表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星間覇道  ――没落貴族と女海賊、銀河帝位争乱――   作者: 黒鯛の刺身♪


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/66

第四十九話……忠臣の選択

 聖帝国暦六四五年一月初旬――。


 新年を迎えたこの日、アーヴィング大公から伯爵に叙せられたユリウスは、大公主催の新春の宴に参列していた。

 広大な祝宴の間には、金糸を織り込んだ絨毯が敷かれ、天井からは祝祭用の宝珠が柔らかな光を降らせている。


 長卓には山のような料理と香り高い酒が並び、貴族たちは杯を掲げて笑い声を交わしていた。

 だが、その笑顔の裏で、誰もが戦況の行方を気にしている。


 帝国は割れ、戦は終わっていない。

 宴もたけなわとなった頃、ユリウスは静かに名を呼ばれた。


 大公の控室へ――と。

 重厚な扉の向こうは、宴の喧騒が嘘のように静まり返っていた。


 暖炉の火が揺れ、壁にかかる星図が赤く照らされている。

 ソファに腰掛けたアーヴィング大公は、杯にも手を伸ばさず、思案に沈んでいた。


「……のう、アストレア伯よ」


 低い声で、大公が口を開く。


「いまだにグラストヘイム要塞は落ちぬ。このままでは、わが大公国の威信にも関わる。如何するべきであろうか?」


 その言葉には、苛立ちと焦りが混じっていた。

 要塞が持ちこたえている事実は、敵味方双方にとって象徴的な意味を持つ。

 ユリウスは一歩前に出て、静かに答えた。


「もはや、帝国中央からの援軍が来ないことは明白にございます。これ以上の流血は無益。降伏を勧告すべきかと存じます。――よろしければ、その役目、私が務めましょう」


 一瞬、暖炉の薪が弾ける音だけが響いた。


「うむ……」


 大公はゆっくりと頷く。


「敵将カタコンは、帝国でも名高い忠臣だ。説き伏せるのは容易ではあるまい。だが……他に適任もおらぬ。何とかしてほしい」


「畏まりました」


 短い返答だったが、その内には覚悟が込められていた。

 これは単なる使者ではない。


 戦を終わらせるか、さらに長引かせるか――その分岐点に立つ役目だ。

 こうしてユリウスは、新年の祝宴を後にした。


 華やかな灯りを背に、彼が向かったのは戦火の残る宙域である。

 アーヴィング大公国の国境宙域を越え、前線へ。


 そして、グラストヘイム要塞包囲軍を率いる前線指揮官――ハルダー元帥のもとへと赴くことになったのであった




◇◇◇◇◇


 アーヴィング大公国第一艦隊旗艦「オクトパス」。

 艦橋は低い電子音と計器の光に満ち、戦場特有の緊張が張り付いていた。


 ユリウスは、前線指揮官ハルダー元帥と向かい合っていた。

 歴戦の元帥は、細めた目で若き伯爵を値踏みする。


「……ほう。では伯爵様が、かの老将を説得してくださると?」


「左様にございます」


 短いが、揺るぎのない返答だった。


「まぁ……格式高いお方のほうが、私のような庶民出よりは信用もありましょうな」


 ハルダーは肩をすくめ、通信士へ目を向ける。


「よろしゅうございます。敵方へ交渉申し込み、ならびに交渉中の休戦を提案いたします」


 その命令が下された瞬間、砲撃の準備をしていた艦砲が沈黙した。

 要塞側からも応答があり、戦場は奇妙な静けさに包まれる。


 激戦の舞台であった要塞内では、両軍の衛生兵が交錯し、傷病兵の体に医療標識が次々につけられていく。

 つい先ほどまで互いを殺し合っていた者たちが、今は黙って担架を運んでいた。


 ユリウスは高級将校用の連絡艇に乗り込み、損傷だらけのグラストヘイム要塞の宇宙船用桟橋へと降り立った。


(……凄惨な戦場だ)


 内殻の剥き出しになった通路を進むと、腐敗した肉の匂い、焼け焦げた金属、生乾きの血の臭気が一気に鼻を突いた。

 思わず布で口元を覆う。


 壁には即席の包帯で止血された兵が座り込み、天井からは赤い警告灯が絶えず点滅している。

 敵兵の案内で司令部区画へ入ると、ようやく目隠しが外された。


 そこに立っていたのは、背筋を伸ばした厳めしい老将だった。

 軍服は擦り切れ、だが胸の勲章だけは鈍く輝いている。


「……ユリウス伯爵ですな?」


「左様にございます。カタコン上級大将殿。お初にお目にかかります」


「挨拶など不要じゃ」


 老将は鼻を鳴らす。


「どうせ降伏勧告であろう? ご苦労なことだ」


「はい」


 ユリウスは一歩進み、静かに言葉を選んだ。


「もはや帝国政府は偽帝を立て、その正当性も失われております。忠義を捧げる対象ではないのではありませんか?」


「戯言を……!」


 カタコンは眉を吊り上げ、怒気を露わにする。


「ワシは六十年、帝国の禄を食んできた。今さら節操なき振る舞いなど出来るものか!!」


 張り詰めた沈黙。

 その中で、ユリウスは一礼した。


「……では、お人払いを」


「ん? 何じゃ?」


「少々、内密の話を……」


 老将はしばし考え、やがて手を振った。


「皆、下がれ」


 カタコンの幕僚たちが退室すると、部屋には二人きりとなる。


「……で、なんじゃな?」


 カタコンは口の端を歪める。


「ワシを殺しても、要塞は落ちぬぞ」


 その言葉に、ユリウスは微動だにしなかった。


「カタコン閣下。もし私が、正当なる皇帝を即位させたいと申したら――如何なさいます?」


「……うん?」


「内密ですが、私はそのために動いております。どうか、そのためにご協力いただけないかと」


 老将は、しばし黙り込んだ。

 やがて、重く息を吐く。


「……良い話じゃ。だが、ワシは多くの兵を死なせた。その責任を、どうしても免れぬ」


 その瞬間、ユリウスは懐から一通の証書を取り出した。


「もし私にお味方いただけるなら――兵士たちの安全はもちろん、死傷兵の家族への補償も、我がアストレア伯爵家が全責任を負います」


 誠意ある補償額面に、老将の目が見開かれた。


「……なんと……それほどの条件を出されて、降伏せぬなど、将としてあり得ぬ……」


「では」


 ユリウスは、静かに問いかける。


「お味方いただけますかな?」


 カタコンは、深く頷いた。


「うむ。朽ちかけた老骨ではあるが――よろしく頼む」


 こうして、グラストヘイム要塞は降伏した。


 そして、要塞守備隊の兵たちの多くは、帝都へ戻ることを望まなかった。

 彼らは老将と共に、アストレア伯爵家の私兵として、その傘下に入る道を選んだのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ