。
「……」
ユリウスは一歩近づき、周囲に聞こえぬよう、ツーシームの耳元に言葉を落とした。
ほんの一言。
だが、それだけで十分だった。
彼女の瞳から、みるみる不機嫌の影が消え、代わりに、獲物を見つけた獣のような生気が宿る。
「……ほんと?」
次の瞬間、公式の声が響いた。
「大公閣下よりのご下命である。此度の戦功により、ツーシーム殿を男爵に叙す!」
「ありがとうございます!」
即答だった。
一切の渋りもない。
海賊風情が男爵位を得るなど前代未聞。
だがそれ以上に、あれほど不貞腐れていたツーシームが、あまりにも素直に頭を下げたことに、ゾル婆とビッグベアは目を見張った。
――後日、理由は明らかになる。
ユリウスが水面下で各方面へ根回しした結果、今年のジャガースの開幕戦が、惑星ヴァルカンで開催されることが決定したのだ。
そしてツーシームは、その記念すべき試合で――
栄誉ある始球式の権利を手にしていた。
「ふふ……男爵ってのも、悪くないねぇ」
その笑顔を見て、ユリウスは思う。
政治とは案外、理屈と欲望の折衷で成り立つものなのだと……。
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